2.逃げられない事実
予告通り、四人が集まります。
予告すると、書かなきゃって思えるので頑張れますね。
持ち物や方針の説明など、本格的ではない授業時間を過ごし、休み時間が訪れた。
男子も女子も、ある程度グループができていて会話をしているが、
混血であることが分かってからは完全に溝ができていた。
朝、楽しげにセレナイトさんと会話していた人たちは、少し気まずそうに
様子を伺うだけで、話しかけたりはしていない。
フードを引っ張って頭に被り、机に突っ伏す。深呼吸して負の感情を
誤魔化していると、ズバッとフードが下ろされた。
反射的に身を引くと、そこにはあの茶髪がいた。
「あは。何それおもろ!そんな警戒しなくても良いじゃん。
気楽に行こーよ。気楽に。」
優しげに微笑むと、八重歯がチラリと見え隠れした。何の混血かは分からないが、
仲間意識も持たれたようだ。
茶髪は形が崩れないのにふわふわで、前髪は長いが落ち着いた髪型だった。
反射すると綺麗な茶色は目を引くが、それ以外にも気になる点はある。
まず首元のチョーカー。黒のチョーカーには銀色の玉が引っ提げられていて、
シンプルなデザイン。そして校則違反の白いTシャツ。
長袖で少しダボっとしている。
お洒落なのか不良なのか分からない。そして、こっちを伺ってくる瞳は、
血のような深い赤色。セレナイトさんが澄んだ赤なら、こっちは真紅だ。
黒が混ざった、濁った色。
まるで心の奥底まで覗いて来るようなその瞳には、
少し警戒心と恐怖感を抱かずにはいられなかった。
優しげなのに、ローウェルさんとの会話は皮肉たっぷりで掴みどころがない。
にこやかな笑顔もふっと冷たくなったり、本当に本質が掴めなくて困惑する。
「ごめん。フード下ろされるの苦手だから。で、何?」
「あ、そうなんだ。ごめんごめん。次からは気をつけるかも。」
うわ、こういう系のタイプ苦手だ! 謝り方にも誠意を感じない。
基本的にはケモミミを出される時点で虐めに近く、普通に嫌いなのに、
こういうタイプの奴は絶対に再犯する。
少し距離を置いて、会話を続けた。
「ほら、先生が職員室隣の空き教室に来いって言ってたじゃん?
忘れてるっぽかったから声かけたってわけ。」
「あ、ありがとう。」
「いえいえ。どういたしまして〜」
終始ニコニコしているが目が笑っていない。引き攣った笑顔を返すと、
まるで弱みを握ったことを確信するかのように口角を上げる。
普通に怖い。
空き教室に行ってみると、いつの間にかカメリアさんとセレナイトさん、
マオ先生は集まっていた。
「あ、来るの遅くてすみません。」
頭を下げると、マオ先生は相変わらず笑顔で「大丈夫ですよ」と言った。
キャシディリアと先生の違いはここだ。値踏みされているかのような笑顔の
キャシディリアと比べ、マオの笑顔は暖かく純粋なのである。
ふっと緊張が解けるが、少し遅れたからかカメリアさんに睨まれてしまった。
「さて、では、始めましょうか。」
コホン、と小さく咳払いして、マオ先生は切り出した。
ニコッと微笑むと、俺たちをしっかりと見つめてくる。
「君たちは、常に周りから嫌われ、反感を受けていることを
常に頭に置きなさい。」
頭から冷水をぶっかけられたような感覚。
それでも事実は事実で変わらない。逃げられない。
「そんなこと分かってますけど、お節介うざいんで。」
キャシディリアさんが、足を組みながらハッキリと言った。
カメリアさんはその態度に顔を顰め、セレナイトさんは雲行きが怪しくなって
焦ったのか、恐る恐る様子を伺っている。
「ま、分かっているのなら良いんですけどね。一応。君たちは一人の生徒だ。
学校生活が普通に送れるくらいには守らせて頂きますよ。」
守る。そんな言葉を純血の人間から聞いたのはいつぶりだろう。
ずっと味方などいなかった状況で過ごしてきたので、その言葉に動揺した。
「でも、先生だけでは限度があるので、まあ生徒同士で
仲良くしてほしいわけです。なので、今日集合かけさせてもらいました。」
キャシディリアさんが「やっぱりお節介じゃねーか」などと
グチグチ嫌味を溢すが、都合のいい耳をしているのか先生は完全無視だ。
「自己紹介からいきましょうか。」
先生が切り出すと、最初に口を開いたのはキャシディリアさんだ。
「イツキ・キャシディリア、十七歳。好きなものは面白い物、人、事で、
嫌いなものはつまらない物、人、事でーす。気軽にイツキって呼んでください。
ヴァンパイアと人間の混血なんで。よろ〜」
ざっくりざっくりとした自己紹介。目は笑っておらず、多分面倒くせえ
早く終われって思っているのだろう。性格が滲み出ている。
悪いわけでないのだろうが、どこまでも自己の利益が最優先らしい。
ヴァンパイア。
