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8.日常と襲撃

久しぶりに、皆んなでわちゃわちゃしているお話です。

「おい、ユキト、」


体を強く揺すられて、俺は夢から覚めた。

上体を起こすと、イツキがコーヒー片手に立っていた。


「めっちゃうなされてたけど、どした?」


「いや、夢見が悪くて……」


「あっそ、はいコーヒー。」


ベットから起き上がりながら受け取ると、

熱くて思わず落としそうになる。

そんな様子を見て、イツキは苦笑していた。


今日は土曜日、学校は休みだ。


もともと外に出るのは好きじゃないから、今日は一日

部屋でゆっくりしようと心に決めていた。

しかし。


「なあ、イツキ、今日暇?」


声を掛けると、イツキはコーヒーを啜りながら、

暇だけど、と答えた。

笑われるかもしれないが、意を決して言葉を吐き出す。


「なあ俺、クレアに嫌われてるのか……?」


イツキが、盛大にコーヒーを吹き出した。

腹を抱えて笑い転げ、目の淵に溜まった涙を拭う。


「な、何で笑うんだよ。」


「いやいや、お前ら仲良いだろ。マジおもろいわ〜。

 恋に悩んでる乙女みたいだな、お前。」


「は⁈」


反射的に出た声は予想よりずっと大きかった。

それがイツキの笑い上戸を刺激したのか、また声を上げて笑い出す。


「昨日は色々悩んでたくせに、悩みは可愛いもんだな、おい。」


「悩みはそれだけじゃねーし。」


せめてもの強がりは、完全に背伸びしているようにしか取れない

言葉になってしまった。

実際それだけじゃないのだが、まあアレは考えても無駄だろう。


「嫌われてるって、どっからそうやって判断したんだよ。」


辺りに飛び散ったコーヒーを布巾で拭いながら、

イツキはあくまでも面白そうに質問してくる。

やっぱりこいつに相談したのは間違いだった。

ツバサの方が頼りになっただろ、よく考えたら。

クレアとツバサ仲良いし。


「前、クレアが転けたから手を貸そうとしたんだけど、

 わざわざ地面に手をついてまで自分で立ったんだよな。

 やっぱ、嫌われてるからなのかと……」


「ふーん。可能性は三つだな。」


イツキは口角を上げて、人差し指を立てた。


「1、クレアに嫌われている。2、クレアの遠慮の気持ち。

 3、クレアの問題。」


「おい待て、クレアの問題って何だよ。」


俺が勝手に手を差し伸べたのだから、クレアに問題などない。

クレアのせいにされているのには納得出来なかった。


「クレアが接触恐怖症とか、過去になんかあったとか。

 理由考えようと思ったら幾らでも考えられるだろ。

 よく考えれば、俺、クレアに一瞬でも触れた覚えねえな。」


