#3
日曜日の早朝、箕面五丁目にある古書店に訪れた西小路と紅葉。
「今日はよく来てくれたね。本当にありがとう、助かるよ」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
手伝いに来た二人を出迎えてくれたのは、やや腰の曲がった優しそうな老夫婦だった。西小路と紅葉はやって欲しい事とやり方を夫婦から教わり、さっそく作業に取り掛かる。
紅葉は老夫婦と一緒に本の拭き取りと乾かし、破損の有無の判別作業を行い、西小路はシャベルとホースを使って店先の泥かきを担当する。
それぞれ作業に没頭していると、奥から食事の用意が出来たからと奥さんが皆を呼びにきた。いつの間にか昼食の時間になっていたようだ。
西小路と紅葉は、昼食のお好み焼きとおにぎりをごちそうになった。早食いの西小路は自分が取った分の飯をさっと平らげると、先に再び作業に戻った。
それから紅葉と老夫婦も食事を済ませ、作業を再開し始める。
「そういえば、一緒に来てくれたお兄さんはお嬢さんの恋人かね?」
「えぇっ! ち、ちちち違いますわっ!」
本の仕分けをしている店主が泥拭きをしている紅葉に尋ねた。急にそんな話題を振られて、紅葉は動揺して顔を真っ赤にしながら否定する。
「そ、そういえば、これはなんて書いてあるんですか?」
このまま話を続けたら、もっと西小路の事や好きな人なんかの事に話題が突き進んでしまうと感じた紅葉。彼女は咄嗟に、いま自分が土を落とした古書を店主に見せた。
彼は「どれどれ」と胸ポケットの老眼鏡をかけ、紅葉の見せた本を手に取り読んだ。
「これは・・・・・・『九尾狐録』だね」
「きゅう・・・・・・び・・・・・・こ、ろく? どのような内容なのですか?」
紅葉には本に書かれている文字が、ミミズの這った後のように見えていた。それを店主は難なく、スラスラと読み解いていく。
要約すると、九尾の狐が美女に化けて中国・インド・日本の三国で、時の権力者に近づいて国を傾かせた。そして物語の終盤には、日本で陰陽師や侍によって退治され、殺生石という毒をまき散らす岩になった。だが、最後は坊主によって、その毒すらも封印される、という話である。
午後十八時半。ようやくその日の作業も終わり、西小路と紅葉は帰路についた。
西小路は事務所に用を思い出し、アパートに向かった。
事務所について雑務をこなしていると、気づけば外は真っ暗になっていた。彼は「やばいやばい」と呟き、戸締りをして部屋を出た。
今日は気分転換に、いつもとは違う道を通って帰ろうと考えた西小路は、今宮二丁目から西宿二丁目に続く田んぼ道を通ることにした。
「さっきから誰かに見られてるような・・・・・・」
路地に入ってから、背後に視線を感じた西小路が後ろを振り向く。すると、後ろから大型犬くらいの大きさの動物が、西小路に向かって凄い速さで走り、一直線に飛び掛かってきていた。
西小路は「・・・・・・っ⁉」と慌てて身を逸らせて、突進してきたものを避ける。しかし、突然の事に反応が遅れた。避けきれずに大型犬のようなものが、西小路の左半身をかすめながらすれ違う。
「くっ!」
すれ違ったのと同時に、西小路は左腕に鈍い痛みを覚えた。どうやら、腕を引っかかれたらしい。
しかし大型犬にしては、力が強すぎる。服の袖が切り裂かれており、手の甲から肘まで二筋の傷をつけられていた。
血が指まで伝い、地面に垂れている。突然の襲撃者はチカチカと街灯に照らされ、その正体を彼の目に映した。
「・・・・・・っ! 狐⁉ 何故こんなところに!」
西小路を襲ったのは犬ではなく、グレートデンサイズの大狐だった。西小路の方に向き返った大狐は目を細め、ニタァと嫌な笑いを浮かべた。
『探したッスよ、センパイ?』