#7
次の日、西小路とかやのが教室に入ると、いつもよりも室内がざわついている。先に来ていた紅葉に「どうしたの?」と西小路が聞くと、大学周辺で大きな狐の目撃情報や、実際に人が襲われたなどの話が、クラスの話題で持ち切りになっているとの事だった。
「アイツ・・・・・・紅葉ちゃん、僕はこれからその狐を捕まえに行ってくる!」
紅葉の話を聞いた西小路は、焦った表情で慌てて教室から出ていった。紅葉も西小路の後を追おうと席を立つが、目が据わったかやのに腕を掴まれて制止される。
「昔からアイツは、ああなったら止まらねぇんだ。俺が連れ戻してくるから、お前は俺らの代返でもしてな」
かやのはそう言って、手をひらひらさせながら教室を出ていく。
一方、勢いで教室を飛び出した西小路は当てがない事に気付き、とりあえず自分が先日襲われた場所に向かう事にした。
その途中『こっちッスよ、センパイ』と西小路の頭の中に、件の化け狐の声が響いた。
化け狐の声に導かれるように、西小路は一件の廃ビルの前に来ていた。
そのままビルの中に入るように化け狐に指示され、西小路は建物内に入った。すると入口が崩れ、退路が塞がれた。
「今度は逃がさないつもりか・・・・・・」
崩れた入口を見つめる西小路の脳内に、再び化け狐の声が響く。
『当たり前ッスよ。オレはアンタの肉を喰わなきゃいけないんスから。おっと、そっちじゃないッス。そう、そこの階段登って。オレは三階ッス』
西小路は声に従って三階を目指す。その途中、折れて竹刀くらいの大きさの比較的丈夫な角材を見つけ、それを持っていく事にした。他にもネジやビス、小石などを拾ってポケットに入れる。
西小路が三階フロアに着くと、扉の外れた大広間の奥に、化け狐が下卑た笑顔で待ち構えていた。
『よぉ、センパイ。待ってたッスよ? 悪いッスね~、わざわざ来てもらっちゃって』
細めた目で西小路が持っている角材を見るやいなや、西小路に勢いよく飛び掛かる。
『センパイもやる気ッスねぇ⁉ でも・・・・・・』
西小路は向かってくる相手に目掛けて角材を振りかぶる。・・・・・・が、化け狐は空中で身体を捻り、西小路のフルスウィングを避け、後ろ脚でドロップキックを腹に当てる。
西小路は「うっ!」と怯み、勢いよく後方に飛ばされ、壁に激突する。背中に背負っていたリュックに衝撃を吸われたお陰で、背中へのダメージは少なかった。
そのまますぐに追い打ちをかける化け狐の一撃を、西小路は横に転がり、辛うじて回避する。その際に、西小路はポケット内のネジを素早く取り出し、相手のこめかみを狙ってサイドスローで投げる。
小さくても石より硬い鉄の飛礫が狙い通りに当たり、化け狐は当たった側の目を瞑り、忌々(いまいま)しそうな声をこぼす。
その隙に西小路は体勢を立て直し、角材を構える。
「戦う前に聞かせてほしい。なんで僕の肉が欲しいんだい?」
西小路の問いかけに、化け狐の雰囲気が変わった。
『センパイ。アンタ、妖狐だろ? 姿は化かせても、アンタからは妖狐のニオイがプンプンする』
そう言った後、化け狐は何かを思い出すように、黙って目を閉じる。少しの沈黙の後、化け狐はゆっくりと口を開く。
『・・・・・・オレは力を手に入れたい。センパイ、アンタなら分かるだろ?』
「妖尾の継承か・・・・・・キミは本当にあんな昔の伝承を信じているのかい? あれはただの迷信だよ」
『そんなわけない! この前アンタの血を舐めてからというもの、オレは確かに、少しずつ強くなっている。だからアンタの肉を喰って、もっと力を手にして・・・・・・オレから住処も、食い物も、仲間までも奪った人間共を一匹残らず根絶やしにしてやるんだ‼』
化け狐は地の底から湧き上がってくるような憎悪のこもった声で、人間への恨みつらみを語る。
そして人間を皆殺しにすると叫んだ直後、元々大きかった化け狐の身体が、更にトラと同じくらいの巨体となる。加えて前足が人型のように変形し、まるで狼男を思わせるような風貌に変化した。