「でも俺はあるぞ。」


「服の上からだろ?手とかは?」


「………ない。」


ナイフから守ろうと思って、思わず抱き締めてしまった

事を思い出して、思わず赤面してしまう。

アレはバカだった。考えなしの阿呆だった。


「やっぱお前乙女。あーなんか馬鹿らしいわー。

 イチャイチャカップルに惚気られた気分。」


「んだよそれ。」


イツキは地面に寝転がると、スマホを弄り始めた。


「嫌われてたら、もっと露骨に嫌うに決まってるだろ。

 あと、クレアなら絶対顔に出るし。」


否定できない。

しかし、日曜日に顔を合わせた時、露骨に嫌な顔されたりしたら。


「死にたい……」


「首吊り自殺でもすればー。」


「薄情なやつだな。」


不貞腐れて、部屋の真ん中にある机に突っ伏す。


次の瞬間、視界が真っ白に点滅した。


「ふぎゃあ⁈」


「っわ。ごめん尻尾踏んだ。」


「ふざけんなテメエ!」


即刻立ち上がって尻尾を押さえる。

怒りの感情からか、勝手に尻尾が逆立っている。


「めんごめんご。ってか思ったんだけど、めんごめんごって、

 ごめんを2回言ってるけど、ごめんって言うふうになってるのは

 一回だけだよな。労力の無駄なのかもしれん。」


「話を誤魔化すな!」


こいつは本物の問題児だ。17歳児。

男1人の体重が全部尻尾に乗せられたんだ。マジ最悪。


ため息をつくと、部屋のチャイムが鳴った。

覗きに行くと、そこには、


クレアがいた。


「あ、クレアじゃん。開けるぞー。」


「ちょっと待て!待て!」


鍵を開けようとするイツキの手を鷲掴みにする。

種族の暴力で力は俺の方が上だから、鍵から手を引き剥がすことには

成功した。


「何だよ、」


「何だよじゃねーよ!クッソ気まずいんだが!ってかなんで

 休みの日にクレアがいんだよ!」


「本人に聞けばいいだろ。」


「無理だ!俺は絶対無理!」


「やってからいいな。」


「名言風にイケボで言っても俺は靡かないからな!

 それに、俺には会う理由がない!」


「俺にはあるから。じゃ、開けるぞー。」


少し気を緩めた瞬間、俺の手から、イツキはするりと抜け出した。

鍵を開け、ドアをオープンさせる。


「いらっしゃーい。」


「遊びに来ました!ツバサと一緒に!」


「おやつ持ってきたわよ。入るわね。」


ポテチやチョコ、アイスなどがこんもり入った袋を渡される。

アイスをせっせと冷凍庫にしまっていると、クレア達は

ズケズケと部屋に入ってくる。

いや躊躇しろよ!


「イツキの部屋、綺麗だね、意外!」


「どうせ掃除はユキトに任せてるんでしょ。

 あと、呼ぶから掃除しただろうし。」


「えー。猫被り?イツキ君それはないわ〜。」


ヨブカラ?

