そうです 私が変な神様です
「ひい、ひい……も、もうダメだぁ」
ベルの村。一人の冴えない風貌の男が、背負っている薪の重さに音を上げ、がくりと膝を突いた。
背負子を下ろす冴えない男。痩せっぽちで、力仕事が向いているとは思えず、同性から侮られがちな頼りなさを漂わせている。
冴えない男がうなだれていると、勇ましい顔付きをした男が現れ、その前を通りかかる。あっ、背負子ってのは、二宮の金さんが薪と一緒に背負っている座椅子みたいな器具の事ね。
「おいおい、なにへばってんだよ」
「そ、そんなこと言っても、俺に力仕事なんて無理だよぉ」
「……ったく、しょうがねえなぁ」
勇まし男がめんどくさそうにしながらも、代わりに背負子を背負った。
「おお、すまねえ」
「へっ、勘違いすんじゃねえ。雨に降られたりでもしたら、薪が湿っちまってみんなが困るんだよ」
うむうむ、今日の天気は雲一つないぞ。よくぞ助けた、このツンデレめ。
私は神様になってから、人には優しく接し、困った人がいたら助けるよう人々に教え続けた。
結果を目にして喜ぶ私。神様になる前の五十五年前とは大違いである。なんせ五十五年前だったら、勇まし男は冴えない男を間違いなく「情けねえ」と笑い、そのまま見捨てていただろう。強い者ばかりが幅を利かせる優しさのない世界、少しは脱却できたようで私は満足していた。
「お、そう言えばさ、おまえ知ってる?」
身軽になった冴えない男が、代わりに背負子を背負う勇まし男に話しかけた。
「何がだよ」
「“ヘッケルフォン”の町に、ルシアって名前のすっげえイイ女がいるって噂さ。なあ、今度見に行ってみねえか?」
「いかねえよ。そんなイイ女ならもう男くらいいるだろ」
「んだよー、つまんねえな」
ノッてこない勇まし男に、冴えない男が口をとがらせた。
いま冴えない男が言った「ヘッケルフォン」とは、ベルの村より遥か西のヤトガの村、そこより更に西にある町の名称である。
五十五年前、私は雷を落としてベルとヤトガを連絡する道を作った。地上の人々はこれを機に交流を始め、私という存在は二つの村に知れ渡る事となった。
もちろんヤトガの人々が直ぐに私を受け入れた訳ではない。初めヤトガの人々は、私という見えもしない存在をあがめるベルの村にひどく困惑した。しかし、私を信仰したところで別に損はないことと、ベルの人々およびベルに住み着いた元ヤトガの男たちが熱心に勧めたことにより、私という存在は次第にヤトガの村にも受け入れられた。
そして十年前、私は地上の更なる発展と新たな信者獲得のため、ヤトガの西に広がっていた森に、また雷を落として道を切り拓いた。途中大きな川があったため「どうしよう」なんて悩んだが、人々は自力で橋を架け、私と地上の人々はヘッケルフォンへの道を、図らずとも協力した形で開通に漕ぎ着けた。
ヘッケルフォンは大きな町であった。人口は五百人に達しており、百人いるかどうか怪しかったベルやヤトガに比べると歴然としていた。よって、小さな村の怪しげな宗教など追い返されるのでは。そう私は初め心配していた。
しかし、意外にも喜ばれた。ヘッケルフォンを治めていた男は、武勇に優れた中々の人格者だったのだが、それでも己の言う事を中々聞かない市井の人々に辟易しており、人を従わせる絶対的な権力を欲していた。
人が出来ている故に優しく、あまり厳しいことを言えないために、町を治めるという行為に疲れ切っていた訳だ。これは前世でもそんな人がいたから分かる。そこへ、私という目には見えない絶対的な象徴が現れたものだから、男は諸手を上げて私を受け入れた。
なんか弱みにつけ込んだようだけど、男も「これで人を従わせやすくなる」と喜んでいたのでWIN-WINであろう。そんなこんなでいま私は、ベルとヤトガとヘッケルフォン、この三つに受け入れられている。そしてヘッケルフォンでも、優しさを第一とした私の教えは着々と浸透している。
「お前よぉ、俺はおまえと恋の勝負に負けたこと、忘れてねえんだぜ?」
勇まし男が、少し恨めしそうにして冴えない男に言った。
続ける勇まし男。その口調はあきれているようでありながら、
「俺が好きだった女と一緒になったくせによ。それなのに、イイ女がいるから見に行こう、って。お前なめてんのか?」
問い詰めているようにも聞こえ、
「そ、そんなことねえよ。嫁さん愛してるさ。ただ、みんながスゲーイイ女だ、って言うから気になっちゃってさ」
「俺もカミさんを愛してんだよ、お前と結婚したアイツを諦めてな。たとえイイ女でも見に行く気にはならねえ、そんなに気になるならお前ひとりで行ってこい」
マジメな勇まし男が、浮つく冴えない男をたしなめた。
軽々しいヤツだな、あの冴えない男。勇まし男が代わりに薪を背負ってるのだから大人しくしてればいいのに。でもこういう人って、根が明るいからか憎まれにくいんだよね。
