#8
一方、西小路と紅葉は昆虫館前で営業している赤いキッチンカーのコーヒーショップでティラミスラテとヘーゼルナッツラテを注文し、受け取ってベンチに座りなおす。石丸は紅葉からおやつをもらって夢中で食べていた。
西小路は冷静を装いながらも、昆虫館の中が気になって仕方なかった。かやのがまた破壊衝動に駆られていないか、不安でソワソワしていた。だが、今のところ昆虫館は静かだ。
「私も子供の頃、お父様やお母様と一緒に、よくこの昆虫館の放蝶園に来ていたんですよ」
紅葉が懐かしそうに辺りを見回しながら、西小路に思い出を語る。
「放蝶園?」
「えぇ、色んな蝶々が温室内を自由に飛び回って、季節の花も咲いていて、まるでおとぎ話の楽園のように感じてましたわ」
紅葉は目を閉じて昔を懐かしみながら、幼少時代を思い返していた。
『まだあどけなさが残る少女の紅葉が、放蝶園の中で色とりどりの蝶がふわりふわり、ひらりひらりと舞う姿を満面の笑顔で見上げていた。そして綺麗な花が周りに咲き誇り、少女の目にはとても幻想的で美しい光景に映っていた。』
紅葉の話を聞いて、西小路も紅葉と一緒に放蝶園の中に立っているような気持ちになった。思い出の共有というものだ。
いつの間にやら辺りは夕日に照らされていた。かやのと桃音と幸隆が昆虫館から戻ってきた。どことなくかやのは元気がない。というより目の光が消え失せていた。
幸隆は昆虫館内で無言で涙を流し続けるかやのを元気づけようとしていたが、全て空回りしていた。彼はキッチンカーを見るやいなや、慌てて飲み物を買ってかやのに渡す。かやのは死んだ目でボーッとキッチンカーを見つめていた。
そこに「キィーッ、キィーッ」と野生の猿が数匹森の茂みから、飛び出してきた。幸隆や桃音、紅葉は驚いて、咄嗟に食べ物や飲み物を身体の陰に隠す。しかし、猿達はそんな幸隆達には目もくれず、真っすぐかやのの元に走って行き、彼女に何かの草を渡していた。
「・・・・・・ん? これは虎杖の葉か。・・・・・・ハハッ、ありがとな、お前ら」
かやのが猿達から受け取ったのは、古来から痛み止めの薬草として効能がある、虎杖の葉だった。かやのは猿達の頭を優しく撫でて、猿の身振りをしながら猿の鳴き声で、改めて猿達に感謝を伝えた。
その光景に幸隆はギョッとしていた。彼の目にも、かやのが猿と会話しているように映っていたからだ。それに猿達がかやのの背中や腰に薬草を貼り付けている光景も目にし、これは誰がどう見ても意思疎通がとれていると見える。
薬草を貼り終えた猿が、虎杖の葉を頬張っているかやのの手を引き、「こっちに来て」というような仕草をし始めた。その姿に桃音は純粋に「可愛い!」と歓喜し、紅葉は、
「ウフフ、以前にもこんな事がありましたね」
と、西小路と懐かしそうに笑い合った。