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科学と言う名のブラックボックス

 セントールを倒してから二週間が経過し、私が約二年間見続けた、今や私にとって始まりとなる集落「ベル」の村は、長きにわたるコウモリの脅威からようやく解放された。

 だが、その傷跡までは消えなかった。男手がいないのである。勇者ザックスによるコウモリ討伐が失敗に終わった事により大半を失い、そして私が残った男たちを連れて全滅させてしまったため、村には働き盛りの男がほぼいない状態にあった。

 比率にして女が十とすると、男は一にも満たなかった。男からしたらよりどりみどりのハーレムかもしれないが、村の未来を考えるとあまりよろしくない。また、コウモリの脅威は去ったとはいえ、黒い犬を始めとする魔物は健在であり、これに対抗できる強い存在を人々は欲していた。

 ベルの人々は協議を重ね、他の村から男を迎えよう、という話をしていた。だが、その村はあまりにも遠く、私は少年と出会う前にベル以外の集落を探してみたことがあるが、最も近くても数百キロ離れた場所に存在した。


 ベルの村の取り巻く環境を簡単に説明すると、まず私が燃やしたことで焼け野原と化した北の山が存在する。

 戦いのあと雨が降ったため、火はそれほど広がらなかった。話を戻し、東、西、南は深い森に覆われている。いずれの方角にも魔物が()み付いており、だから前に独りで逃げればたちまち魔物の餌食、と述べたのである。

 ベルの人々に他の村との交流はない。そもそも森と魔物によって隔離されているのだから道自体がない。では何故(なぜ)、他の村について知っているのか。これは昔、他の村からベルに流れ着いた男がおり、それが今は語り草となって伝わっているからである。

 つまり人々は、語り草なんかを頼りに他の村を探そうとしているのだ。これは自殺行為でしかない。男手がいない原因は私にもあるため、神様として助けてやらねばなるまい。


「ねえミカエル君さ」

「はい」

「村の人たちさ、他の村の男を(あさ)りに行こうとしているよね? 神様として助けてあげなきゃいけないのかな、って思ってるんだけど」

「……あの神様、なんですか男漁りって」

「え? 別に意味は間違ってないでしょ?」

「間違っていないようで大間違いです。漁りって、そんなに飢えているのですか。少し調べたのですが、神様の前世では“逆ナン”なる、女性が男性を襲うふしだらな行為が流行(はや)っていたと伺っています。もしかして神様も、そんな淫らな行為に勤しんでいたのですか?」

「は? なに誤解してるのよ、全然意味違うし。あのね、ミカエル君が知るにはちょっと早いんだけど、逆ナンってのは、女の人から男の人を誘う行為なの」

「変わらないじゃないですか」

「変わるよ! 私が言ったのは“ねえそこのカッコいいお兄さん、わたしと遊びにいかない?”くらいのニュアンスなのに、ミカエル君のはもう野獣じゃん! ってか逆ナンなんて私したことないから、この”駄”天使!」

「だ、だてんしぃ?」

「そう、ダメな天使だから駄天使。ミカエル君にぴったりでしょ?」


 少年め、私が逆ナンなんてするわけないだろう。この慎み深い淑女に向かって何が淫らだ、まったく。

 ナンパならされたこと何度かあるけどね。もちろん全部断ったけど。もういいや、こんなこと言ってもうぬぼれにしか聞こえないし、話を先に進めよう。


「でさ、話戻すけど駄天使クン」

「それはやめてください」

「地上の人々を助ける方法ってあると思う?」


 私が尋ねると、少年は今日のどんよりと曇った空を眺め、それから、

「はい、ありますよ」

 けろっとした返事で私に答えた。

 思ってもない回答だった。私は()いてみたものの、そこまで期待していなかった。何故なら奇跡は、人々が願わなければ起こせないのだから。

 いま地上の人々は、男がいないという村の難題を、自分たちで解決しようと考えている。私を祈っていない。だから、

「えっ、あるの? 今は私のことなんて誰も願ってないでしょう?」

 条件が整っていないことを理由に、つい訊き返してしまった。


 私への信仰だが、今はほぼ無いと言ってもいい。

 当然である。私は雷と共に一糸まとわぬ姿で現れた変態だ。ただ、ヘーデルとイーデンが、私の活躍を村の人々に伝えてくれてはいて、あのとき素っ裸で現れた女がコウモリの巣を燃やしザックスの(かたき)を討った、と知れ渡り始めていた。

 とは言っても、まだまだ敬われるには至っていない。今は「あのときの素っ裸で現れた女が」と、感心されている程度である。信者と言ってもいい人はジャンヌとヘーデルとイーデンだけであり、そのジャンヌも今は平時のため私のことをそれほど願ってなく、だから私は奇跡なんて起こしようもないと諦めていた。