もしやこいつ、さっきスマホ弄ってた時に、メッセージ飛ばして

呼んだ⁈

おのれ、裏切り者がッ……‼︎‼︎‼︎


「イツキ、ユキトから有り得ないぐらい恨みの感情を感じるんだけど、

 あんたなんかした?」


「えー。覚えないなー。」


堪忍袋の緒が切れて、消滅した音が頭の中でリピート再生された。

気づけば、俺はイツキのパーカーの襟を取っていて、

大外刈りで投げていた。

イツキは完全に油断していたのか、受け身が取れずぶっ倒れる。


「おー!めっちゃ綺麗な一本!」


「いや、ツッコミなさいよ。何であんた急に投げたの⁈」


「イツキがムカついて……?」


「あんた、さては相当やばいやつね。」


「カッコよかったからいいと思うよ、私は。」


「クレア、あんた1番やべー奴だわ。」


「え?」


会話に、違和感はない。

昨日のことは無かったことになっているのか、俺が気にしすぎなのか、

クレアが気遣っているのか。

多分3番目だ。

コミュ力お化けのイツキを投げてしまったので、場は、一気に沈黙が支配した。

お茶でも出そうと立ち上がると、クレアもいそいそと立つ。


「私も手伝うよ。」


「‥…ありがと。」


その様子を横目で見ていたツバサは、テレビをつけて、

自分で持ってきたアイスを取り出していた。

クッキーアンドクリーム。いいな、俺が1番好きな味だ。

ついているテレビはニュース。ツバサらしいセレクトだなと思った。


「クレア、コーヒーと紅茶、どっちがいい?」


「うーん。紅茶かな。苦いの苦手だから。」


「了解。ツバサはどっち?」


「コーヒーでお願いしてもいい?」


「ん。」


お湯を沸かし始めると、会話が一気になくなってしまった。

部屋に響くのは、ニュースキャスターの声と、呼吸音と、

お湯が沸き始めてポコポコ鳴る音だけだ。


紅茶とコーヒーでは、入れる時に合う温度が違う。

そんな変わらないと思うが、イツキはここら辺に煩いので、

俺まで覚えてしまった。

慣れた手つきで紅茶とコーヒーを入れる俺に、

クレアは感嘆のため息を吐いた。


「すごいね。よく飲むの?」


「あー、うん。俺もイツキも好きだから。

 っていうか、女子が男子寮入ってもいいのか?」


「許可取ってるから大丈夫に決まってんでしょ。」


さっきまで黙っていたツバサが口を開いた。

アイスを持って、こっちに歩いてくる。


「ねえ、あんた手先器用?力は強いわよね。」


「そうだけど、どうかしたか?」


ツバサは、無言でアイスを差し出した。

さっき取り出していた、ちょっとお高いクッキーアンドクリームのアイス。


「蓋、全然開かないのよ。これ。」


耳を疑った。アイスの蓋が開かない?

ずっと苦戦していたのか、蓋の縁は曲がってふにゃふにゃだ。

こうなるとどんどん開けずらくなるのは分かる。

いやでもこんなふにゃふにゃになるまで開かないなんてあるか?

