#8
月の光が、深い山奥にある一軒の建物を照らし出す。それは近代建築といった風貌のアトリエだ。壁の一面がガラス張りで、中の様子がよく分かる。建物内を一人の女性が何者かから逃げているような様子が見えた。
よく見るとそれは紅葉だった。彼女はパニックを起こしながら、
「誰か! 誰か助けて‼ 西小路さん! かやのさん!」
無機質なコンクリートで固められた広い空間の中を逃げ回っている。しかし、手を後ろ手で縛られていて、思うように走れない。とにかく助けを求めて出口を探すも、何かにぶつかって転んでしまった。
「助けを呼んでも無駄だよ? このアトリエには誰も来ない。ぼくのママも、パパも、ね」
紅葉の後方からナイフを持ち、脇に絵を抱えた男が厭らしい笑みを浮かべて紅葉にゆっくり歩いて来ている。
紅葉はアトリエと聞いて周囲を見ると、壁に男が描いたと思われる絵が飾られており、床にも絵とイーゼルが倒れて散らばっていた。どうやらこれにぶつかってしまったようだ。
「どうして・・・・・・・・・どうしてこんな事を・・・・・・?」
紅葉は起き上がる事が出来ず、後ずさりながら男に尋ねる。すると、男は先ほどまでの下卑た笑みを消し、急に癇癪を起こす。
「本当はぼくが! このぼくが受かるはずだったんだ‼ アイツさえ・・・・・・エイクさえいなければ‼ あんな貧乏人じゃなくて、このぼくがぁっ‼」
男は大阪箕面大学の美術学部志望だった。だが試験に落ちてしまい、浪人することになってしまったのだ。
それから男はひょんなことでエイクの存在や、彼のSNSを知った。そこで彼のモデルになった女性を次々とこのアトリエの地下に拉致し、それをエイクの犯行に見せかけて彼を失墜させる事を思いつき、今回の犯行に至ったのだ。
「それに・・・・・・ぼくの方が、絵がうまいんだ。ほら、見ろ!」
男は持っていた絵を紅葉に向ける。紅葉は絵を見た後、男に向かって怒りの視線を向け、
「そんなのただの逆恨みじゃないですか! それに貴方の絵より、エイクさんの方がずっと素晴らしい絵を描きますわ!」
「う、う、うるさい! 絵の価値も分からない素人の癖にっ‼ ぼくはママの為にも、このアトリエをくれたパパの為にも、絶対受からなきゃいけないんだっ‼ 絶対ぼくの方が上手いんだー‼」
男は紅葉の言葉で、更に幼稚な怒りを露わにし、持っていた絵を床に叩きつけた。図星を突かれたからなのか、男は息を荒くし、ナイフを固く握りしめ、紅葉ににじり寄る。
「いやっ! 来ないで‼ ・・・・・・いやぁああああああ‼」
ガッシャァアアアアアアアアアン‼
「・・・・・・えっ⁉」「どわぁあああああああああああああ‼」「かやのさんっ⁉」
紅葉の絶体絶命のその瞬間、アトリエのガラス窓を破って、一台のボロボロの車が飛び込んできた。