ネコのヌシ
始まりました。
よろしくお願いします。
注意点ですが、結構人が死にます。
ご注意を。
イセカイにて――
クリスマスの夜、黒猫を彷彿とさせる青年、イオシス・クルスは、お気に入りの籐椅子に深く腰掛け考え事に耽っていた。
「旦那が深く考えてるって、珍しいわね。どうしたの?」
白ネコを彷彿とさせる背の高い美女、ミカリス・クルスは幸せいっぱいという顔で微笑んでいる。
「なんでだろうね? 心眼は残ってるんだけど、収納と加速、そして回復の神通力が無くなっている」
「さあ、どこかへ置き忘れたんじゃないの? わたしも魔法がからっきしですし」
最近、苦労して手に入れた古い家に引っ越ししてきてまだ間がない。だのに2人は昔から住んでいたように馴染んでいる。入口左手のサンルームも、台所も、2階の寝室も、書斎も、北側の広いゲストルームも、窓から遠く聞こえる波の音も。
「何所へ置き忘れたんだろう? いや、べつに必要とは思ってないが」
「そうですねぇ……あれ? 無くしたのって、全部イセカイ転生前にもらったスキルですね?」
そういやそうだ。この世界、つまりイセカイでイオシスがもらったスキル、心眼と性病無効(これは使ってみないと解らない)、任意の妊娠無効(男なのでそもそもである)だけが残っていた。
「例えばですがね、イオタの旦那……」
久しぶりだ。ミカリスが夫をイオタと呼んだのは。
「なんでござるかな? ミウラよ」
だからイオシスも妻を昔の名で呼び返した。
「……それらが、そのスキルを持ったもう1人のわたし達が、どこか別の世界で転生してかもしれませんね。それだけのエネルギーがあるはずです。なんせ、イザナミ様によって作られたオーバースペックな体でしたからね。わたし達が普通の人間として生まれ変わったのです。わたし達の余剰エネルギーが、本体のコピー体として、別の世界で再生していても不思議はありませんよ」
「なら、イセカイのイセカイで転生した我ら2人のコピーが、巡り会い、夫婦となっていることを願おうではないか」
ミカリスは、大きくなりつつあるお腹を撫でた。
「前世でも前世の前世でも恵まれなかった子どももね」
「ああ、元気な子を産んで欲しい」
2人の、初めての子だ。
「名前の希望はあるか?」
「女の子ならネル」
「うんうん。可愛い名でござる」
無表情を装うイオシスであるが、柔和になった顔を見逃すミカリスではない。
「男の子ならエラン」
「それは止めよ!」
イオシスはミカリスの肩を強く抱き寄せた。
場所は変わって、イセカイのイセカイ。
時は現代。
ニホン中、いや世界がとある神社に注目していた。
「さて、解説の坂井さん、ミウラのヌシの眷属であるイオタのヌシが、初めて人前に姿を現すという事ですが、イオタのヌシについて解説をお願いします」
「はい、イオタのヌシはですね、イズ半島を含むサガミ地方周辺を治めるミウラのヌシの眷属とされておりまして――」
ニホン国営放送が金と政治力を行使し、TV中継を独占していた。
とある神社には、自称他称の報道陣、並びに各部署関係者、野次馬が集まり黒だかりの様相を呈していた中、ニホン各地のヌシに詳しいとされている研究者、坂井先生の解説が続く。
「――そして外見ですが、こちらの絵をご覧ください」
画像として映し出されたのは、一言で言って妖怪の絵。300年以上前に描かれたその姿は、時間経過で痛んでいたこともあわせ、おどろどろしい。
着物を着崩した姿は女性らしく、胸の谷間を強調。黒い長靴を履いている。
顔は般若のように恐ろしい。目は大きくぎょろついており、口には牙が見える。頭には三角の獣の耳が生え、黒くて太くて長いヘビのような尻尾が、禍々しくも鈎状に生えている。
「えー、過去、実際に見た者は証言を悉く断っており、この絵も鳥山石燕が想像上の――」
「あ、いま、神殿が光りました。どうやら、お姿を表されたようです!」
全ての見物人は身構えた。警備担当の警察官は警棒を抜き、機動隊員は盾を構え銃を構える。
神殿からどよめきが上がり、人の群れが割れていく。
カメラが、イオタのヌシをとらえた。
艶やかな黒髪。後頭部で揺れる髪の束。細袖の前あわせに紺の袴。足下は黒のブーツ。腰には刀が一振。
背は女子にしては高く、男子にしては低い。そこそこ豊かな胸。
血色の良い細面の顔に、ぱっちりとした勝ち気そうな目。ぶっちゃけ、だっちゃ系美少女。
そして頭頂に黒い三角のネコミミ。お尻からは黒くて長いネコ尻尾がユラリと揺れている。
「ネコミミ美少女キター!」
「誰だ、バケモノっつたのー!」
とある物語で――
ネコのミウラと、ネコ耳美少女のイオタが活躍を終え、永久の眠りについた。
ミウラが死んで物語の幕が半分下りた。
イオタが死んで、幕の残りが下りた。
下りたはずだった――
何所をどう間違えたのか、再び幕が上がった。
上がってしまったッ!
