#1
「―――であるからして、アルベルト・アインシュタインはこう述べたのである。『人生で最良なものは、金で得られるものではない』と」
初老の男性教授が壇上でドイツ語の講義をしている。この授業は外国語必修科目なのだが、この教授はドイツの偉人などの話や歴史を交えて教えるのを好んでおり、生徒達からの評価は『話の内容が退屈で眠くなるが、居眠りをすると突然当てられるから地味にキツイ』の意見が多い。
外国語学部・言語文化研究科に所属する西小路とかやのと紅葉は横並びの席で講義を受けていた。
紅葉はしっかりノートに講義内容を書き写し、模範的な態度で真面目に聴いている。
その一方、西小路は講義の内容をノートに走り書きでメモしながら、間取り図の書かれた別紙に探偵事務所の内装レイアウトや必要家具とそれにかかる費用を計算している。
そして、かやのはやっぱり期待を裏切らないというか、大口を開けて爆睡している。
「かやのちゃん危なかったね。チャイム鳴るのがもう少し遅かったら、問題当てられていたよ?」
「ドイツ語なぁ。つーか、お前メシ食うの早すぎんだろ」
講義後、食堂にて三人で昼食をとりながら、仲良く雑談をしている。
「そういえば西小路さん、さっきの講義中に色々考えていたみたいですけど、探偵事務所のコーディネートというか、内装は決まりましたか?」
紅葉は持参した弁当を食べながら西小路に尋ねると、彼は学食のきつねうどんにセットで付けていたおにぎりを頬張りながら、先ほど考えをまとめていた紙をファイルから取り出してテーブルに広げて熱く語り出した―――。
「―――という感じで考えてるんだよね。とりあえず、今は机と椅子しかないけど」
「わぁ! 良いじゃないですか! 落ち着いたお洒落な内装になりそうですわね。ね? かやのさん!」
紅葉は西小路の話を聞いて共感し、かやのにも同意を求めるが、かやのは目の前のワカメ蕎麦を息で冷ましながら食べることに集中しており、西小路の話も含めて二人の会話をほとんど聞いていなかった。そのため、話しかけられても適当な生返事で返していた。
「私は西小路さんのシックでモダンな感じも良いと思いますが、アンティークな内装も惹かれますわ。かやのさんはどう思いますか?」
「ん? あぁ、まぁそんな感じで良いんじゃね? 熱っ!」
やはり何も聞いていないようなかやのの反応に、紅葉はムッとした顔をする。しかしそんな紅葉をよそに、かやのは蕎麦をハフハフと言いながら完食した。そして、一瞬何か閃いた表情を浮かべ、荷物を持って立ち上がった。
「なんつーかまぁ、相変わらずお前は形から入るのが好きだねぇ。俺はこれから用事があったの思い出したから、そっち行くわ。つーワケで代返よろしくな、西小路君」
手をひらひらと振りながら立ち去っていくかやのに、紅葉は不機嫌そうな顔でブツブツと愚痴をこぼす。
「もう! なんなんですか、かやのさんのあの態度は。西小路さんの事なのに・・・・・・もっと協力的にしてくれてもいいと思います」
紅葉の愚痴に「ハハハ・・・・・・」と苦笑いをする西小路。紅葉はいつも不真面目な授業態度のかやのの為に、ノートも丁寧に写している事などもこぼしながら不貞腐れていた。そして空になった弁当箱を片付けて、何か決意したかのような目をして西小路の手をとる。
「決めました! こうなったら私が西小路さんのお手伝いを致しますわ!」
「へっ?」