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滅びゆく人類

 澄み渡る青い空に、白く輝く太陽が浮かぶ。

 清々しい一日だ。でも、地上は血と痛みと悲しみにあふれていて、無情なまでの一日が、今日も始まろうとしていた。

 悪魔が平穏を突如として脅かす。地上の人々は、逃げ惑うことしかできず――。


「来たぞ! 魔物だ、“クドラク”だぁ!」

「キャアアアッ! たっ、助けてぇっ! ……あぁっ!」

「お母さん!」

「もう無理だ、助け出せん! 諦めろ!」

「いやあああっ!」


 見下ろす地上では、人の背丈を超す巨大なコウモリに、逃げ遅れた婦人が捕まった。

 人々に「クドラク」と呼ばれるコウモリが、翼を仰いで高く舞い上がる。伴って捕まった婦人も空高くに連れ去られ、小さな女の子が、連れ去られた婦人である母親に泣きながら手を伸ばしているが、その(おも)いは(かな)わずに(はかな)く散るだろう。

 巣に帰ったコウモリは、情け容赦なく婦人を貪るだろう。また、小さな女の子も過酷な道を辿(たど)る事になるだろう。あの子は既に父親を亡くしており、保護者が母親しかいなかったのだが、その母親まで失ってこれからをどのように生きるのか。

 地上は弱肉強食こそ全てだった。弱き者から餌食となり、そこに優しさや慈悲などない。


 -――私、鳴湫かなゑは、死んだはずだった。

 私は二〇二一年の三月三日、後ろから刺されて死んだはず。しかしどうしてか、優しさなど欠片(かけら)もない残酷な地上を、空の上から見下ろしている。

 何なのだろう、私は。鳥でもないのに、空の上から地上を見下ろすということがあり得ない。つまり、私は浮いているのだ。また、地上の人々も空を舞う鳥も、誰も私の存在に気が付いていない。私が地上に降り立ち、人々に話しかけてみても、誰も私のことなど気に留めなかった。

 触れることも語りかける事も敵わない。私は実体のない、意識だけの幽霊のような存在になっていた。そして、そのような存在になってからおよそ二年、私は見るに堪えない悲惨な地上を見続け、もう人々が食われる様に慣れてしまっていた。


 そもそも見下ろす地上はどこだろう。地上の人々は白人のようだが、地理は得意じゃないため全然分からない。

 死ぬ前に遊んだゲーム、あるいは読んだネット小説、いわゆるファンタジーな世界なのかもしれない。一時はそう思ったりもした。でも、「魔物」はいるくせに、人間に味方する魔法使いやエルフはいない。ともかく人々には希望がない世界だった。

 弱肉強食こそ全ての地上は、まさに地獄である。テレビゲームや漫画の中でしか見なかった、凶暴かつ残忍で見るのもおぞましい怪物。そんな魔物が地上には満ちあふれ、人々を襲っては余すところなく()らっている。

 人々には成す(すべ)がなかった。魔物あらわれば、ちょうど今コウモリに襲われた人々のごとく、蜘蛛(くも)の子を散らすようにして逃げ惑うことしかできない。まれに勇気ある者が現れ、武器を片手に立ち向かったが、その者らも全てあえなく散った。


「お、おい! まさか、あれ」

「クドラクだ! そんな、また来たのか!」

「おい、あっちにも!」

「二匹も!? クソッ、逃げろ、早く逃げるんだ!」


 うわさをすれば影がさす。先と同じコウモリが今度は二匹、北の方角から別々に現れた。

 コウモリはたびたび下の集落に現れる。理由は言わずもがな餌の調達だ。飛来するコウモリ二匹が集落に近付き、そして逃げ惑う人々に狙いを付けて滑空、それぞれが一人を(わし)づかみにした。

 捕まった一人はさっきの女の子だった。必死にあがく女の子だが、コウモリが握る力を強めて放さない。可哀想だが、逃げ延びたところで幸せな人生など送れなかっただろう。母親と同じタイミングで喰われる分だけまだマシなのかもしれない。


 冷たいって? 私だって助けようと一時は考えた。でも、この幽霊のような身ではどうしようもなかった。

 さっきも言ったけど、触れることも語りかける事も敵わない。幽霊と言えば(たた)りとか呪いとか、直接的な力ではない不可思議な現象を起こすことを死ぬ前に聞いている。だから試してみたりもしたが、いくら念じても何も起きず、いくら祈っても助けられるような奇跡など起きなかった。

