#1
本来、『春嵐』とは春先に吹く強い風のことを指すが、四月真っただ中にまるで大型台風のような暴風雨が前々日から箕面市全域を襲っていた。それにより、大学も生徒の安全を優先し、緊急で休校になっていた。
「今日もひどい雨・・・・・・早くやまないかしら・・・・・・」
バケツを返したような雨が降る外を自室の部屋の中から眺める紅葉。大抵の人間は雨の日は陰鬱な気分になるものだ。「はぁ・・・・・・」と深い溜め息をついて石丸の頭を撫でる。
「ぐうっ・・・・・・ぐあぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・クソがぁぁあ!」
かやのは自室の中に設置しているシングル用テントの中で、寝袋にくるまって下腹部を押さえ悶え苦しんでいた。窓を叩く激しい雨音が彼女の呻き声をかき消している。
「―――はい・・・・・・はい。いえ、お気になさらないで下さい。この雨ですので仕方ないですよ、はい。またのご相談をお待ちしております。はい、では失礼いたします」
西小路は探偵事務所の椅子に座りながら、嵐が原因による当日の依頼キャンセルの電話を受けていた。
テレビからはこの大型台風のような勢いの暴風雨について、ニュースが流れている。箕面市内の如意谷や粟生の方では洪水による浸水被害が出ている様子や、各地域で木が倒れたり、瓦や看板が飛んだりしている映像が流れていた。
西小路は電話を切ってテレビに目をやった後、窓の外を見て「やれやれ」と頭をかく。
「これは・・・・・・今日もしばらく出られそうにないな」
彼は嵐のせいで事務所に足止めされ、そのままそこで寝泊まりしていた。
かやのと紅葉の方は大丈夫だろうかと気になり、二人に電話して状況確認をすることにした。最初にかやのに電話をしてみたが、しばらくコール音を鳴らしても繋がらなかったので、一度切って紅葉にかける。
「もしもし、紅葉ちゃん。そっちは大丈夫?」
「あっ、西小路さん。わざわざありがとうございます。こちらは大丈夫ですわ。それよりも西小路さんの方こそ・・・・・・」
紅葉の方は特に目立った被害はないが、石丸を散歩に連れて行けないのが気になっているようだ。
西小路は紅葉との会話が終わった後、もう一度かやのに電話をかけた。またしてもなかなか電話に出ないので、彼女の身に何かあったのか気になっていた。しばらくすると、ガチャッと着信を受けた音が西小路の耳に入る。
「あっ、かやのちゃん! なかなか電話に出ないから心配したよ。そっちは大丈夫かい?まだまだ嵐が治まりそうに―――」
「あぁ⁉ こっちはそれどころじゃぁねぇ‼ 全然ダイジョバネェよ‼」
電話に出たかやのは西小路が話している途中で、かなり不機嫌な声で怒鳴りながら割り込む。そしてそのままブチッと音を立てて電話を切った。
突然の怒鳴り声に西小路は耳がキーンとなり、指で耳を押さえている。
「何をそんなに怒って―――」
そう言いかけて、突然ハッとする。もしかして、先ほどのニュースのように瓦が飛んできて、彼女の部屋の窓ガラスを突き破って、どこか怪我でもしたのかも・・・・・・。そんな映像が彼の脳内で再生された。