しかも、アイスは完全にツバサの手熱で溶けている。

呆れ混じりにため息が漏れる。

冷凍庫に一旦アイスを仕舞い、同じものを取り出し、

蓋を開けた。

いや、ゼリーとかなら中身飛び出しちゃいそうで怖くて

開けらんないとかあると思うぞ。それは俺も思う。

アイスだぞ⁈

どんだけ手先不器用⁈


「ツバサ、お前って裁縫とかすんの?料理とか、掃除は?」


「ん?やるわよ。裁縫は得意なのよね。この髪飾りも自分で作ったし。

 料理も好き。前、ハンバーグ作ったわ。チーズin美味しいわよね。

 掃除も結構好き。それがどうかした?」


「いや、なんでもない、デス。」


裁縫も料理も掃除も出来んのに、アイスの蓋は開けられないって

どんな抜け感だよ。

とツッコミたくなったが、ツバサは多分本気で言ってるから言えない。

揶揄い言葉を吐き出しそうになった唇を噛み締めて、笑いを堪える。

出来るだけ平静を作ってアイスを渡すと、ツバサは満足そうに笑った。

ちょうど、コーヒーと紅茶が出来た。


机に向かうと、イツキはもう復活していて、テレビを睨みつけていた。


そのテレビに映ったテロップ。


『魔物の襲撃、各地で被害が』


映されていた場所は。

ミクスリース学園。


それを認識した瞬間。





硝子が爆ぜた。





本能で、動いた。

近くにあった布団を引っ張って、全員の首根っこ引っ掴んで引き寄せる。

布団の中に全員仕舞うと、硝子が降ってくる。甲高い音が何度も響いた。


『グルアアア…‥…!』


声に顔が引き攣った。

魔物の鳴き声だ。


布団の中から抜け出し、数回後ろに飛んで、机の短刀を手を取った。

入学祝いに、母さんが買ってくれた、オーダーメイドの短刀。

静かに銀に鈍く光る刃は、この前のクレアを襲ったものに似ていて、

少し嫌気がさす。

しかし、お気に入りだ。

構えると、目の前の魔物も臨戦態勢に変わった。

気色悪い見た目だ。

ーーー俺が魔物に向けている視線は、

   いつも俺が浴びているものと同じだ。


「凍れ!」


クレアが立ち上がって手をかざした。

手元が青白く光り、魔物の足元が凍る。

その隙を逃さないわけにはいかない。

魔物の足掻きの引っ掻きを避け、その流れで左腕を切り飛ばす。

一気に空気が冷え込んだのは、クレアの異能だ。


「アイス!」


氷系統の魔法の呪文を、最も短くした言葉。

氷の刃が生成され、魔物を切り刻む。

魔物は事切れて倒れると、鮮血を噴き出して俺の部屋を

汚く染めた。


アイス聞いて、クッキーアンドクリームしか浮かんでこなかったのは、

多分気のせいだと思う。


ナイフを鞘にしまうと、イツキが立ち上がって魔物の死体を覗き込んだ。


「えっと。イミニクスパウロフォーティス、だな。

 単純に早い引っ掻き攻撃を行うだけだけど、シンプルゆえに強いやつ。

 街の外行ったら普通に見るやつだよ。皮が安くて丈夫だからよく使われてる。」


「イツキ君、詳しいね。」


「魔法はそこまで得意じゃないし、異能も発動遅いから、

 敵の知識身につけとかないと危ないってだけ。今回も俺だけなんも

 出来なかったし。」


何も出来なかったことが悔しいのか、イツキは少し口を尖らせて言った。


「まあ、気にしないでいいわよ。あとで慰めてあげるから。」


「はあ?お前に慰めてもらう時間があったら、魔物について勉強した方が

 100000000倍マシだよ。」


「それはそうかもね。」


「おい、そこはツッコめ。」


イツキとツバサが漫才を繰り広げているのを遠目で見ながら、

俺は窓の外を見た。

巨大な砂埃が上がっていたり、大爆発が起きていたりはしていないが、

遠くから悲鳴が聞こえたのは確実だ。


どうしようか迷っていると、キーンコーンカーンコーンという、

少し耳に障るチャイムが鳴り響いた。


『生徒の皆様。ミクスリース学園に、魔物が侵入しました。

 危険ですので、接触しても、戦ったりせず、逃げてください。』


4人で顔を見合わせる。放送が遅いし、戦わないと死んでたかもしれないから

お咎めなしにしてもらおう。


「よし、俺らも避難しよーぜ。」


イツキの言葉に頷いて、入り口に向かおうと思ったのだが、

地面には硝子が盛大に散っている。

魔物も、「お邪魔しまーす」とか言って、穏便に入ってきてくれたら

嬉しいのだが。理性がないやつに求めるレベルではないか。


しかし、今日は不運だった。

クレアは普通だったし、別に嫌われているわけでは無かったらしい。

でも、昨日の事は何だったのか、まだ分かっていない。

今日ついでに聞こうと思っていたのに台無しだ。

まあ、気がかりなのは、もっと他にあるし、と言い訳しておく。

今日の夢を思い出してかぶりを振った。

忘れるために大きくため息を吐くと、クレアが顔を覗き込んできた。


「大丈夫?顔色悪い気がするけど。」


「もともと色白なんだよ。」


渾身のボケは、不安そうな顔をされて流されてしまった。

人と話してこなかったツケは完全に今回ってきている。

まあ、仕方ないのだが。


部屋の外に出ると、早く逃げようと必死になっている

生徒たちが通り過ぎていく。

俺も行こうと思った瞬間、また硝子の爆ぜる音。

どうしよう、と一瞬迷う。

しかし、俺は意を決して体の向きを切り替え、音の元へ走る.


