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拝啓 ご無沙汰しております

 正面に、法廷で使われるような横長の机と、その隣に人ひとりを映し出せる大きな鏡が立っている。

 ここは裁判所らしいが、弁護人や検察官などはいない。赤い顔をした超怖そうなおじさんが、正面の机に構えて書類を読み上げている――。


「――で、あるからして、安本(やすもと)正道(まさみち)、貴様は(しょう)(ねつ)()(ごく)の刑に処する」


 今、赤い顔のおじさんが、私の前に立つハゲた人に裁きを下した。

 あのハゲた男の人、どこかで見た気がするが、それはどうでもいいか。いま裁きを下した、あのねぶた祭で観る事ができそうなおじさんは、やっぱりアレなのだろう。

 参った。後ろに並ぶ私も絶対に()とされる。って言うか、さっきからおじさんの裁きを見ているが、地獄に堕とされなかった人を見ていない。

 おじさんは見上げるばかりに大きく、まさに巨人である。あれではハゲた人も不服なんか唱えようと思わないだろう。


 突然だけど私、(なる)(くて)かなゑは、西暦二〇二一年の三月三日、桃の節句のひな祭りな日に死んだ。

 変な名前だって? 言わないで、私も気にしてるんだから。


 電車で隣町に向かっていたときだった。突然うしろから刺されて死んだ。

 私を刺した犯人だが、見た事もない男の人だった。ただ、どこか切羽詰まった顔をしており、今思えば辛いことがあったんだろうな、なんて思う。

 無敵の人、とか言われる人だったのかもしれない。人並みに頑張ってはいるんだけど、世の中では決して報われず、いわゆる「負け組」に属さなければならなくなった人。私が生きてきた世界は、そんな人達に対する風当たりが徐々にだけど強くなっていった気がする。もう少し優しくできなかったのだろうか。なんて、助ける気もなかった私が言える立場じゃないんだけど。

 男の人を恨んではいない。もう死んだんだから恨んだってどうしようもないし、それに私は、死んでも仕方ない、と思うくらいの罪を重ねて来たのだから。


 私は、今まで(うそ)をつきまくって生きて来た。

 もちろん常に嘘をついていた訳じゃない。いつもはちゃんと本当の事を伝えているし、第一常に嘘を言っていたらオオカミ少年よろしく、嘘ホント以前に話を聞いてもらえない。

 私は、時おり嘘をつき、その嘘で幾度となく人を傷付けた。例えば小学校三年生のとき、私はお金欲しさにお母さんの財布から一万円を抜き取った。それ以前にも私は、お母さんないしお父さん、おじいちゃんおばあちゃんの財布から度々お金をくすね、もう癖になっていた。

 一万円を盗むまでは、せいぜい五百円や千円の安い額だった。でも、一万円はさすがに大金で、その日の夕方お母さんは気付き、私に盗んでいないか問い(ただ)した。

 バレる。内心すごく焦ったんだけど、その時ばかりは涼しい顔をつくろえた。私すぐ顔に出ちゃう方なんだけどね。私は「知らないよ、お姉ちゃんじゃない?」と、お姉ちゃんに罪をなすり付けた。言い忘れていたが、私には四つ(とし)が上のお姉ちゃんがいる。ちょうどお姉ちゃんがその日、ゲームソフトを買って来たことから、お母さんは私の嘘を信じてしまった。

 お姉ちゃんはお母さんと激しく言い争った。私はそれを見て、お金を盗むマネを以後自粛するようになったが、あれ以来お母さんは、何かにつけてお姉ちゃんを当てこするようになったのを今でも覚えている。


 まだある。私は、自分可愛さに仲の良かった友達を陥れた。

 またも突然だが、私は自分でそこそこ可愛いのでは、と自信を持っている。親には可愛がられ、親戚も私をよく「可愛いね」と褒めてくれた。先に言ったお姉ちゃんが疑われた理由も、たぶんこれが一因にあるのだろう。

 うぬぼれではない。客観的に捉えているつもりだ。その証拠に「付き合ってくれ」と、男の子から何度か告白をされたことがあるし、ラブレターももらった経験がある。まだ子供だった当時はみんな断っちゃったけど。でも、そんな私も認めざるを得ない、璃佳子(りかこ)と言う名前の超美人が中学生の頃にいた。

 大和(やまと)(なでし)()。そんなありふれた言葉が適当だろうか。璃佳子は腰まで伸ばした()(れい)な黒髪が印象的な、背の高い色白の美人だった。眉はキリッとして鼻筋は通って、しかも秀才でピアノが上手く、まさに非の打ち所がない同級生であり、私が勝てたところなんて無駄に大きなおっぱいだけだった。

