#4
大学院工学研究科の研究棟にて。広い面積のアスファルト補装の実験場と、それにガラス張りで隣接する研究室の中で西小路と幸隆が対談していた。稲壱は西小路の足元で毛づくろいをしながらくつろぐ。
かやのは実験場の方で電動平行二輪車『オフロードSWN』の試作機を試乗している。
幸隆は「よく来てくれたでゴザル」と、西小路に珈琲を淹れて、早速とばかりに依頼について話し始めた。
「これはうちの工学部に伝わる話でゴザルが・・・・・・」
『―――工学研究科の研究棟で夜まで残って研究に励む学生がいた。学生は時間も忘れ、研究に没頭していると、一本の内線電話でふと我に返る。あぁ、もうこんな時間か。きっと警備員の人がそろそろ建物を閉めるからと電話をかけて知らせてくれたのだろう。
「もしもし、すみません。もう出ますんで」と、学生は電話に出たが、相手は何も話さない。ザーッというノイズが微かに聞こえていた。しばらく「もしもし」と言ったが、何も返事が無いままブツリと切れた。
学生はきっと電話の調子が悪いんだと考え、まだ警備員からの連絡も無いし、もう少し研究を続けようと思った。そしてまたしばらくして内線が入る。時計を見ると午前を回っている。今度こそ警備員からだと電話に出る。
しかし今度もまた無言だ。いや、無言ではない。ノイズだ。先ほどよりはっきりしている。学生はそのノイズの正体に気付き、思わず受話器を放り投げ、電話線を抜いた。それは声だったのだ。しわがれ枯れた男女の声が複数合わさっていた声だったのだ。
「うわぁっ!」怖くなった学生は荷物をひったくり、すぐに研究室を飛び出そうとした。が、ドアが開かない。まるで何かに押さえられているかのような感覚だ。開きそうで開かない。不意に自分の後ろに気配がする。しかも電話も鳴っている。確かに線は抜いたのに。
後ろの気配が自分に近づいている。金属が擦れるような嫌な音と共に。半ばパニックになりながら、学生はドアノブをガチャガチャさせながら後ろを振り向く。すると・・・・・・そこには、何も無かった。先ほどまでの気配も音も消えている。
学生は酷い動悸を落ち着かせる為に深呼吸をする。少し落ち着いて、自分は案外臆病な性格だったんだなと恥ずかしくなり、ドアの方を振り返る。ドアの磨りガラスに人型の何かが張り付いていた。その何かと目が合った気がして、学生は気を失った。』
幸隆は深刻な面持ちで、
「―――これと似たような事象が、最近頻発しているようでゴザル」
と、以前から伝わる怪談を話した後に、近頃そういった体験をする者が出てきていると続けた。幸隆の話を表情一つ変えずに淡々と聞いている西小路と稲壱。
「それに加えて『ホホホホ』という無機質な声も聞こえるとか。我々としては、科学でもって証明したいのだけど、どうしても解明できなくてね。そこで西小路君、キミに調査をお願いしたいナリ」
幸隆の話を聞いたところで、西小路は、
「じゃあ早速、調査の方を始めさせていただきますね」
と、稲壱を連れて棟内や、実験場の見回りを始めた。窓の向こう側で、かやのがまだオフロードSWNを乗り回している様子が西小路の視界に入る。非常に楽しそうだ。
『センパイ、オレの方でも色々調べてみたんスけど、特に変わった事は無いッスね』
途中から別行動で調査していた稲壱からテレパシーが入った。西小路の方も痕跡など、一通り調べてはみたが、収穫といえるものはほとんどなかった。
『ただ・・・・・・外のゴミ捨て場から、怨念って程じゃないッスけど、な~んかイヤ~な念を感じたッス。でも、さっきの人が言ってたような現象を引き起こせる程の力は無いッスね』
「う~ん、これは夜の建物内を実際に張り込んでみないと分からないな」
西小路は稲壱と合流して、かやののところへ戻ろうとした。その時、稲壱の背中にゾクリと冷たいものを感じた。稲壱が後ろを向くと、先ほどまで調査していた廃材置き場にあった負の念が強くなっていた。そしてその念は一人の男から流れ出ていた。
『センパイ・・・・・・あの男からおぞましい何かが出てるッス』
稲壱がテレパシーを使い、西小路に伝える。西小路が振り向くと、そこには工学研究科から出る廃材を、買い取りを含めた引き取り作業をしている男がいた。男は長年、大学と取引しているリサイクル業者で、とても人当たりの良さそうな顔をしている。
業者の男は研究員に廃材買い取りのお金を少額だが渡していた。このお金は研究費用の一部として運用されているのだ。
「かやのちゃん、あの男についてどう思う?」
「ん~・・・・・・そうだな。見た感じ人が良さそうだが、かなり胡散クセェ顔してやがる。で、何でそんな事聞くんだ?」
依頼内容をまだ知らないかやのに、業者についての感想を西小路が訊くと、彼女は胡散臭いと答える。
すると稲壱が、
『センパイ、オレ、あの男を張り込んでみるッス』
と、言ってきた。それに対して西小路は、
「頼んだよ、稲壱君」
と一言。稲壱は業者の男に気付かれないように、こっそりとトラックの荷台の中に潜りこんだ。業者は引き取った廃材を2tトラックに全て積み込むと車に乗り込み発車させた。
とりあえず、今日からかやのと張り込ませてもらうという事で、西小路は幸隆に話を通して、幸隆から研究棟で使う鍵を受け取った。
かやのはオフロードSWNを気に入ったみたいで、研究員に「貸してくれ」と頼んだ。彼らの方も、一般人の使用データが取れるのは助かると、かやのに貸し出す事になった。そして西小路にも是非使用してみてほしいとの事で、西小路も彼女と色違いの物を借りる事となった。
「あ、これ最大50㎞まで出るから免許要るんだけど、二人とも免許はある?」
西小路とかやのは運転免許を取り出し、ニカッと笑った。