「一人じゃヘッケルフォンなんて遠すぎて行く気しねえよー。つかカミさんって言ったら、いま何か月だっけ?」
「子供の話か? もう少しで産まれるな」
「そっかー。じゃあ出産祝いをそろそろ見繕ってやらなきゃなー」
「ハハッ、期待しないで待ってるぜ」
祝ってもらえると聞いた勇まし男が笑って喜んだ。
私は地上の人々に一夫一妻を命じた。これは私が女である以上、女を下に見られるのが嫌だったからであり、男女は平等であるべき、と考えていたからである。
なにも私個人の感情ばかりではない。男と女の関係がこじれると色々面倒だからだ。やれ「俺の女に手ぇ出しやがって」とか、「人の旦那を寝取りやがってこの泥棒猫」とか、一夫一妻なら起きない刃傷沙汰が発生し得ることを、私は前世で身に染みて分かっている。
とは言え、禁じてはいない。私はフェミニズムを唱えようなどと思ってないし、複数の異性を愛することを、うまくやれてしまう人も割といるもんだ。第一愛の形は人それぞれなのであり、傍目なら納得できない愛に納得する人もいる。
ひどいようだけど、どうしたって格差は現れてしまう。見目の良い人に魅かれるのは自然なことであり、これを修正しようと思うほど私は傲慢ではない。五十五年前のコウモリの件など、魔物との戦いによって男が極端に少なくなることもあり得るだろう。だから私は一夫一妻を命じてはいるが、絶対とはしていなかった。
もし絶対とするならば、人々が浮気にうしろめたい気持ちを持たなくなったとき。そこがボーダーラインかな、なんて私は線引きしている。
冴えない男と勇まし男が、かつて私が素っ裸で降り立った広場に建つ、今は私を祀る神殿の前を通りかかった。
冴えない男が、神殿を一瞥し、それから私が過去に燃やした北の山に振り返る。
「信じられねえなぁ」
「何がだ」
「昔あの山に、人の背丈を超す大コウモリが巣を張っていて、そのコウモリがこの村を襲っていたなんてさ」
「ああ、神様が山を燃やしてコウモリと悪魔を退治した、って話か」
私が勇まし男の言う悪魔・セントールを倒し、コウモリの巣を燃やした事は、今や世代を超えて語り継がれていた。
あともう少しすれば伝説になるのだろうか。あのときから五十五年経っている。村長になってベルの村をまとめ続けたイーデンは既に没し、ヘーデルとジャンヌももう老人だ。
五十五年前のベルとヤトガに道を作った話に戻すが、ジャンヌは喋れないながらも「雷の落ちた跡に進め」と、私の意志を村の人々に伝えてくれた。それで首尾よく男を迎え入れたものだから、ベルの人々はジャンヌに従えば間違いないと信じ、彼女は巫女さん的な感じで祭り上げられることとなった。
ジャンヌは両親を失い、気まで触れてしまった。しかし、そんな彼女が祭り上げられるまで大切にされ、彼女の数奇な運命に私は、「神様っているんだな」なんて私自身が神様なくせに感涙した。
そして私は、祭り上げられたジャンヌを通して人々に優しさを教えた。私が布教でき、信仰されるに至った理由は、彼女の存在に因るところがとても大きい。しかし、彼女とはもう意志の疎通ができない。
ジャンヌは大人になるにつれて病状が回復し、それに伴って私が住む天へ想いを伝えられなくなったのだ。喜ぶべきことなのだが、地上で唯一会話ができる子であったため、彼女と繋がれなくなったとき私は寂しさを覚え、それに併せて「これでいよいよ神様か」と、心の片隅に残っていた人間への未練を断ち切り、神様として居る事の決心を新たにした。
成長したジャンヌはヘーデルと結婚し、なんと十一人も子供を産んだ。羨ましいくらいに睦まじい二人だ。今は成人した子供たちに連れられて二人はベルの村を旅立った。
「俺も“ゑ”様を一目見てみたかったなー」
冴えない男が、私のことを「ゑ」と言った。
私は五十五年前、イーデンとヘーデルとジャンヌに「かなゑる」と名を告げた。しかし、イーデンとヘーデルには通じなかったことと、ジャンヌが子供だった故に誤算が生じた。
ジャンヌは私のことを、「ゑ」という名で覚えたのである。どうもこの字が当時の幼かった彼女にハマったようで、ジャンヌは村の人々に私のことを「ゑ」として知らせた。数年経ち、成長したジャンヌが訂正するが時すでに遅し。おかげで私は「ゑ」という名であがめられている。
まあ、今考えるとカナエルじゃ、少年に腐されそうなため結果的にはよかったかもしれないが、子供だったジャンヌに期待した私が間違っていた。
「年寄りどもは見たって話だな。胸がすっげえデカかったらしいぞ」
「おお、それそれ。それを見たいんだ俺は。くー、俺がその時代に生まれていればなー」
「ああ、俺もそれなら見たい。神様の生乳を拝めるなら、どこだって行ってやろうじゃねえか」
「ヘヘッ、おまえ昔っからおっぱいマニアだよなー。……ゑ様お願いします、俺たちの前に現れてください、もちろんおっぱい丸出しで」
いやです。絶対にいやです。神様をエッチな目で見ようとするんじゃありません、まったく。