地上の光
「う、あ、あ……」
(神様!)
激しい衝撃に私は貫かれ、前のめりに倒れ込んだ。
息ができない。体が沸騰しそうなほどに熱い。少年の声が聞こえたが、返事する余裕などなかった。
「神よ、かつてアマゾンと呼ばれる地の川に生息していた電気ウナギは知っているだろう? 私の右腕には、電気ウナギを基とした発電器官が組み込まれているのだ」
セントールの種明かしするセリフが聞こえるが、ダメだ、思考が追い付かない。
濛昧とした意識がまぶたを重くする。朦朧として何も考えられない。もう私は虫の息で、指一本動かせなかった。
まな板の上で、ぐったりする鯉と化した私にセントールが、
「この期に及んで私を惑わすとは! 消えろ!」
伏せる私にとどめを刺さんとする。
もうダメだ。みんな、ごめん。そう私がモルガンやダイナを始めとした男たちに謝ったときだった。
「ああっ、あーっ!」
女の子の大きな叫び声が、このコウモリの巣に突如として響き渡ったため、私は殺されずに済んだ。
セントールの振り向く気配を感じ取る。私は、振り向かずとも声の主を分かっていた。
聞き覚えのある声。悲痛な叫びなのに、なぜか癒やされる。まさか、私を追っていたなんて。
嬉しくて、なぜか、力が、湧き上がる――。
「よせジャンヌ、殺されるぞ!」
「あうっ、うあーっ!」
首を向けると、手を伸ばすジャンヌとそれを止めるヘーデル、そして二人の保護役を買って出たのかイーデンが立っていた。
三人ともすごくくたびれている。服を汚し、体のあちこちに擦り傷を作って。よくも私を追えたものだ、感心する場面じゃないけれど。
しかし、セントールが、戦う力など皆無な三人に体を向ける。
「おいヘーデル、あいつこっち見ているぞ!」
「逃げようジャンヌ!」
「あーっ!」
ヘーデルがジャンヌの手を引いて逃げ始めた。
イーデンは、子供二人を先に逃がすべく、古い言葉で言う殿を務めている。さすがは勇者ザックスの兄、いや、ザックスのような男の兄だからこそ、子供二人を先に逃がす甲斐性が身に付いているのだろうか。
何にせよ、益もないのに私を追った三人を死なせる訳にはいかない。駆け出そうとするセントールに、
「どこ行こうってのよ……。あなたの相手は、この私よ」
ふらつきながらも立ち上がった私が、息も絶え絶えに剣を投げつけた。
剣は鎧に当たり、セントールが私に向き直る。
「信じられん、私の放電はメガボルトの電圧を発するのだぞ。これを喰らって立ち上がれるというのか……」
「私はあなたを倒し、地上の人々の神様になってみせる……」
「お前は、本当に神だと……。ええいっ、ならば何故、今になって現れた!」
「…………」
「復讐に凝り固まった私は確かに悪魔の類だろう! だが、ならばなぜ真の悪魔である使徒を放置する!? ……なんの冗談だ、私は逃げながらも永い時を待った、いつか奴らに天罰が下され、救われると信じてな。しかしいつまで待っても天罰は下されなかった。ならば私が、天罰を下してやると誓った後になって神などと! お前が神というならば、全てを失って人ですらもなくなったこの私を救ってみせろぉ!」
セントールが槍を掲げ、尖端がまたも白く光り始めた。
火花が散っている。間違いない、また電だ。どうにか阻止しようと突っ込む私だが、先の一撃を喰らった所為で体が付いて行かず、私はまたも喰らってしまった。
体が、焦げる。血液が体内から蒸発する感覚に襲われる。私は再び倒れ込んだのだが、
「あっ、ああーっ!」
ジャンヌの声が響く。あなた、なんでまだ逃げてないの――。
「お前! まだ立ち上がろうとするのか!」
驚愕するセントール。私は地に両手を突き、よれよれとしながらも何とか立ち上がった。
まったく分からない。精も根も尽き果てたはずなのに、どうしてか立ち上がれる。これはあの子が、私の為に祈ってくれているからだろうか。
今は感じる、あの子のダイレクトな想いが。――生きて。そうあの子が願ってくれている。
「神め! こうなったら直接息の根を止めてやる!」
