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TS

「えっ、……お、おいっ!」

「ザックス! お前、どうしてここに!? 生きていたのか!?」


 二人の若い男が、目を大きく開いて私を見ていた。

 驚いている二人の男、私しっている。地上の集落がコウモリに襲われた後、婦人と険悪に言い合っていた男の二人だ。名前は確か、モルガンにダイナと言った。

 正直好きじゃない。だってこの二人、婦人が罵っていたようにザックスの腰巾着だったもの。私は粗野で横暴で王様気取りなザックスに良い印象を抱いていなかったが、この二人はザックスを(かさ)に着たような男で、もっと好きになれなかった。

 そこそこ甘いマスクをしてるんだけど。そんな男二人が、もう一度言うけど私に驚いている。


「おいザックス! とりあえずそのでけえモンしまえ! ダイナ、ザックスに着る物と剣を持ってきてやれ!」

「お、おう!」


 腰巾着のモルガンが、同じく腰巾着のダイナに呼びかけた。

 この慌てよう、一体どうしたのだろう。慌てているのはモルガンとダイナだけじゃなく、主に集落の若い男たちが、二人の後ろで仰天している。

 みな一様に、私を見て驚いていた。中には腰を抜かしたり、泡を吹いて倒れた者までいる。モルガンもダイナも後ろの人たちも、さっきまでザックスを思い浮かべて「生き返ってくれ」と祈っていた。だから私は「よみがえれー」なんて、軽い気持ちで念じてみただけだ。

 少年の言葉は(うそ)ではなかった。まさか、地上の人々が願っていることを読み取れるなんて。そう言えば先程から寒い。あにまになってから寒さなんて感じたことなかったのに。……うん? 服を着ていなかった。道理で寒いはずだ。

 そもそも何故(なぜ)わたしは、モルガンと同じ高さの視点なのだろう。私は空の上から、地上の祈る人々を見下ろしていたはず。……うん? これはなんだろう? 私の股に、ぶらぶらとした何かが付いている。

 ……おう。こ、これは、まさか。――んのおぉぉぉぉぉっ!


「ザックス!」


 私は宙を仰いで頭を抱え、心から絶叫した。

 服を着ていないのも、モルガンと視点が同じなのも、今ようやく理解した。この私の体、紛れもなくザックスだ。

 もう驚くことしかできない。女の私が、急にザックスになるなんて。すると、

(神様、落ち着いてください)

 少年の呼ぶ声が頭の中で聞こえる。


(ミ、ミカエル君!? これどういうこと!? なんで私ザックスになってるの!?)

(それは人間の願いを神様が(かな)えたからです。神様は“奇跡”を起こせるのですよ)

(き、せきぃ?)

(はい。特定不特定問わず、多数が同じ(おも)いを願っていたとき、神様はその想いを具現化することができるのです。今は村の者たちが、(よど)みなく一様に神様の体の男、つまり勇者ザックスの()(せい)を願っていたため、神様はザックスを(よみがえ)らせる奇跡を起こせたのです)

(は、はあ。みんなが同じ事を願っていれば、私はそれを叶えてあげることができるって訳ね。でもなんで私がザックスになってるの?)

(その体は厳密にはザックスではありません。村の者たちのイメージを基に、神様が土や石などから生成したザックスそっくりの体なのです。そしてその体に、創り主である神様が乗り移っている訳なのですよ)


 なんだかよく分からないが、この体は私が起こした奇跡によって造られた物らしい。

 初めて地上の人々のために何かしてやれた気がする。でも、私がザックスになったところでどうすればいいの?


