転生
「うぅ…節子ぉ」
静山静雄2×才。
彼は泣きなら町を徘徊していた。悲しみで胸が張り裂けそうで、自分がどこを歩いているかもわからない。彼の心は粉々に砕け散ってしまったのだ。
家に帰ると妻は無く、無記名の封筒に妻の結婚指輪とDVDが入った封筒のみおかれている。嫌な予感に苛まれながらも、DVDに移された映像を見ると、妻が見知らぬ男の上で腰を振っている姿あった。
「あなたぁー♡ ごめんなさーい♡ 私、身も心もこの人のものになっちゃった♡」
「つーことなんで、旦那さんごめんねー★ あんたの妻、もう俺のものだから★」
静雄は物的証拠を向こうから送ってくるなんて、裁判を起こせば100%僕の勝訴じゃないかと冷静な思考が働く一方、感情は冷え切り、悲しみが胸に広がり、指輪を握りしめて、家を飛び出した。
静雄は怒っていなかった。というより、静雄は怒るのが苦手だった。昔から友達から約束を破られても怒らないし、職場で上司からの理不尽な要求に対しても、面倒くさいと思うことはあれど、微塵も腹立たしいと思うことがないのだ。
彼女の裏切りに対しても、怒りではなく、ただただ悲しみがあった。
静雄は節子を愛していた。
―彼女がほかの男のもとへ行ってしまったのはおそらく僕のせいだろう。
―妻からは「何に対しても本気じゃないから怒らないのだ」とよく言われていた。彼女を愛していた、そのはずだが、あのDVDを見ても微塵も怒りがわいてこない自分に嫌気がさす。心の中で自省を繰り返しつつ、ふらふらと夜の街を徘徊する。
―ああ、これからどうするか。
ぼう、っとこれからの離婚手続きのことなどに思いをはせようとしていたところ、けたたましい音が鳴り響いた。
「…あ」
衝撃、ひっくり返る天地、ぼきり、というとても嫌な音。
静雄の意識は途絶えた。
※
目を覚ますと、そこは雲海だった。
最後の記憶は血に染まった視界、トラックから降りてくる運転手、群がる野次馬。僕は轢かれて
死んだ。それは確実だ。
そして目を覚ますと周りは雲の上、これはまるで
「……天国?」
「その通りです~」
ピカぁっとまばゆい光が現れ、思わず目を細める。後光と共に息をのむような美しい女性が現れた。
「あなたは?」
「私は女神ベラズア、あなたの名前は静山静雄、ですね?」
「はい」
基本的に静かで無口な僕にぴったりな名前だ、と妻はよく言った。女神と名乗った女性は目に涙を浮かばせながら、僕の手を取る。
「申し訳ありません。あなたが死んだのは手違いなのです」
「…え?」
※
ベラズアの説明を端的にまとめると、僕が死ぬのはもっと先の予定であったが、神々の手違いで死んでしまったこと。生き返らすことはできないこと、その代わりに彼女が管轄する世界に「特典」をもって転生させてくれる、とのこと。
正直、もはや人生に興味はない。僕の唯一の生きる意味であった節子に裏切られ、人生に嫌気がさしていたところ、自分で首を吊る手間が省けたようなものだ。
ただ、すこし気になったことがあった。
「特典とはなんですか?」
「いわゆる、特別な能力です。超能力といえばよいでしょうか。例えば空を飛ぶ、火を噴く、水を操る、なんてことから勉学や運動の才能まで、どんな特別な力や才能でも、一つだけプレゼントします」
いわゆるチート能力、ってやつですねー。女神はうふふ、と笑う。
―あなたは真剣じゃない
妻に言われた言葉を思い返す。
もう一度、何か一つ特別な力を以て生き返ることができるなら、
「それなら僕は「怒る」才能が欲しい。理不尽なことに対して、しっかり怒ってみたい」
女神は薄く微笑み、頷いた。
「承りました。それでは良き第2の人生を」
あたたかな光と共に視界が白くなり、女神が消えてゆく。
「あ、そうそう。私の世界は今、魔王が暴れていてそれはもう酷い有様ですが、頑張って生き抜いてくださいね。もし魔王を倒せたらなんでも一つだけお願いごとをかなえてあげます♡」
去り際にとんでもないことを言われ、僕は話がちがうじゃないか、抗議しようとしたが、再び僕の意識が途切れた。
※
「はっ、はっ、はっ!」
森の中、少女が豪華なドレスをたくし上げながら懸命に走っている。
―お逃げください!