「ユキト君⁈」


「ちょっと!避難指示が!」


「あのクソほど良い子ちゃんなあいつに言っても無意味だぞ。」


ツバサの言葉にイツキがそうツッコんだ。

言い方はムカつくが、事実。俺は危機を放って置けない。


走ってくる人たちを避けながら進むと、

第二共有スペースの真ん中に、魔物が鎮座しているのが見えた。

魔物の手は、誰かの首を掴んでいる。


ーーーローウェル・アシヌス。同じクラスの女子。


俺は、護身用の腰の短刀を引き抜いた。

ドラゴンのような見た目をした魔物だ。

最初に手を切り落として、ローウェルを解放させなければならない。


一気に足を踏み込んで走り出した。

まるで背中に羽が生えたかのように、体が軽やかに動く。


こういう所が、父と似ているとよく言われる。


相手の間合いに一気に滑り込むと、ナイフを振りかざして

腕を狙う。

しかし、そこは鋼鉄を想起させる硬い皮膚があり、

ナイフは通らず、甲高い音を響かせた。


魔物の爪攻撃の一振りを避け、またナイフを振るう。

次に当たったのは、魔物の腕だった。

掠っただけで大したダメージではない。


「いやあああ!」


ローウェルが、魔物の手から暴れた。

魔物も戦いを始めたために注意力が散漫になっていたのか、

彼女を手から逃してしまう。


これで気にせずナイフを触れると、そう思った。


地面を踏み込み、まずは邪魔な腕から切る。

その予定は、大きく崩れた。


体が、バランスを崩してよろめいた。

目眩じゃない。なんだ。何もないのに。


何かに突き飛ばされたような。


地面に倒れ込んで、後ろを睨みつけた。

そこには、ローウェルがいた。


まさか、俺を突き飛ばしたのか。

この状況で?

失敗したら命を失う、この時に?

私情で?

わざと?

俺を犠牲にして逃げるために?

それとも、いっそのことここで、事故として死んで欲しいから?


生まれた大量の質問は、いずれも消化される事なく

頭の中で蠢く。


俺は、魔物の攻撃を避けられなかった。






「あ゛ッ………!」


食らってしまった。

どうしよう。

あれ。

痛い。

痛い。痛い。

痛い。痛い。痛い。

自分の心の声が、煩い。

まるで警報音だ。

もしかして俺、ここで。


死ぬ………?


浮かんでくる自分の最期。

魔物に引き裂かれ、ローウェルとかいうクズに見られながら

死ぬ、自分の結末。


そんな、


そんな終わりなんて。


「ぶっ壊してやる……」


体が軽くなった。

魔物の攻撃を避け、落ちていた硝子の破片を投げる。

敵の注意を硝子に向けさせ、俺は立ち上がって、

落ちていたナイフを拾う。


そこまで出来た。

あれ。

おかしい。

俺、今、笑ってる。

楽しんでいる。この戦いを…‥ッ!


倒れ込んだ時に切った唇を、舌でゆっくりと舐める。

血の味が口中に広がって、それが不思議と気持ちいい。


ああ、俺は今、この魔物を殺したいッ!