 男なら、いや、女でも一度は憧れただろう。凛々(りり)しい感じが女の子から受けていたし。で、そんなパーフェクトな子と私は仲が良かった。

 親友と言っても差し支えなかったと思う。大抵は一緒に帰ってたし、休みの日もよく一緒にいてはノートをちょくちょく写させてもらっていた。通っていた中学を明倫(めいりん)中学校と言ったけど、璃佳子と私は明倫所属のアイドル、なんてもてはやされた時期もあったりした。


 そして璃佳子には、付き合っている男の子がいた。名前は(じゅん)君って言う。

 潤君はものすごくカッコ良かった。背が高くて友達がいっぱいいて、しかも頭が良くて運動神経も抜群で。そんじょそこらの芸能人には負けないくらいにまぶしかった。チャニーズにスカウトされても不思議じゃなかったと思う。

 正直、お似合いの二人だった。どっちも秀才だし。でも、付き合ってる二人を見て、私はちょっと、いや、かなり苦しかった。私も潤君のこと好きだったから。

 璃佳子が羨ましい。そんな悶々(もんもん)とした(おも)いを抱えていた時期だった。他校に「キララ」って名前の女がいた。キララって名前に(だま)されるなかれ、その人は同級の女なのに、男子顔負けに大きく、しかもふとましい。陰で呼ばれていた(あだ)()が「タンク」だ。

 水を入れるタンクを指すのか、戦車なのか。いずれにせよタンクなんてキララの前で言ったら殺される。ある男の子が彼女を綽名で冷やかしたらしいが、その男の子はなんと腕の骨を折られたらしい。このようにキララはおっかない不良として同級生の間で知れ渡っており、これに私は「遭わないように」と願っていたのだが、運命とは時として無情なり、このキララが私に災いを呼んだ。


 中学校の卒業を控えたある日、私が一人で街を歩いていると、突如としてキララに捕まった。

 キララは眉根を上げて「アイドルなんて呼ばれてチョーシのってんじゃねーぞ」と私を脅した。チョーシなんかのってない、そう勇気を振り絞って言い返そうとした矢先だった。キララは有無も言わさず私のおなかを殴った。

 さすがは男の子の腕をへし折った女のパンチ、死ぬかと思うくらい痛かった。周りはキララの他、怖いおねーさん方に囲まれており、私はもう恐ろしくて立てなかった。そしてキララは私に「璃佳子を呼び出せ」と脅迫した。

 璃佳子も殴られる。売る訳には、と思った私だったが、そんな私を見透かしたようにキララは取引を持ち掛けた。「璃佳子を呼び出せばお前は解放してやるよ」と。もう言われるがままにケータイを取り出し、適当な嘘をついて璃佳子を呼び出した。そして、璃佳子が現れたのを確認したキララは、「おう、お前もう用ねえから行け」と、約束通り私を解放した。

 キララと怖いおねーさん方は()ぐに璃佳子を囲んだ。助けるべきだっただろう。それが敵わなくとも警察を呼ぶべきだっただろう。でも、私は璃佳子を捨てるように逃げ出した。璃佳子が潤君と付き合ってるからよ、なんて心の中で言い訳をかましながら。

 次の日、璃佳子は学校を休んだ。その次の日も、その次も、次の日も。しばらく学校に現れず、そして久しぶりに現れた璃佳子は、私が青ざめるくらいに変わっていた。

 璃佳子の長くて綺麗な髪が、全部失くなっていたのだ。帽子をかぶっていたが、あの中が球児顔負けの丸坊主だったことは想像に難くない。私は声を掛けられず、こうして、謝ることも慰めることもできないまま、私と璃佳子は卒業を迎えた。

 私と璃佳子は異なる学校に進学した。今でも璃佳子は、嘘をついた私を憎んでいるだろう。潤君とも別れたらしいし。これは後で聞いた話だが、キララと潤君は(おさな)()(じみ)の関係だったそうだ。キララも潤君のことが好きだったから、付き合っている璃佳子が許せなかったのだろう。逃げ出したときに吐いた私の言い訳は、あながち間違ってなかったと言え、それだけが唯一の慰めとなった。


 極めつけは、幸せな家庭を引き裂いた。これは最近の話だ。

 就職して一年が()ち、私には(けん)()さんという男の人が上司にいた。この人は同期の出世頭で、私を含めた若手を管理統括し、いずれは会社を背負って立つ男、と役職付きの方々から将来を嘱望されていた。

