#4
エイクは邸宅からの帰路の途中で、ハワイアンレストランの前を通りかかっていた。
「あ・・・・・・あれは西小路君。それにかやのさんに小野原さん」
そこでテラス席に座る西小路とかやの、紅葉の三人を見かけたのだった。
パンケーキを切る西小路と、それをかやのに食べさせる紅葉。テラス席で楽しそうに笑いながらパンケーキをシェアする光景を眺めるエイク。西小路の笑顔を見つめるエイクは急に暗い表情になり、
「ワタシは・・・・・・あの中に入っていけない・・・・・・」
そう呟き、一人悲しそうに帰宅していった。
その日の夜、エイクの自室。エイクはシャワーを浴びていた。まるで悲しさを洗い流すように・・・・・・。細身の体には似合わない濃い胸毛に、シャワーの水が伝う。
シャワーを終えたエイクはテレビをつけた。無料動画サイトに接続し、古事記のイザナギとイザナミの恋を描いたアニメを視聴する。
画面の中で美青年のイザナギが天岩戸の前で、黄泉の国へ行った妻のイザナミを待っていた。妻が黄泉の国の神に、生者の国に帰っても良いかの伺いを立てている間、彼は妻に言われて岩戸の前で待っているのだ。しかし、待てども待てども妻は帰ってこない。イザナギはついに待ちかねて、岩戸を開けてしまう。妻からは自分が出てくるまで、決して開けてはいけないと言われ、約束までしていたのに。
「イザナミ・・・・・・まだか?」
岩戸の中に入り、先に進むとそこには、愛おしい妻のイザナミがいた。だが、生前の美しい姿の妻ではなく、身体の所々が腐り果て、醜い姿になっていた。
「見ないと約束したのに!」
「ギャアァァァァァ‼」
約束を破られ、醜い姿を見られたイザナミは怒り狂い、イザナギを鬼の形相で追いかける。イザナミは数多の死霊を使役して、逃げるイザナミを追い詰めるが、あとすんでの所で岩戸を閉められて、夫に逃げられてしまう。
「イザナギーーーー‼」
岩戸の向こうでイザナミの悲しみが籠った憎悪の叫びが響いていた。
翌朝、エイクがバラの水やりをしていると、うどんこ病にかかっている葉を見つけた。彼は白い斑点のついた葉を切り落とし、他にも病気の葉がないか探しながら剪定をしていると、バラの棘がエイクの指にチクッと刺さる。指から血が流れ、ポタリと落ちた。
「痛っ・・・・・・」
エイクは棘が刺さった指を口に含み、垂れる血を止める。
この日は休日で、バラの世話が終わった後、エイクはベッドに仰向きで寝転がり、スマホに目をやる。画面には西小路の連絡先が表示されていた。
「・・・・・・そうだよね。来てない・・・・・・よね」
エイクはスマホを枕元に放り、額に手を当てて深い溜め息を吐いた。連絡先を交換できた。嬉しかった。でも自分から送ることは出来なかった。何でもいい・・・・・・ただ、彼からのトークが送られてくるのを待った。きっかけが欲しかった。
「きっかけ・・・・・・そうだ」