彼女のために囮になったメイドを案ずるも、懸命に走る。
死にたくない、死ぬわけにはいかない。
必死の思いで少女は走るが、足元が悪いのにかかわらず、夜会にでるようなドレスを着ていた少女は、やはり、転んでしまう。
「っ」
すぐさま立ち上がろうとするが、うずくまってしまう。いやらしい方向に足をひねったようだ。
「ドロレス様ぁ、逃げても無駄ですよぉ」
男の怒鳴り声が聞こえる。少女は下唇を咬みながら、足を引きづって再び走り出した。
※
鳥のさえずりが聞こえる。目が覚めると、青い空が広がっていた。上体を起こして五体が満足か確認する。どうやら僕は無事に転生したらしい。
あたりは森の中、ここがどこなのかすら、さっぱりわからない。
去り際の魔王が暴れている、という不穏な言葉を踏まえると、早く人里がある場所にいくべきだろう。
どうしようか、早くも途方に暮れかかると、女性の悲鳴が聞こえた。声色的に穏やかではないが、このままでは森で野垂れ死んでしまう。気が進まないものの、声がするほうへ足を進めた。
※
半壊した馬車、血だらけのメイド、明らかな事故現場がそこに広がっていた。
正直転生してからいきなりとんでもない状況に遭遇してしまったと思うものの、一応、血だらけで倒れ伏すメイドの安否を確認する。静雄は人にはなるべく親切にするタイプだった。
「大丈夫ですか?」
「う、あ」
メイドが何かしゃべろうとするが、地の泡がこぽこぽと口から洩れるばかりで言葉にならない。
「しゃべらないで、とりあえず止血を」
来ていたパーカーを脱ぎ、インナーシャツの袖を破く、持っていたハンカチで傷口を抑え、破いた袖で血を止める。これでしっかり血がとまるだろうか。
「ぅ、」
「え?」
メイドが何かをしゃべろうとしているが、声になっていない。耳を近づけて聞き取ろうとする。
「うしろ」
後頭部に衝撃が走り、僕はまた意識を失った。
※
無精ひげを蓄えた男、山賊Aとしよう。彼は依頼を受けて少女を襲い殺す手はずだったが、メイドに阻まれ逃げられてしまった。
とりあえず、メイドを切り捨てて、逃げた少女は相棒の山賊Bに任せ、彼は半壊した馬車の中を物色していた。報酬はたっぷりもらっていたが、それでも搾り取れるところからはとろうとするのが山賊の流儀である。
「なんだぁ?」
ごそごそと掘り出し物を探っていたところ、外から男の声がしたため、慌てて飛び出してみると、豪華なドレスを着た美しい女性が山賊を睨みつけた
「へ、ヘスティア様?」
山賊があわてて会釈する。
ヘスティア・ベルクゼン。ベルクゼン家の御令嬢であり、こんな事故現場には不釣り合いな女性。しかし、そんな彼女は山賊と知己の様子だった。
「お前、何をやっている?」
「いやぁ、ちょっと金目なものがないか見ておりまして」
「ドロレスはどうした? 逃がしたのか」
失敗したのなら殺す、言外にそういわれていることを感じた盗賊は慌てて取り繕う。
「い、今相棒が追っております! 所詮ガキの足だからすぐに捕まえますぜ」
「そうか、ところで、こいつはなんだ?」
ヘスティアが足元に倒れている静雄を指さす。静雄を気絶させたのはヘスティアらしい。山賊は妙な格好をしたやつだと思いつつ
「さぁわかりません」
と答えた。
「まぁいい、とりあえず殺しておくか」
ヘスティアの手が鈍く光り、長剣が現れる。その刃で静雄の首を跳ね飛ばそうとしようとするが、静雄の首ではなく背後から切りつけられた短剣が振り払われた。
「ヘスティア!」
メイドが血反吐を吐き吐きながら叫ぶ。静雄に止血され、多少は動くエネルギーがたまったのか、さっきのこもった目で短剣を構えている。
「あら、お目覚めかしら」
「貴様、姫様を暗殺しようとは、この卑怯者!」
「卑怯も何も、これが権力闘争というものでしょう」
ヘスティアとメイドがにらみ合う中、ドロレスを小脇に抱えた禿げた男、山賊Bが現れる。
「はなせ、この無礼者!」
「うるせえ、静かにしろって、ヘスティア様!?」
自分の依頼主がこの場にいることが想定外だったのか。山賊Bはヘスティアのほうを見て目を丸くする。一瞬の隙、最初に動いたのはメイドだった。短剣を山賊Bの顔面に投げつける。脳天にナイフが突き刺さった山賊Bは絶命、未だ立ったままの山賊の死体を蹴り飛ばし、ドロレスを奪還する。
「あがぁ!」
「メリアッ!」
が、ヘスティアも黙って見過ごすはずもない。空中に生成した何本もの剣、その一本がメイド、メリアという、の肩を貫いていた。
ドロレスはメリアを庇いながらヘスティアを睨みつける。
「わが夫の寵愛がそんなに欲しいか」
ドロレスの夫、ハンバード・アイアンズ第1皇子。彼女に触れてくれすらしない夫。ヘスティアはドロレスに隠れ、ハンバードと契っていた。それは暗黙の了解であり、ドロレス自身黙認してきた事実だ。