セントールが駆け出し、私を貫きに槍をこちらへ向けた。
千載一遇のチャンス。これは絶対に逃す訳にはいかない。もし電を撃たれていたら成す術がなかっただろう。
槍の切っ先を、霞む視界の中でしっかりと見据え、そして、セントールが突き出した槍を私は、
「……ぐっ、ふ」
「ハ、ハハッ、勝ったぞ! 終わりだな神よ!」
腹に喰らった。でもこれでいい、狙い通りだ。
もうなりふり構っていられない。腹を貫かれた私が、槍を抱えるようにつかみ、
「あなた、救えって言ったよね?」
「なっ!? 腹を貫いたのだぞ、どうして話せる!?」
「いいわ、この神様が、あなたを復讐という名の呪縛から、解放してあげる」
「うっ、炎だと!? いや、体が燃えているだと!?」
「はああああぁっ!」
私は自分の身ごと、セントールを燃やしにかかった。
「うおおおっ!?」
セントールがたまらずに槍を放した。
逃さない。燃える私が両腕を広げて駆け出し、うろたえるセントールにすかさずしがみつく。
取り乱すセントール。振り解こうと暴れるが、私は意地でも放さなかった。今の私はさしずめ地獄の亡者といったところだろうか。そして、この奇跡の体を、更に、さらに燃やし、
「は、放せえっ!」
「放さない! 悪いけど、こうすることでしかあなたは救ってあげれないの! 許して!」
「なんだとぉ!? おおおおっ!」
セントールの断末魔が木霊する。人間を滅ぼそうと企てる、憎しみの虜となったセントールを私は焼き尽くした。
程なくしてセントールが炭と化す。私も炭と化し、崩れるように倒れる。
私は残された力を使って仰向けに寝転がった。ああ終わった、やっと終わった。しかし、私の鼓動は止まらず、――この体、まだ生きているの!?
「おい、生きてるか! しっかりするんだ!」
「あっ、うあああっ!」
イーデンの呼ぶ声とジャンヌの泣き声が私の耳に響く。
目を開けて首を横に向けると、ジャンヌが、私のそばで泣いている。可愛い顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、私の為に祈っている。
想いが伝わる、私の思考に溶け合いそうなくらい。それが私に、いまだ生きる力を与えている。
「あんた、死ぬな! 絶対に助けてやるからな!」
イーデンがまっくろくろすけでもはや人間の外面すらしていない私を抱えるが、私は上体を起こされたところで、彼を押して助けを断った。
忘れていた、まだやるべきことがある。それに力を使い過ぎた、もう時間がない。
私は立ち上がって宙を見上げ、天に向かって手をかざす。そして、自分の身を再び燃やし始める。
「お、おい、あんた!」
「あっ、や、やあーっ!」
戸惑うイーデンとヘーデルを後目に、ジャンヌが、やだ、なんて泣きわめいているがしょうがない。
私は神様、地上の人々とは一線を引くべきだ。したがってジャンヌの想いには応えられない。泣くジャンヌに「ありがとう」とほほえみ、身をさらに激しく燃やして誰にも止められない猛火とした。
コウモリの巣を燃やし尽くす。それが忘れていた最後の務めである。燃え広がる炎に、イーデンとヘーデルがジャンヌの手を引いて逃げ出そうとするが、
「イーデン、ヘーデル。そしてジャンヌ」
これでお別れとなるため、私は三人の名を呼んで引き止めた。
「……?」
「私は“かなゑる”。覚えておきなさい」
言葉が通じない為に男二人が怪訝な顔を浮かべたが、ジャンヌには伝わっただろう。
える、とか付けた理由は、神様っぽく聞こえるからだ。勝手に付けていいものかちょっと迷ったけれど、まあ、いいよね、神様になるんだし。
さあ、総仕上げだ。残った力を余すところなく使い切る、私が地上の人々の神様となるために。
――地の底より湧き出づる焔よ、我に熱き怒りを示せ! 魔人の炎!――
こうして私は、コウモリの巣を焼き払った。
これで集落がコウモリに悩まされることはなくなるだろう。一件落着だ。しっかし熱い。熱くて死ぬ。しまった、カッコつけすぎた。