#1
大学寮の一室のバルコニーで、黄色のバラ『ゴールドバニー』をとても大切に育てているエイク。花台の上には30㎝くらいの小型のオベリスクが付いている鉢で、花が満開に咲いている。まるでバラのブーケのようになっていた。
エイクは『あの日』から西小路に恋心を抱き、バラを育てるようになったのだ。花が散らないようにそっとバラを指でなぞりながら、愛おしそうに黄色いバラを見つめるエイク。
「西小路君・・・・・・」
箕面市立船場図書館内で、何やら難しそうな本を熱心に読んでいる西小路。彼が読んでいる本は『古事記』で、完訳されたものだ。内容を所々ノートに書き写している。
その頃、ちょうどエイクも図書館に来ており、画集の本を探しているところだった。目当ての本を探している最中に、机に向かっている西小路を見かけた。画集を棚から取ってきたエイクは、彼の勉強の邪魔をしないように、少し離れた後ろの席で画集を開いた。時折、チラチラと西小路の方を見ながら。
西小路が本を読み終え、凝り固まった肩や背中を伸ばすように伸びをし、席を立つ。本を戻しに振り向くと、エイクが画集を見ている姿に気が付き、彼に近づいた。
「やぁ、エイク君。それは・・・・・・画集かい?」
少し目を離した隙に近づかれ、ふいに声を掛けられた事で驚くエイク。
「う、うん・・・・・・に、西小路君は?」
「あぁ、古事記を読んでいたんだ。未解読文字とか、何か論文の題材になりそうなものがないかなって思ってさ」
「古事記・・・・・・日本の神話などが書かれている本かい?」
「そうそう、イザナギとイザナミの話とかね」
エイクは少し何かを思い出す素振りをした。
「ワタシは日本の神話は詳しく知らないけど、日本の未解読文字なら、『神代文字』という文字があると聞いた事があるよ?」
西小路は初めて聞く単語に、「神代文字?」と首を傾げた。
「うん。日本で古くから用いられていたという文字で、色んな古文書に使われていたというものの、未だ解読不能な文字なんだって」
彼の情報に目を輝かせる西小路。題材になるかもと、興味をそそられたようだ。
「未解読部分が残る謎の文字・・・・・・ってことか」
「そ、そうだね・・・・・・神代文字を使った書物で『古代和字総覧』というものがあるよ。解読が研究されたものは本屋でも売ってるみたいだね」
「なるほど・・・・・・エイク君、ありがとう!」
西小路はエイクに無邪気な笑顔を向ける。彼の眩しい笑顔に、エイクは胸をキュンとときめかせた。
「や、役に立てて良かったよ」
頬を赤らめ、西小路から恥ずかしそうに顔を背けるエイク。西小路は名刺入れから名刺を取り出し、裏に何かを書き始める。
「また何かあったら・・・・・・はい、これ」
エイクは西小路から、彼のチャットアプリのIDが書かれた名刺を受け取った。予想外の収穫に、エイクの心臓は跳ね上がった。エイクは動揺を悟られないように平静を装いながら、用事があるからと西小路の前から去っていった。
「エイク君、またねー」