ムサシ
サガミを倒し、難しいことは後回しにして、新幹線のぞみを超える速度で走ることしばらく。
ぼちぼちと、ヌシの影響下に入っているムラが目に入るようになった。
「ところで、ムサシのヌシ様はどの様なお方かな? これまでの経過を考えると、敵ならぬとは限らぬ。用心しておくに越したことはない」
イズのヌシがわざわざサガミのヌシの領土を横切り、ミウラの元へ出張してきたことが理解不能だが、何らかの戦う理由があったのだろう。理解しにくいが。
サガミのヌシも彼独特の判断基準でミウラに攻撃を仕掛けてきた。
二つの案件に共通するのは、ヌシの地雷が何所に埋まっているのか解らんということだ。
『ムサシ様に限ってそう言うことは無いかと思いますが……、先日申し上げたとおり、この世が始まった頃からヌシをやってた方です。お年寄りのせいか性格は温厚。他のヌシからも一目置かれています』
「武器はござるかな? サガミのヌシみたく小型を打ち出すとか?」
『そうそう、気をつけなければいけないのは鋭い爪ですね。ムサシ様の両腕は猛禽類の鷹に似ています。鋭い爪は何でも切り裂きますし、握力も強い。と、ご本人がおっしゃっているます』
「本人談でござるか?」
『その鋭い爪は真っ赤で、先端から毒が出ます』
「それは何とも恐ろしい!」
『傷口にひとたび毒が侵入すれば、辛さと痛みでのたうち回るとか』
「まてまて、鷹の爪でござるか? トウガラシの? 一気に緊張感が無くなったでござるよ!」
『え? でも目に入ったりしたら、のたうち回るくらいで済みませんよ。戦うときは、近場に水が無いところに誘い込むそうです』
「凶悪でござる!」
『あ、そろそろですよ』
ムサシのヌシが居てそうなポイントを数カ所回る。5カ所目で見つけることができた。
『あのお方がムサシのヌシ様です。わたしがこの世界に転生して右も左も解らなかった頃、いろいろと親切に教えていただいた、いわば教師的存在』
「ほほう、そこはかとなく偉大さを感じるでござるな」
崖を背に、ムサシのヌシは腰を下ろしていた。
ヌシの例に漏れず巨体である。
おおざっぱなフォルムは人のそれ。二本腕に二本足。象皮のような厚ぼったいグレーの皮膚は垂れていて、衣服を纏っているように見える。
ミウラが言ったように、手は鷹の足そっくりで、長く伸びた爪は唐辛子のように赤い。
太い首の上に巨大な頭部が乗っている。頭が長くて……、
「寿老人?」
『M15ファランクスですね』
左目は閉じられている。黄色く濁った右目だけが、うっすらと開いている。垂れた目は眠たそう。
顔だけは平和そのものだが、その巨体と赤い鷹の爪が、高い戦闘力を想像させる。
『ムサシのヌシ様、ミウラです』
ミウラの声はそのまま。中身は大人といってるけどたかだか高校生な子どもの声。ムサシに心を開いている証拠だ。
『……ぬぉ? ああ、ミウラか、久しぶりじゃな。良い子にしておったか?』
年老いた声だ。滑舌がちょっと危ない。
『良い子かどうかわかりませんが、イズのヌシとサガミのヌシ様に戦いを挑まれ、これを打ち倒しました。何故でしょう?』
こまった顔のミウラ。額に皺が寄っている。
「これ、ミウラ。何故でしょう? だけで理解できるわけなかろう? ムサシのヌシ様がお困りだ」
ミウラの頭からヒョイと顔を出したイオタ。ポンとミウラの額を叩く。
『ほほぉう。これは珍しい。小さなヌシ殿じゃな』
ムサシは、左の目を大きく開いた。
「やはり某、ヌシでござったか!」
イオタさん、ヌシ転生確定です。
『うむ、間違いない。これほど小さなヌシは初めてだがのぅ。お名前は?』
「某、イオタと申す者。ミウラの配下にござる」
腰から抜いた刀を右手に持ち、ぺこりと頭を下げるイオタ。
『ほほほほ、昨今、礼儀正しい嬢ちゃんじゃの。我はムサシ。よろしくの、イオタのヌシちゃん』
「某、ヌシと呼ばれる程の実力も無いし、嬢ちゃんではないし……」
反論し、言い負かしたいのだが、ミウラが恩義を感じる相手だ。温和しくしておくことにした。
『サガミの件じゃが、ミウラのことじゃから、喧嘩を売られた方じゃろう。殺したことは気にするな、向こうが悪い。今でこそヌシの数は少ないが、昔はたんとおった。岩塊を投げれば必ずヌシに当たったもんじゃ。おほおほおほ!』
ミウラが言ったように温厚なヌシ様だ。
『さて、ミウラの懸念する、「いきなり強くなっちゃったー」の件じゃが――』
「あ! あれで通じるんだ」
『確かに強くなっておるの。ヌシの力を強く感じる。イオタちゃんの力も見た目どおりではないのぉ……どうじゃ、剣神を名乗らぬか? 剣神は空いて居るぞ』
「某、剣神、でござるか? かっこいいでござるが、こっぱずかしいでござる」
目を泳がすイオタ。ちょっと嬉しいらしい。
『さあてミウラよ。だいたいの予想は付くが、強くなる前と後、ミウラの回りでなにか変化がなかったかな?』
予想が付くと言われた。
『そうですねぇ……今から思えば、イズのヌシにこてんぱんにやられるところまでは、前のままの自分でした。武器を持ったナリソコナイ共に斬りつけられ、イズのヌシが攻撃に転じて、いよいよ最後かと追いつめられたときです。いきなり目の前にイオタの旦……ヌシが出現し、ばったばったとナリソコナイ共を斬り捨てていってくれました。お陰で反撃の機会が訪れ、大技一発。大逆転で勝利を掴んだのです。大技と言っても、まともなヌシから見れば小技に過ぎる技ですが、これがたいそうな威力でして。一撃でイズのヌシの頭を吹き飛ばしました。……まさか、イオタの……ヌシが?』
ムサシは、黙ったまま、開いた右目でじっとミウラを見つめていた。そして、視線はイオタに移った。
『のう、ミウラのヌシよ、そしてイオタちゃんよ。お前達、なにやら条約を結んで居おらぬか?』
ムサシのヌシの目から濁りが取れ、澄んだ目になっていた。
『えーっとですね、えーっとですね……』
かくはずのない冷や汗をかき、言い淀むミウラ。結婚したって言って良いのかな? それよりなんか恥ずかしいな。そんな感情がぐるぐると渦巻いていた。
「某の口から言ってやろう。我らは夫婦の契りを結んだ」
『ほっ、ほう!』
ムサシが驚いた。そしてニヤリと笑い、横を向いてるミウラを見た。
「ちなみに某が夫でござる」
『いいえ、わたしが夫です!』
ムサシのヌシは、くくく、と喉を鳴らす。
『そういうことじゃな。どれ「観」させてくれるかな』
『どうぞ』
「?」
クワワッ! と効果音が入り、ムサシの閉じていた左目が開いた。
金色の瞳だ。
『カッ!』
擬音はムサシの口から出た言葉。
イオタは、金色の瞳から風が吹き出る幻覚にとらわれた。全部の髪の毛が後ろへ持って行かれそうだ。むろん、それは幻覚であるが。
『だいたいわかった』
ムサシが、金の目を閉じた。
イオタとミウラは、次に紡がれるであろうムサシの言葉を待った。
『原因はイオタちゃんじゃ』
「え? 某、何も身に覚えがござらんよ」
イオタは目をぱちくりさせている。