「そんなものいらないわ。欲しいのは妻の座よ」
エゲレス帝国は一夫多妻制を禁止しており、妻として夫の権能のおこぼれにあずかるには、正式に協会から妻として認定されるしかない。ヘスティアはそれが欲しいのだ。
「哀れよねぇ、妻として嫁いだのに、一度も触れてもらうことさえしてもらわず、ほかの女にうつつを抜かされ」
「だまれ」
ドロレスが悔しそうに下唇を咬む姿をみて、ヘスティアは余悦を感じ、気をよくしたのか、ドロレスを傷つけることが快感なのか、まくしたてる。
「やはり、成熟した女に限る、ハンバード様言っていたわね、まぁだから見向きもされなかったのでしょうけど」
ヘスティアの胸は大きい。擬音で表すならボインである。一方ドロレスはぺたん、といったところか。
「ちゃんと自分磨きとかしている? 寝取った私がいうのもなんだけど、性的魅力がないから寝取られるのよ。痴情のもつれは種族柄日常茶飯事だけど、大体浮気はされるほうに原因があると思うのよね」
「だまれ!」
ドロレスがヘスティアに石を投げつけるが、見えない壁に阻まれるように、石がはじかれる。
ヘスティアがにやりと笑うと、額から角が現れ、蝙蝠の翼が現れ出た。
「あ、悪魔ッ!?」
驚愕するドロレスに対し、あきれたように首を横に振るヘスティア。
「悪魔じゃないわ、サキュバスよ、失礼な。ま、あなたたち下等な人間に違いなんてわかりっこないか」
「淫靡な術で夫を惑わしたか!」
「あら、そんなことするまでもなかったわ、単純に魅力の差ってやつよ。ハンバード様はもう私にメロメロなんだから♡」
ヘスティアが見せつけるように自分のおっぱいを持ち上げる。ぽよんっとした擬音がでてきそうな双丘であった。
「ぬぐぅっ!」
ぺたーん、という擬音が似合いそうなドロレスは殺意のこもった瞳でおっぱい、もといヘスティアを睨みつける。
ドロレスを見下しながら、ヘスティアは今度こそドロレスを仕留めようと、剣を振りかざした。
「ごめんねー★ あなたの夫はもう私のものだから★」
※
今までだれにも気にされることがないかわいそうなモブであった静山静雄。
彼はドロレスとヘスティアの会話の途中で目が覚めていたが、恐怖から途中で割って入ることもできず、ただ気絶したふりをして話を聞くに徹していた。
「性的魅力がないから寝取られるのよ。」
「大体浮気はされるほうに原因があると思うのよね」
「単純に魅力の差ってやつよ」
ただ話を聞くに、ドロレスは浮気され、ヘスティアに寝取られたことはわかった。
静雄はドロレスの境遇に自らを重ね、同情を感じたが、それ以上に今までにない感情に困惑する。
かつての自分の中には存在しない、ぐつぐつと煮えたぎるような何かがせりあがってきており、それは過去の記憶からの蓄積と共に今爆発せんとしていた。
「ごめんねー★ あなたの夫はもう私のものだから★」
―旦那さんごめんねー★ あんたの妻、もう俺のものだから★-
そして最後、悪魔の一言があまりにも、寝取り男の言いぶりと似ていたから、静雄は生まれて初めて、切れた。
ぶっつん
※
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
静雄が切れる、と共に爆発が起きた。
足元で突然の爆発、サキュバスは魔法によりとっさに回避するも山賊Aは吹き飛ばされる。ドロレスはメリアを庇い馬車の残骸に身を隠すことで爆風から逃れた。
「…何なの?」
もうもうと白い煙、水蒸気が舞う中、サキュバスが目を凝らすと、先ほどまで静雄が倒れていた場所に、赤い竜人がいた。
「竜人?」
ドラゴニュート。魔族の中でも戦闘狂と恐れられる竜族。しかし、彼らのうろこは青や緑であり、目の前のそれは赤く、ヘスティアは困惑する。
「…こ」
「は?」
「節子おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
「誰ッ!?」
赤い竜人が叫び、口から放たれる熱光線は一直線にヘスティアに向かう。
まばゆい光、轟音、熱気。
すべてが収まったころ、大地がえぐれ、森の2分した破壊の跡だけが痛々しくその場に残っていた。
その凄惨な光景を茫然と眺めるドロレスだったが、メリアのせき込む音で我に返った。
「姫様」
「メリアッ、大丈夫?」
「申し訳ありません、不覚をとりました、あれは一体?」
「赤い竜…」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
静雄の嘆きが森に響き渡る。
妻をNTRた夫、怒りの転生譚
続く?
ノリで書きました。気が向いたら続きを書きます。