中世のような仕組みになっていて、王が存在する。血肉を喰む危険な魔族だ。
その血肉に入っているのは人間だけではなく、ヴァンパイア同士、
魔族同士でも共食いする。
『異能』はバラつきがあり、これ、と言うものがない。
プライドが高く、人間にも、魔族にも非友好的で、割と人間の間では有名だ。
魔族と人間が協力し共生する事を約束する、『魔人協力条約』を結んだ時も、
最後までやるべきではないと批判していた魔族でもある。
……まあ、それを結んでも、人間の態度は全く変わらなかったから、
正しい意見ではある。
彼の合理的な所とか、皮肉を飛ばす所とか、確かにそれらしい。
足を組み、細長い指をそっと膝に乗せて優雅に座るその姿は、
中世の貴族を想起させる。
時計回りということになったのか、次に口を開いたのはセレナイトさんだった。
「えと、クレア・セレナイト、十七歳。好きなものは食べることとか、
買い物とかです。嫌いなものは……注目されることが苦手です。
好きな呼び方で呼んで頂いて大丈夫です。
できれば、下の名前がいいなーってくらいで。私は、雪女と人間の混血です。
ちょっと戸惑ったり動揺したりすると、氷が落ちたりすることもあるので。
気にせず放っておいてもらえたら嬉しいです。あ、寮は入ってません。
これから、よろしくお願いします。」
そう言って深く頭を下げた。日に当たって白銀に輝く髪が、サラサラと耳元から
流れ落ちていく。横髪の二つの髪留めが氷なのは、雪女からのルーツであると
考えると合点が入った。珍しい髪留めだなと思っていたところだから尚更だ。
雪女。
年中氷で閉ざされた雪山でひっそりと暮らす、魔族。
友好的でもなく、非友好的でもない。まず人間が会うことはほとんどない。
雪女が住む山は吹雪が吹き荒れ、視界は白く、斜面は急で、度々雪崩が起きる。
雪女が住んでいる、と言うだけで恐怖して、その山に近づくことは少ないし、
天候が常に最悪だから、人が訪れることはほぼない。
基本的に肌が白く瞳は青い。
自分の意思で雪や氷を作り出せる『異能』だが、クレアさん曰く、
感情でも異能が発動する時があるらしい。
………雪女は情報が少な過ぎて、これくらいしか分からない。
彼女は、すぐに閉口して俯いた。クラスで楽しそうにおしゃべりしていた人とは
思えない。
注目されるのが苦手と言っていたし、もしかしたらさっきのクラスで
注目された事を引きずっているのかもしれない。
「私の名前はツバサ・カメリア。十七歳です。好きなことは読書。
嫌いなことは……特にありません。人間と花の精霊の混血です。
一年間、よろしくお願いします。」
何というか、一言で言うと、『面接』としか言いようがない。
簡潔に纏めている所とか、読書が好きとか。もう雰囲気が真面目さんのそれだ。
綺麗な一礼をして話を終わらせると、髪飾りが揺れた。
椿の花が象られた簪は、漆のように艶やかな髪の、
ハーフアップの部分に飾られている。
堅苦しい雰囲気だなと思ったのは、口調や会話内容だけではない。
背筋がピンと伸びているし、制服はシワひとつなく、規定そのまま。
先ほどの口論でも意見がはっきりしていたし、風紀委員長的な雰囲気は拭えない。
そして、彼女は花の精霊。
精霊の森に住み、花や草花を成長させる種族。
『異能』によって植物を成長させることができ、
さらに自由自在に操ることができる。
花の精霊は人間に友好的な魔族だ。
確か、花の精霊が、駅前で花屋をやっていたような気がする。
混血の俺が花屋なんて行ったら四方八方から睨まれるので、母の日とかは、
カーネーションをこっそり買いに行った思い出がある。
それに対し、彼女は友好的……とは言い難い。自分の信念を貫かんとする、
強い意志があるのでいいと思うが、正直口論の時はちょっと怖かった。
正論で叩き潰す感じがして、敵に回しちゃいけない感じが漂っている。
「じゃあ、次は……」
そう言って、マオ先生がこっちを見てきた。
そういえば、自己紹介しなければならないのだった。
フ、と息を吐いて、少し吸って息を止める。俺の緊張会話法だ。
「俺の名前は、ユキト・アイルノエル。好きな食べ物はかき氷、
嫌いな食べ物はグリーンピース。狼と人間の混血です。
よろしくお願いします。」
ユキトが頭を下げると、彼のピアスが、チリンと光った。
白髪、左の横髪だけが青メッシュになっているのは生まれつきだが、
ピアスは勿論そうではない。
彼はなぜか、人間の耳と獣の耳が両方備わって生まれた奇形児だ。
人間の左耳の方は、クレアさんと似ている形の、氷のダイヤのようなピアス。
そして、獣の耳の方は、黒のシンプルなイヤーカフが二つもついている。
不良生徒とかではなく、ただイヤーカフは狼族のしきたりで、
ピアスは父から贈られた誕生日プレゼントだ。