 しかし、私はこれから神様の、実に神様らしい力を少年から教わる。この力を知った私は、後で震え上がってしまった。


「神の力は下界に顕現する奇跡だけじゃないですよ。この天気ならちょうどいいですね、神様、一つ雷を落としてやりましょう」

「え? かみなり?」

「はい。神は天候を操ることができるのです。これは“(しん)()”と呼びまして、こちらは下界に顕現するよりも少ない力で済みます」


 少年はさらりと言ったが、これに私は目が飛び出るくらいに仰天した。

 以前わたしは願いを(かな)えて地上に降り立った。つまり、地上に腐るほどいる生物の一つとなったわけだ。対してこちらは、雄大で末広がりな空の天気である。

 なんと言うか、スケールが違い過ぎて、ちょっと信じられない。


「もっとも、常に雷を落とせるわけではないですが。しかし今日の雲行きなら大して力は要りません、今の神様でも十分落とせるかと思います」

「ちょ、ちょっと待って。天気って自然の現象じゃないの? 神様だからってどうこうできる問題なの?」

「平常の天気なら神様が言われるとおり自然現象です。ですが、神様は誤解しておられます。神様は科学の発達により、天候とは押しなべて自然の現象が引き起こすもの、と解釈していた時代から(あらわ)れたので無理もありませんが、大雨や大雪、(ひでり)やハリケーンなど、俗に異常気象と呼ばれる現象は全て神の意思によって引き起こされていたのです」

「えええっ!?」


 少年は、私が知る天気の常識を全否定した。

 しかし、納得するしかない。神様という概念について少年は私よりも知っているだろうし、そもそも今の私は、神様にもなり切れていないただの半端なあにまだ。

 もし少年の勧めに従ってこれから雷を落とせれば、天気に神様が介入している証明になり、もう納得するしかなくなる。天気予報に映された台風の目、あまりにもくっきりと目が映った場合、私は前世で「でかっ」とか驚いていたものだが、あれも全部神様の仕業だったのだろうか。


(いにしえ)の風習に雨乞いなどあったでしょう? あれも天界にアクセスできるれっきとしたシャーマンがやれば、しかと効果あったのですよ」

「はあ。神様って改めてすごいのね」

「はい。ですが人間は科学の発展により、気象を解明したと勘違いし、いつしか天に乞うことを迷信などと腐してやめました。思い上がりも甚だしいですね、(そら)にロケットを打ち上げ、天の外面を宙の上から垣間(かいま)見たくらいで。まあそれはさておき神様、村の人間が行こうとしている集落についてご存知ですか?」

「うん。ここからずっと西に行った所にある、“ヤトガ”って言われてる村じゃないかな」

「ではベルとヤトガ、この二つの村の間に雷をガンガン落とし、森を焼き払って道を作ってみましょうか」

「そ、そうね。ちょっと怖いけどやってみる。でもなんで雷?」

「前に神様が地上に顕現したとき、雷と共に現れたでしょう? 激しい雷雨の後、森を切り裂くように現れた道を見て、人間は間違いなく神様の()(わざ)と気付くはずです」

「なるほど」

「神威を目の当たりにした村の人間は、みな神様を信仰するでしょう。ちなみに、もっとたくさんの人間に敬われるようになれば、天気に係わらず天候を操れる他、地震や噴火、果ては日食だって起こせるようになりますよ。では神様」

「え、なに?」

「こんな神様のためになるような進言をする僕のどこがダメ天使ですか? こればっかりは天使である以前に男として我慢なりません、訂正してください」

「う、分かったよぉ。ミカエル君は私の大切な天使です。これでいい?」

「……はい!」


 私は少年に促されるまま森に雷を落とし、道を切り(ひら)いた。すると数日してベルの人々は、私が拓いた道に従って進み始めた。

 魔物が現れるのでは。そう心配したけど、人々は魔物に襲われることなくヤトガの村に到着した。なぜ魔物に襲われなかったのか。「神様が落とした雷におののいたのでしょう」と少年の言。こうしてベルの人々は交渉の末、働き盛りの男数人を村に迎え入れた。

 少年の目論見通りに物事は進んだ。私は次第にベルの人々から信仰され始め、私のためになんと、神殿と言うべき豪華な建物まで造ってくれた。

 私は、(つい)に神様になってしまった。こんな私が人々にあがめられるようになるなんて誰が想像できよう。前世のお母さんにお父さん、そして迷惑をかけたお姉ちゃん。信じられないでしょうが、私ははるか先の未来で神様になってしまいました。


 そして冬を越し、人々が寒さで固くなった土に(くわ)を入れる。

 掘り起こしたことで湯気を上げる柔らかな土に、人々が豊作を願って種を()いた。そして夏に訪れた豊穣の実りに人々は歓喜し、また実りがいまいちだった年には、来年また頑張ろうと励まし合った。

 新たな命を、契りを結んだ夫婦が産んだ。その命は沢山の愛を受けながらすくすくと成長し、やがて訪れた旅立ちの時を、夫婦は悲しみながらも応援した。

 幾多の季節を迎え、永い時が過ぎた。五十五年の歳月が経過した――。


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