 私は無力だった。一人、また一人と着実に数を減らす人間。地上では今まさに、人間が滅ぼうとしていた。

 しかし、私はおよそ二年地上を見続け、一つ気付いた不可解な点に首をかしげている。


「……みんなー」

「おーい、無事だったかー。集まるぞー」


 コウモリが去って騒ぎが収まった集落。家の中に避難していた人々が、ぽつぽつと外に現れた。

 そして、空にコウモリがいない事を確認した後、集落中央の大きな広場に肩を落としながら集まる。連れ去られた人の確認と周知をする(ため)の決まりなのである。

 悲嘆に暮れる人々。今日三人を失い、明日は我が身かも、と恐れをなし、

「こんなときに、“ザックス”がいてくれたら……」

 一人の青年が、ある男の名をつぶやいた。

 隣にいる若者が、嘆く青年をたしなめる。


「もういねえんだから、言ったってしょうがねえだろ。ザックスは、十日前に死んじまったんだからよ」

「ああ、そうだけどよ……」

「お前も見ただろ? あの北の山で、ザックスが(やり)に貫かれたところをよ」

「ああ。十日()った今でもまだ忘れられねえ。あのザックスを殺した、馬と人を掛け合わせたような(よろい)の化物、思い出すだけでも身震いしちまうぜ」


 記憶に残った恐れと絶望から、青年が頭を抱えた。

 勇者ザックス。そう呼ばれる男が下の集落にはおり、この男はまさに勇者と呼ばれるだけの強さとたくましさを備えていた。

 先に現れたコウモリなど軽く倒す程の豪傑だった。また、リーダーシップに優れ、村の男たちのほとんどはこの男を頼り、彼がいたからこそ集落は今までを保っていた。しかし今はいない。下の集落が先のコウモリに度々襲われていることは前述したが、これに業を煮やしていた彼は十日前、村の若者を連れてコウモリが巣食う北の山へと旅立った。

 山までは順調であった。だが、山の中腹に差し掛かった所で、馬の首を人間に()げ替えたような魔物に襲われ、あっけなく命を落とした。

 いま話していた若者二人は、彼の遠征に付き従った者である。だから最期を知っており、彼の亡骸(なきがら)を置き去りにしてしまったことを幾分か悔やんでいる。


 しかし、二人の会話を聞いていた婦人が、

「ふん。あんたらも一緒に死ねばよかったのに。何ならいま死んでくれても良かったのにさ」

 と、事情を知らない者からすれば耳を疑う悪態を吐いた。

 若者二人は、ザックスの強さや勇気にほれ込んでいた。そうでなくとも死ねばいい、などとぬかす婦人が許せず、

「ババア。今なんて言った?」

「ザックスがいたから今まで無事でいられたんだろうが」

 眉根を上げて語気を荒げるが、これに対して婦人はひるむことなく、

「ハッ、なんだいザックスザックスって。この腰巾着が」

「なんだと」

「誰が腰巾着だって」

「あたしはアイツ死んで良かったと思ってるよ、乱暴者だったしさ。お前ら二人がザックスと組んで、あたしの息子をいじめてたこと、あたしはまだ忘れていないんだ」

 と告げ、それから、

「お前らこそ死ぬべきだったんだ。お前らがザックスと一緒に悪ノリして、あたしの息子をクドラクの前に放り出して笑ってたこと、忘れちゃいないからね」

 と、若者二人に恨みを込めて言い渡した。


「グッ……」

「この、ババア……」


 若者二人が、にらむ婦人を前に押し黙る。

 ザックスという男だが、責任感こそあったものの、お世辞にも良い性格とは言えなかった。己が村を守っている自覚があったからか、王様気取りで専横を極めており、気に入らない男はイジメ倒し、気に入った女は見境なく手を出していた。

 下の集落は、ザックス中心の社会が築かれていた。言い換えれば、誰もザックスに逆らうことは許されなかったのである。どれだけ虐げられても、生きるためには我慢するしかなかった。けれども今ではそのザックスが死に、立場が弱かった村人はようやくその(くびき)から逃れられた。引き換えに、コウモリから身を守る術を失った訳だが。

