#1
嵐の夜。暗雲が渦巻き、激しい雷が鳴り響く。稲光に照らされた一軒の屋敷。箕面市彩都の山奥にひっそりとそびえ立つ、豪邸がそこにあった。
屋敷の書斎で、国際弁護士のオリヴァーは、四人の相続人達の前で、淡々と前当主の遺言書を読み上げていた。オリヴァーはイギリス人で、正に中年の英国紳士といった風貌である。この屋敷の前当主『錦織琥太郎』が生前より雇っていた顧問弁護士でもあった。
オリヴァーの話を、長男の明は椅子にどっかりと座って横柄な態度で聞いており、その横で長女の眞紀子は赤いネイルを気にしながら聞き流し、次男の透は窓の外を見ている。唯一、末っ子次女の美樹だけは、真剣な眼差しでオリヴァーの話を聞いていた。
「―――遺産はこの部屋に託した」
オリヴァーは遺言書を読み終えると、前当主の机の引き出しを預かっていた鍵で開ける。そして引き出しの中から12.5㎏の金の延べ棒を取り出し、
「遺言書と一緒に保管されていた物です」
そっと机に置いた。金塊を目の当たりにして、眞紀子の目の色が変わった。美樹は周りを見渡すと、透が「それだけ?」と、怪訝そうな顔をしてオリヴァーに尋ねる。オリヴァーはコクリと頷く。
「そんな訳ないだろう! 親父は金を買い込んでいたのを、俺は知ってるんだ!」
明は全身を震わせながら、勢いよく椅子から立ち上がり、「貸せっ!」と、オリヴァーから遺言書を無理やりひったくると、目を皿のようにして何度も内容を確認した。それから、遺言書を机に叩きつけて、
「この部屋に託しただと⁉ ふざけやがって!」
と、書斎の本棚や引き出しを乱雑に探し始めた。すると眞紀子がそんな明の行動を見て、
「あらあら・・・・・・じゃあ私はとりあえずそこの金を頂こうかしらね」
と、机の金塊に手を伸ばす。
「姉さん、それも遺産の一部じゃないか。分ける権利は僕にもあるでしょ?」
透がチラッと眞紀子の手を一瞥する。すると後ろでそのやり取りを聞いていた明が、
「じゃあお前達は残りの金が見つかっても相続放棄でいいんだな⁉」
眞紀子と透の方に目もくれず、怒鳴るように言い放つ。
「それとこれとは別よ!」
「そうだよ! そもそも残りの金だなんて、一体この部屋のどこにあるのさ⁉」
書斎を見渡す限り、古書物がびっしり入った本棚や、前当主が大切にしていた猟銃、愛用していた杖や、骨董品。それに作りかけのパズルなどぐらいしか目につかない。特に金目のものは見当たらず、前当主の遺品が点々と置かれているだけの部屋だった。
「大体、パパはガラクタばかり集めて・・・・・・」
透は骨董品を手にしながら呟くと、
「親父の会社に何の貢献もせずに、ただいるだけの役立たずなお前と同じだな」
と、明が透に皮肉たっぷりに嘲笑する。
「兄さんだって、パパの会社継いだ割には、全然成果出せてないみたいじゃないか」
ムッとした顔で透は兄に言い返した。
「なんだと‼」
弟に言い返され、激昂した明は透の胸ぐらをグイッと掴み上げた。その様子を眞紀子はニタリと口を歪ませながら静観している。
「明兄様も透兄様も、もうやめて! 皆で探して、皆で均等に分けたらいいじゃない!」
醜い兄弟喧嘩に耐えられなくなった美樹が声を荒げた。睨み合う明と透、不敵な笑みを浮かべる眞紀子。そして三人を不安げに見つめる美樹。
「もしかすると・・・・・・これは大旦那様からの皆様へ託した何らかのメッセージで、真の遺言書と遺産は他にあるのかもしれませんね」
それを少し離れて見ていたオリヴァーが静かな口調で、その場にいた全員に意味深な言葉を投げかけた。