(神様、ゆっくりしている暇はありませんよ)

(えっ)

(奇跡はいつまでも続くものではありません。今の願いではせいぜい一日もてばいいところです。一日たつと、ただの土塊(つちくれ)に戻ります)

(ええっ。じゃ、じゃあ、どうすれば)

(案ずることはありません。神様の体は、村の人間どもが願った英雄の肉体です。その人間離れした(りょ)(りょく)はモンスターを軽く引き裂き、その(きょう)(じん)な四肢と体幹はモンスターの一撃にも耐え得るでしょう。人間ながらにしてモンスターと張り合える、折り紙付きの強さを備えています)

(……まさか)

(そのまさかです。今からモンスターが()み付く北の山へ出向き、その強さを村の人間どもに見せつけてやりましょう。神様がモンスターを討伐すれば、如何(いか)に神を捨てた人間と言えども神様に一生尽くすはずです)


 話は私の望まぬ事態へと勝手に進む。およそ二年間、空の上から指をくわえて見ていることしかできなかった私が、急に魔物退治をすることになった。

 どうしよう。いくらこの体が最強なんて言われても、私に自信なんかある訳がない。戦ったことなんて一度もないし、スポーツすら残念くらいに苦手なんだけど。


(ねえミカエル君、わたし戦った事なんてないよ?)

(道中慣れましょう。大丈夫です、その体は所詮土塊から造られたもの、死んでも土に(かえ)るだけですから)

(体は良くても私の意識はどうなるのさ?)

(天に帰るだけですよ。神様に生も死もないんですから心配なんか要りません、予行演習と思って張り切って行きましょう)


 明るく励ました少年。無茶ぶりもいいところである。

 死ぬ前は、大きなおっぱいのせいで体育の授業を避けていた。そんなどうでもいいことを思い出しながら、試しに頬をつねってみた。

 やはり痛い。死んでも問題ないようだが、死ぬほどの痛みは感じなきゃいけないようである。後ろから刺されたとき、血は青ざめるくらいにいっぱい出たけど、不思議と痛みはあまり感じなかった。魔物には食べられたくない、できればあんな感じの死であって欲しい。いや、死にたくないし、タイムアップで安らかに地上から去りたいけど。

 言い忘れていたが、私は地上の人々が話す言葉をなんとなくだけど理解している。伊達(だて)に約二年間地上を見続けちゃいない。しかし、しゃべることはできない。約二年間しゃべる相手がいない独りぼっちだったから。


「ザックス、持って来たぞ! ほら服と剣だ!」


 戻って来たダイナが、私に丈夫そうな服と(さや)に入った剣を手渡した。

 私が辺りを見回す。すると、モルガンとダイナを始めとした村の人々が、私にキラキラとした視線を送っている。きっと皆こう思っているのだろう、俺達の勇者の復活だ、と。だって今の私はザックスだもの、それが分からないほど鈍感じゃない。

 やればいいんでしょ、もう。すぐに死んじゃっても文句言わないでね。――へくしゅん。くしゃみをした。とりあえず服を着ないと。


「ハッハ、ザックス! お前やっぱりでっけえなぁ!」

「お前ほどデカかったら、俺も素っ裸で歩けんだけどな!」


 腰巾着のモルガンとダイナが、不承不承ながら私に付いているものをからかった。

 セクハラで訴えるぞクソ野郎。この体の男ザックスは、とんでもなく大きなものを備えていて、それを恥じるどころか誇らしいと感じていたのか、村を裸で歩いていたことが度々あった。

 全くもって理解できない。こんなの入ったら裂けそうである。腰巾着二人がムカつくから、私がさっさとズボンの裾に足を通すと、

(神様、ファイトです)

 少年の声が聞こえた。楽しそうに言いやがって、戻ったら覚えてろよ。

 そして私が、鞘から剣を抜き、初めて剣を握り締める。

 剣身にザックスの顔が映った。魔物が棲み付く北の山へと振り向く。


「おおザックス、さっそくリベンジか!」

「俺達も付いて行くぜ! なあみんな!」


 モルガンとダイナに続いて「おおっ!」と上がった歓声。やはりこの体のザックス、私は好きになれないが、勇者と呼ばれるだけの求心力を備えている。

 お祭り騒ぎで盛り上がる村の男たち。もうヤケクソだ、やるしかない。私は北の山に向かって走り始めた。


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