遠い未来においてチキュウと呼ばれることになる、ある惑星。
その一部地域、ニホン列島にはヌシと呼ばれる神懸かりな生物が棲んでいた。
それを生物と呼んで良いのか間違っているのか……
ニホン列島のだいたい中央部に、ミウラ半島と呼ばれる自然豊かな土地がある。
中央に長く森が走っている。中々に人を寄せ付けない面構えの森である。
その森の北部先端で、何本もの雷の柱が一度に立った。遅れて聞こえてくる雷鳴。
森を囲むように点在する小さな村々の人間達は、ひざまずいて祈りを上げている。我らのヌシさまが勝ちますようにと。
ヌシの側に住む。それは危険な事。ヌシは己のテリトリーに人を住まわす代わり、なんらかの貢ぎ物を求める。中に酷い物もあるが、村という小集団が全滅するまでの物ではない。サムライのテリトリーより余程生きやすい。
彼らにとって、ミウラ半島に棲むヌシ様は悪くない存在なのだ。殺戮と略奪を働くサムライ共は、ミウラの森に近づかない。この土地だけが彼らが生存できる地なのだ。
さて、ミウラ半島を根城とするヌシは、まだ若い。先日たった10歳を超えたところ。加えて、命の危機に瀕していた。
若きヌシの名はミウラ。見た目、体高10メートルの巨大なネコである。柄は茶トラ。四本の爪先が、雪のように白くなってるのがチャームポイントである。
『ちょっ! わっ! まっ!』
頭脳は大人な子供っぽい声で悲鳴が上がる。
ミウラ半島地域は、千年超えのヌシ、弓神イズの侵略を受けていた。
イズも巨大なクリーチャーだ。ミウラより2回りばかり大きい。ウルトラマ○Aに出演した超獣系のデザインラインを踏襲。よく言えば生物の枠を踏み外した見た目。悪く言えば子供の落書き怪獣。蛸が、足を象の鼻に変えて、哺乳類化して、茶髪ロン毛にして、四足触手歩行させたらこんな感じだろう。
『どうしたどうした? 手も足も出ないのか?』
イズが放つ不可視の矢が、ミウラの腹に突き刺さっていく。
ミウラはそれを一つずつ丁寧に雷撃で打ち落としている最中。雷撃を好んで使うことから雷神ミウラと呼ばれている。
この雷撃、発動から着弾まで0タイムなのだが欠点も多い。使うには多大な精神力を要する。体力も使う。効果範囲が点である。迎撃用として使うには、出力が高すぎる。戦艦が、対空砲の代わりに主砲を撃ってるようなもの。連射速度は速いが、機関砲の様にはいかない。
ミウラは素早い身のこなしを攻撃の起点としてるのだが、その機動力はナリソコナイに邪魔されていた。足下にウジャウジャいる。百匹はいるんじゃないだろうか?