ただ、付けている理由は、気に入っているから、だけではないのだが。
そして、狼族は、見た目は魔物に近い。
獣で、言語能力を持たず、本能で生きるのが魔物。
基本人型で、言語能力を持ち、理性が備わっていて、『判断』ができるのが魔族だ。
狼は、基本人型の魔族の中では、かなり浮いている。
四足歩行で、見た目は獣。話すこともできない。
しかし、テレパシーが出来、言語能力も理性もある。
人間とは出来る限り友好的にしようとしているが、
一部は人間を襲って喰ったりすることもある。
ヴァンパイアレベルで嫌われている魔族の一つだ。
そんな中、彼は特に毛嫌いされている。
普通混血は、人間っぽい見た目の者と、人間から生まれるので、
自分は混血です、と言わなければバレることはほぼない。
しかし、彼には獣の耳と尻尾、しかも人間の耳が同時に備わって生まれた
奇形児で、見た目が目立ちすぎている。
例え少し話してくれる希少な人間がいたとしても、その類い稀なる視力や聴力、
そして本能による第六感を持つことが不気味だと、離れられる事ばかりだった。
街を歩けば罵詈雑言、買い物をすれば入店お断り、学校に行けば虐め不可避。
なぜまともに育ってきたのか不思議なほどだ。
学校は必要最低限だけ通って、あとは家で自習していたためか、頭はよく、
運動も好きだったので、運動神経も良い。
そして、何より、彼は『異能』を二つ持つ。
俺は、普通じゃない。
「ユキトさん?大丈夫ですか?」
先生に聞かれて目が覚めた。
我に返ると、手が震えていた。その様子を、四人全員が見ている。
ああ、俺、何やってんだ。笑顔を作って、空元気で言ってやる。
「大丈夫です。えと、何ですか?」
マオ先生は、しばらく心配そうに口を噤んでいたが、やがて話を始めた。
「ま、そんな感じで、みんな仲良くしてくださいね。
学校生活を楽しみましょう!」
こんなふうに接してくれる先生は初めてだ。
愛想が良くて、態度が丁寧で。
前回の先生は………
だめだ。思い出すな。
ーーーーー思い出すな。
話が終わって空き教室を出ると、クレアさんがくるりと回って、笑った。
「これからよろしく!」
優しい子なのだろう。みんな頷いたり返事を返したりすると、
ほっと一息ついていた。
感情の動きが分かり易い子だな、と思った。
仕草が結構あって分かる。表情も動くし。
「というか。」
今度は、ツバサさんだった。その切長で少し怖い視線は、はっきりと
イツキさんの方を向く。
「貴方、そのTシャツ、校則違反ですけど。」
噴き出すのを堪えた俺に感謝してほしい。イメージ通りの言葉が飛んできて、
クレアさんも下唇を噛んで笑いを堪えているし、イツキさんはポカンとして
呆けている。
「は、はあ?別に良いだろ。そんぐらい。頭硬えな。」
「規則を正しく守ることは大切だと思いますが。」
「規則に縛られて自分の個性を出せないなんて、可哀想な人だね。
あ、半人か。ごめんね〜」
皮肉混じりなイツキさんの言葉に、ツバサさんは青筋を立てる。
「半人は貴方もですが。それに、個性を出したいならば寮や、
休みの日にでも好きな格好をすれば良いです。しかし、学校は学ぶ所で、
自分勝手に行動するところではないです。」
「風紀委員長かよ。」
やめてくれ、そのツッコミには笑ってしまうからガチでやめて。
「違います!規則が守れないなんて小学生レベルですけど、頭悪いんですか⁈」
「はあ〜〜〜〜⁈ んわわけねーだろ!お前こそ、あんなに猫かぶって
綺麗な言葉で話してたけど、キレたらそれかよ、ばーか。」
「バカって言う方がバカですけど。」
「はい今バカって言う単語言いました〜〜。よってお前もバカで〜す。」
「は?」
小学生かよ。喧嘩の内容が完全にそれだ。
この会話、物凄く知っている。喧嘩のテンプレ感が凄すぎる。
「あ、あの、みんな。仲良くしy」
「もうこいつとは仲良くなんて出来ないわ!クレアさん、サッサと教室戻ろ!」
「ちょ、ちょっと待ってよツバサちゃん!」
肩を怒らせてズンズン歩いていくツバサさんに、クレアさんが急いでついていく。
イツキさんは、よほどあの発言が気に食わなかったのか、
頭を掻きむしって壁にもたれる。
「大丈夫か?」
「何アイツ。てか俺注意されるの、あれが初めてなんだが。ムカつく〜〜〜」
「••••••••••••」
皆んな仲良く、とは。
何だか、雲行きが怪しいような、喧嘩するほど仲が良いってことで大丈夫なのか。
……恐ろしく心配になってきた。
はい。集まった早々、ツバサとイツキが喧嘩。
まあ喧嘩って言うほどではない(?)かもしれませんが。
多分、マオ先生は微笑ましい目で見てるんだろうなあ……。
次回、ユキト君が奔走して、混血組の仲を修復するために頑張ります。