#6
一方、西小路はかやのの部屋にいた。部屋の中は暗く、ランタンの灯りと月明りだけで照らされている。西小路はテントの前で、かやのに静かに語りかけていた。
「ゼクス。僕さ、VRtuberアイドルやる事になったよ」
テントからは物音ひとつしない。だが西小路は続ける。
「アイドルライブが終わったら、王から写真もデータも全部回収して・・・・・・」
「やめろっ! アイツの名前を出すなっ‼」
「・・・・・・・・・・・・」
西小路は息を吐いて、何かを思い出すように目を閉じた。
『赤々と業火が噴き出す活火山。底の見えない大地の亀裂。その亀裂の底から湧き上がる亡者共の苦悶の叫び。魔界の中空で一人の大男と狐が戦っている。
狐は太く長い六本の尾を生やし、黄金色の毛が美しい妖狐ダンテだ。ダンテは尾を生やした人型の姿に変化し、数多の妖術を駆使して、相手に攻撃を仕掛ける。
そしてその妖術を拳ひとつでねじ伏せる大男は、筋肉隆々で色黒の肌、銀髪と後方に伸びる六本の角、左の背から三枚の大きな黒翼を生やした堕天使ゼクスだ。
彼らはお互いに一進一退の激しい攻防戦を楽しんでいた。二人の戦いはどこまでも果てしなく続く。互いの技を出し合い、まるで競い合っているような、じゃれ合っているような光景だった。ダンテもゼクスもとても楽しそうな顔をしていた。』
西小路は目を開ける。今まで培った力、そしてそれを全て失った喪失感を駆られながら、手の平を見つめる。
『センパイ・・・・・・』
こんな時に妖狐の力が使えたら美少女アイドルに化ける事も、王を懲らしめる事も、どんなに楽だったか。彼のそんな気持ちを稲壱は察していた。
「僕さ、VRの世界だけど、自分の意思に反して女性の姿にされてさ・・・・・・。ゼクスの気持ち、今ならよく分かるよ」
返事のないテントを見つめて西小路は、机の上にタブレットを置き、
「ライブ・・・・・・見てくれな!」
次の日からアイドルライブに向けて本格的に動き出した。曲もあとは歌詞を残すのみで、形は出来ており、振付も王陣営のスタッフが用意していた。
桃音をセンターとし、サイドに西小路と紅葉を配置という形で進める。振付師のダンスを覚えながら、レッスンを受ける。現役の桃音は流石飲み込みが早く、すぐに覚えてしまう。
紅葉も幼少期にバレエなどの様々な習い事をしてきたのであろう。はじめはぎこちなかったが、徐々に勘を取り戻し、すっかり形になっている。西小路はというと振付師や二人の動きについていくのが精いっぱいだった。
ダンスの後は作詞活動だ。曲はあっても歌詞がなくては始まらない。休憩室の中で桃音と紅葉が二人並んで仲良く作詞している。机の上や二人の周りにはクズ紙が散らかっていた。そこに遅れて西小路がやって来る。西小路だけ個人レッスンがあったのだ。
二人は西小路に気付くと、彼も交えて意見を出し合いながら歌詞を書いていく。王から自分のかやのへの気持ちも入れるようにと、西小路へ指示があったらしく、それも歌詞に組み込む。そして何度も文を練り、歌詞を紡いでいく。
ようやく完成して、「できたぁー!」と三人でハイタッチする。
歌詞が出来てからは早かった。歌の覚え込みや、歌を歌いながらダンスの通しレッスン。実際に三人の動きに合わせながら、予め幸隆と王の制作陣で打ち合わせをしていた演出や背景、効果音なども当てて、最終段階に向けて調整も加えていく。
衣装の方も数パターン用意していたようで、それを桃音と紅葉と西小路にそれぞれ当てて、モニター越しにKINGとも打ち合わせている。
特に西小路だけは様々な衣装にチェンジさせられ、着せ替え人形のように扱われていた。フリフリ、ブリブリな衣装もあり、その度にKINGや王陣営スタッフから笑われていた。
西小路はかやのの為と何度も心の中で呟き、ぐっと堪えた。