ナリソコナイとは、ヌシに成れなかった人間大のバケモノのことである。四つ足から二足歩行、触手持ちまなど様々な姿をしている。攻撃力は人間の10倍以上の物を持っているやっかいな相手。
ヌシはナリソコナイも人も簡単に殺せる。
人はヌシを殺す能力を持たぬが、努力と犠牲を払えばナリソコナイを殺せる。
ナリソコナイは人を簡単に殺せるし、ヌシに危害を与えることが出来る。多大な努力と犠牲を払えばヌシを殺せる可能性を持つ。なんとも中途半端なクリーチャーだ。
そのナリソコナイがイズの指示の元、統制された動きをもってミウラの足止めをしている。
手に手に、金属の武器、槍や刀を持っていて、それで足に斬りかかってくる。何体かは踏みつぶすのだが、それでも怪我は免れない。
毛皮を裂き、肉を断ち、血管を切る。ミウラの足元の白い毛は、血で真っ赤に染まっている。ナリソコナイが踏みつぶされて数を減らしても、イズは一向に怯まない。イズもナリソコナイの被害にかまっていない。彼を含めおよそのヌシにとって、ナリソコナイは生理的に忌むべき存在であり、イズにとって、便利な消耗品なのだ。
ミウラはいよいよ駄目になってきた。
体力的にきつい。足が上がらなくなってきた。雷撃を放つにも体力と気力がいる。それも底が見えてきた。
後一撃放てるかどうかだが、しみったれた出力しか絞り出せないだろう。
ミウラは10歳と若いとはいえ、頭が良い。戦いにも何故か慣れている。古のヌシ・イズが相手いえど、後れを取るような軟弱者じゃない。
単に、イズの戦闘スタイルが、ミウラと相性が悪いだけだ。
せめて、気持ちの悪いナリソコナイだけでも排除できればどうにかなった戦いなのだ。
ミウラの放つ雷撃は強力だ。ヌシであろうと命中すれば、ただでは済まない。ましてやナリソコナイなど、袖触するだけで蒸発してしまうだろう。
だけど、このようにナリソコナイを広範囲にばらまかれては、手を出しづらい。人間大のナリソコナイ1匹を溶かすために主砲たる雷撃をいちいち放っていては、すぐに力尽きる。
かといって無視すると動きを邪魔されたり、ぐさぐさと斬りつけてくる。イズへの雷撃がはずれる。
イズは遠距離攻撃に徹している。もっとも、組み付いたところで体重差で負けてしまう。
手も足も出ない!
疲れてきた。
これは本格的にヤバイですわ!
『せっかく、生き返ったのに!』
ミウラの意識が薄れてきた。
『日本っぽい所だったのに!』
ミウラが足を折るように倒れた。
超生命体ヌシであろうと、首を落とされれば死を免れない。
『10年待ってたのに』
倒れることでナリソコナイの手に、ミウラの首が届くようになった。
ミウラの首に向かい、一斉に飛びかかるナリソコナイ。手にした武器が嫌みなまでに光っている。
錆びた大刀を振り下ろすナリソコナイ。どうやら、この刀で死を迎えるようだ。
『イオタの旦那……』
ミウラは目を閉じた。閉じた目から流れる一筋の涙。
……時が来た。
ズバン!
景気の良い音を立て、首が飛んだ。
――ナリソコナイの首が。
ズバン、バシュンと肉や骨を断つ音が続く。小気味よいほどに。
ミウラはもうろうとした意識の中、重い瞼を上げた。
横倒しになった世界。涙に歪む世界。そこでは、白い人型が躍動的なまでに跳びはねていた。
一糸まとわぬ白い肌。背まで伸びた黒い髪。頭頂から三角の獣耳が! お尻には黒くて長い尻尾が!
日本刀を振り回し、当たるを幸いナリソコネ達の首をポンポン切り飛ばしていく!
ミウラの意識が一気に覚醒した!
その者はッ!
『イオタさん!』
黒髪のネコ耳美少女、イオタその人だった!
前作を読んでくださった方むけのニッチなお話です。
まったくもって別のお話と割り切ってご覧ください。