本能だ。

地面を蹴り飛ばしナイフを振るう。

銀の光を撒き散らして大きく弧を描くナイフは、

魔物の両腕に吸いこまれ、それをあっけなく切断した。


魔物の生臭い血を浴びながら、俺は体の向きを変えて魔物の

懐に入り込む。

今度は奴の左脇腹を切断し、屈んで攻撃を1発避け、

その勢いで跳んだ。

魔物の頭の上に飛び乗って、そのギョロリとした目に

ナイフを突き刺す。

手応えを感じたので引き抜き、地面に降り立つが、

あいつにとっては擦り傷だったようだ。

しかし、俺には隙がありすぎた。

敵の拳が、あっけなく俺を吹っ飛ばす。


壁にぶつかると、息が出来なくなった。

背骨が軋んで、呼吸が阻害される。

立って奴を切らないといけないのに、ナイフは随分遠い所に

吹っ飛んでいた。


まずい。

これは死ぬ。


視界が真っ白に染まりかけたその時。


その時だった。






ーーーーーチリン。






鈴の音が、響いた。


「炎よ。闇の軍勢を焼き尽くせ。」


焼き尽くす、という単語からは想像も付かないほど、

優しい声音だった。


飛ばされた巨大な火球は魔物を最も容易く燃やし尽くし、

やがて篝火となって姿を消した。


「ユキトさん。大丈夫ですか?」


差し伸べられた手は、マオ先生の手だった。

手を取ると、強く引っ張られて立たされる。

骨が軋んで、相変わらず吐きそうだし、

受けた攻撃で血が出てきて、貧血で足元がふらつく。

大丈夫、という元気もなくて首を横に振ると、

マオ先生が俺の怪我に手をかざした。


「かの者に癒しを与えよ。」


短い詠唱なのに、傷跡すら残さず消えた。

その魔力量と才能に舌を巻いていると、先生は柔和な笑顔を

崩し、ローウェルさんへ向き直った。

目は笑っていない。口元も雰囲気も、何もかも笑っていない。


怒っている。


これが嘘だなんて信じられない。

先生は今、怒っている。


「ローウェル・アシヌス。君、自分が何をしたか分かっているかな。

 視界があると面倒だな。………結界で我らを守り給え。」


先生は、虚空に手を広げた。

先生の手から闇色の光が発せられ、俺と先生とローウェルさんだけを

残して、壁のようなものを作った。


これは結界魔法だ。視界と音を遮る魔法。


「わ、私は何もしてな……」


「魔物の前で、彼を突き飛ばして犠牲にしておいて、

 よくそんな口が叩けるな。」


先生は指を鳴らした。

パチンという音とともに、彼女の口が斜めに裂けた。

血がだらりと垂れ、地面のカーペットを汚していく。


彼女は口を強く抑え、涙目になりながら首を横に振る。


「ちあう、ちあう!」


「なんと言ってるのか聞こえぬ。」


もう一度指を鳴らす。また口が斜めに裂ける。


「ふーっ!ひあ、ひああ!」


音は分からないのに、なんと言っているのかははっきり伝わる。

地面を這いずり逃げようとするが、もう一度指パッチンが響き、

今度は両手と両足の一部が裂けた。


「あああああああッ!ああ゛!!!」


「煩い。騒ぐな」


マオ先生が拳をぎゅっと握り込むと、まるで口を引き結ばれたかの

ように、彼女の声が途切れた。


「お前は、ユキトにそれ以上の苦しみを与えるかもしれなかったのだぞ。

 死、という苦しみをな。どうだ。死んでみるか?

 今なら、痛みを伴わずに逝かせてやってもいいが。」


彼女は、涙をボロボロと零しながら首を横に振った。

マオ先生は、そんな姿を見ても表情を変えない。


「自分はやっても良いが、他人にやられるのは嫌、か。

 とんだクズだな。」


先生は手を叩いた。

彼女の傷が完治し、声も治る。


「このことは口外出来ないように呪いを掛けた。

 ローウェル・アシヌス。其方は殺人未遂の刑とし、

 魔力の半分を剥奪及びミクスリース学園を退学処分とす。

 以上。」


先生が言うと、結界魔法が解けた。

しばらく闇に包まれていたのが不安だったのか、

クレアたちが走り寄ってくる。


「大丈夫だった⁈あれ、怪我は?」


「先生が治してくれたの?」


「お前死ぬのかと思ったぞ。野次馬のせいで加勢に行けないし、

 異能の射手距離ギリギリ届かないし。」


3人同時に畳みかけられて、心配かけたなあと落ち込んだ。

……小さい頃から戦闘狂だった自覚はあるけど、

ここまでだったとは。


でも、辞める気はない。

戦っているときは楽しいし、脳内麻薬が出て気持ちいい。

もっと強くならないとダメだな、と、今日の動きの反省をした。


先生は、意識を失ったローウェルさんをおんぶし、

こっちに微笑み掛けた。


「さ、避難所へ先に行ってください。」


先生の言葉に頷き、俺たちは走り出す。


先生は、明らかに怒っていた。

多分、自分は生きることが出来ていないと、

そう信じて疑っていないだけなんじゃないだろうか。


でも、ローウェルさんを前にした先生は、正直怖かった。

まるで、別人のようなーーー。





魔物襲撃事件は、こうして、幕を閉じた。

ユキト君とマオ先生の新たな一面が垣間見えましたね。

次回は胸糞シーン一切なしのお話です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] せ…先生……?! 先生の闇というか秘めたる部分が見えた回でしたね……。 それはそうとローウェル許さん。こんなにいい子なユキト君が守ってくれたのに、殺そうとするなんて! 退学処分じゃ生ぬるい…
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