 断っておくが、集落からの逃亡は自殺行為だ。村の周りにはコウモリの他にも魔物がうろついており、独りで逃げればたちまち魔物の餌食である。


「おいやめろ、もうやめるんだ」


 ひげを生やした男が、いがみ合う若者二人と婦人を止めた。

 しかし、ザックスという精神的支柱を失い、今コウモリに三人が連れ去られた。目を背けたくてもできない事実が心をおし潰す。

 どうすればいいのか。婦人が騒々しく、

「“イーデン”、まだためらっているのかい!? もうこの村は終わりだよ、みんなでここから離れよう!」

 と、村を捨てる事を提言するが、

「しかし、どこへ行く。魔物から逃れられる安住の地などあるのか……」

 イーデンと呼ばれたひげの男が、婦人の言に難色を示す。


「ここにいるよりはマシじゃないか! 大人しくクドラクに喰われ続けるのかい!?」


 婦人がひげの男にわめき散らす一方で、

「ザックス、どうして死んじまったんだ……」

「誰かクドラクを殺せる、強いヤツがいればよぉ……」

 若者二人が、光無き未来に絶望する。

 頭を抱えるひげの男。このイーデンと呼ばれる男、ザックスの兄であり、ザックスが死んだいま皆のまとめ役となっている。性格は温厚だが弟のような武勇はなく、村の皆をいまいちまとめ切れていない。

 暗鬱とした空気が広場に満ち、他の村人も絶望へと陥る。誰も彼もが、(すが)るものを失くした状況にうつむいている。


 これが私の感じた不可解な点である。人は絶望したとき、「神様」という存在に少しは頼るはずだ。

 しかし、地上の人々は、誰も神様に頼ろうとしない。地上の人々は神様という存在を知らずに生きていた。

 私はこの約二年間で、神様がいない世界をまざまざと見せつけられた。これを総括すると、獣と何一つ変わらない残酷な世界である。力を中心に形成された社会、思想がなければ哀れみもない序列が、人の間には当然のように生まれている。

 強き者ばかりが優遇され、弱き者はただ取って食われる。守ってもらう為に、弱き者は服従するしかなかった。歯向かえば爪弾きにされ、そして魔物の前に放置だ。地上には優しさが無い。私はそう考えていた。


 人は、賢いだけで弱い生き物だ。力も速さも魔物には到底敵わない。現に下の集落で無類の強さを誇った勇者ザックスも、あっけない最期を迎えた。

 魔物に対抗するには一人じゃダメなのだ。ミツバチがいくら強くともスズメバチに敵う訳がないだろう。団結を成して蜂球でスズメバチを囲う結束力が地上の人々には必要、と私は感じていた。

 だからこその優しさや慈愛、いたわり(など)なのである。人を思いやる気持ちを知れば、手を取り合って魔物に対抗できるだろう。しかし、それを教えるには、少なくともザックスを超える求心力が要る。

 したがって神様だ。(じん)()を超えた神様の力を背景に説くしかない。いま地上には、優しさを教える神様が必要、という答えを私は導き出していた。

 私が死ぬ前の日本では、神様という存在を知りつつもおざなりにしていた。私も神様なんて都合のいいときに願う程度だった。でも、神様という存在がいかに重要であったか、私は地上を臨んで気付かされていた。


 しかし、今の幽霊のような私に教えることなど叶わない。

 いくら考えても無駄だった。味方したくても味方できず、私は今日も諦めて上を仰いだ。

 雲の上、青い、(あお)い空を、ぼーっと眺めていたとき、

「……えっ?」

 私は思わず口に出してしまった。


 なにあれ? ユーフォー? 太陽に似たまぶしい光の(たま)が、青い空からゆっくりと降りて来る。

 蛍光灯を思いっきり明るくしたような真っ白い光。やがて光の珠が、私の目の前に舞い降りた。

 なにこれ? 私が首をかしげるのも(つか)の間、なんと、光の珠が、

「あなたが、僕の“神様”ですか?」

 聞き取りやすい男の子の声で私に問いかけた。

 私は仰天した。しゃべることもそうだが、光の珠が、白い翼をすぅっと生やし、頭に輪っかを浮かべた少年に変化したのだ。


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