#8
『ハハハハハ‼ 見ろ! これがあの時舐めた、アンタの血の力だ‼』
―――違う。それは憎しみの力だ。妖怪は元来、負の感情の力で強くなる。妖尾の継承もタネを明かせば、相手への嫉妬や怒り、また親しい者を喰らった際の悲しみで負の感情が強くなる。それによって、自分が相手から妖力を奪ったと錯覚しているだけに過ぎない。
西小路はそれを異形と化した彼に伝えたかった。だが伝えられなかった。伝える間がなかった。
『センパイ、アンタは若くして六尾まで持つことが出来た。オレ達の憧れだったのに・・・・・・随分腑抜けちまったなぁ‼ オラオラ! 少しは反撃してみろよ!』
化け狐は変化を遂げてから『おしゃべりは終わりだ』と西小路に一気に襲い掛かり、怒涛のラッシュを浴びせかけている。
それを西小路は必死に避けて、隙あらば角材や投擲武器で反撃を試みるが、全く効果がなかった。それどころか得物も折れ、投げるものも無くなり、身体にも少しずつ疲労の色が出てきて足がもつれてくる。
それによりアクロバティックな動きも出来なくなっていき、徐々に相手の攻撃も掠りはじめた。
気が付けば服はボロボロになり、身体のあちこちに傷が増えていった。
『センパ~イ、いつまで力の出し惜しみするんスか? いい加減にしないと、もう死んじゃうッスよ? ・・・・・・まぁ、こちらとしてはその方が助かるんスけど・・・・・・ねっ!』
余裕そうな笑みで化け狐が西小路に蹴りを当て、そのまま壁に激突させる。西小路は「かはっ」と口から血を吐き、意識が飛びそうになる。
「ハァ、ハァ・・・・・・僕はこのまま死ぬのか・・・・・・人間の身体って不便だな・・・・・・」
西小路の脳内に絶望の色が広がった。
『そろそろ楽にしてやるッスね』
化け狐は口の端から涎を垂らして、その顎を大きく開く。鋭い牙がズラリと並び、妖しく光っている。
もうあと一歩前に出れば西小路の頭に牙が届く。彼は眼前で大きく開かれた化け狐の顎の筋肉が脈動するのを、半ば諦めた目で見ていた。
ガキィンッ! 化け狐の牙は西小路の目の前寸前で閉じられた。西小路は何が起こったのか分からなかったが、それよりも目の前の化け狐の方が戸惑っていた。
『・・・・・・な、何だ⁉』
そして同時に自分の胴体に違和感を覚え、そこに目をやる。西小路も化け狐の目線を追いかけた。
するとそこには、自分がいつも見慣れている人物の腕が、化け狐の毛を掴みながら胴をホールドしている。
「・・・・・・・・・テメェ、俺の相棒に何して・・・・・・やがんだぁあああああああああああああ‼」
鋭い爪を地に食い込ませて立っていた両足が、一瞬フワッと浮いたかと思うと、そのまま後ろにズドォォォォォンッ‼ と轟音を立てた。かやのの強烈なジャーマンスープレックスが炸裂し、化け狐の脳天が地面に叩きつけられていたのだ。
「かやの・・・・・・ちゃん?」