 そして、既に二児のパパだった。奥さんを(あや)さんって言うんだけど、この絢さんと賢路さんは高校の頃からの付き合いで、就職後に間もなくして結婚、二人の可愛い娘さんをもうけていた。誰もが羨む幸せな家庭、私は賢路さんの、家族仲良く映ったケータイの待ち受け画面を何度も見た事がある。待ち受け画面に映った絢さんの笑顔は今でも忘れていない。

 話を賢路さんに戻そう。で、私はこの賢路さんと親密な関係にあった。いわゆる不倫である。

 こんな後ろめたい事して何になるんだろうか。そう思わないこともなかった。でも、他に()かれる人はいなくて、私は賢路さんを使って気を紛らわしていた。本気で好きになれる人が現れたら直ぐにこんな事はやめよう。そう思いながら賢路さんとの関係を続けていた。だが賢路さんは、私と違って「絢と離婚する」と言った。

 本気なんですか? 私は()いた。すると賢路さんは「本気だ」と答えた。正直、私は困り果てた。

 思い浮かぶのは賢路さんのケータイ待ち受け画面。もし賢路さんの想いを受け入れれば、私はあれに映った幸せを引き裂くことになる。でも、そんな悩みはしばらくして跡形もなく吹き飛んだ。絢さんが、賢路さんのバッグに盗聴器を忍ばせていたのだ。

 私は賢路さん()に呼び出された。その時の、応接間に座る絢さんの恨めしい顔が、ケータイの待ち受け画面を見ただけに余計おぼえている。もちろんその場に娘さんはおらず、座った私に絢さんは証拠のレコーダーを突き付けた。

 これはいけないことを続けていた天罰だ。そう思った私は素直に白状した。すると絢さんから「死ねこのクソビッチ」とか「このでかい胸で人の旦那を寝取りやがったのか」とか、散々に罵られたのだが、賢路さんはそんな私をかばい、それどころか絢さんに「お前と離婚する」と宣言した。


 思い返せば、「あいつすごく疑り深いんだよ」とか、「人が休日も仕事に出てんのに、それをあいつ全然分かってくれないんだよ」とか、賢路さんは絢さんへの不満をよく私に吐き連ねていた。

 賢路さんには思うところがあったのだろう。話を戻し、賢路さんの一言に絢さんは、包丁でも持ち出して来そうなくらいに怒り狂った。

 殺される。そう私は腰を抜かしたが、賢路さんが絢さんを取り押さえ、私に逃げるよう促した。そうして私は修羅場を脱したと共に「もうやめよう」と誓った。次の日、私は職場に退職届を提出し、それから賢路さんにメールで別れを告げた。もちろん賢路さんから返信や着信があったが、全て応答拒否した。

 そんなこんなで無職になり、電車に乗って窓から流れる風景をぼーっと眺めていたところ、私は刺されて死亡した。賢路さん家のその後は知らないけど、私があのケータイの待ち受け画面に映っていた幸せな家庭をめちゃくちゃにしたことだけは間違いないだろう。


「わるいごはいねえがあー!」


 そのとき、私から見て右手に構える大きな扉が勢いよく開かれた。

 扉から現れたのは、やはり腰巻だけを()いた筋肉隆々の男たち。しかも額を角を生やし、肌が赤かったり青かったりする。鬼の参上だ。

 私は並んでいる最中、今みたいにナマハゲよろしく現れる鬼たちをもう何度も見ている。だからやはりと言った。それで、前のハゲた人が逃げようとするのだけど、

「うわー! 地獄はやだー!」

「わっしょいわっしょい! ゴゥートゥーヘェール!」

 直ぐにとっ捕まり、鬼に胴上げされながら連れて行かれた。

 扉がバタンと閉められる。地獄に堕とされるんだけど、なんと言うか、コントみたい。

 ちなみに、順番待ちから逃げられやしない。鉄球がつなげられた足枷(あしかせ)を付けられているのに加え、鬼たちがセキュリティ()ポリス()(ごと)く、並ぶ人たちに目を光らせている。


「では次の者。名は、鳴湫かなゑ。……おぬしか」


 (つい)に呼ばれた。さて参った、どうしよう。

 地獄に堕とされるのは確実として、一体どの地獄に堕とされるのだろう。さっきから聞いている限り、(こく)(じょう)()(ごく)とか(しゅ)(ごう)()(ごく)とか、ハゲた人が宣告された焦熱地獄とか、地獄にもランクがあるみたいだけど。

 痛いのや苦しいのはやだなぁ、できる限り優しいのにして欲しい。


「やはりまた来たか。……鳴湫かなゑ、おぬしの転生は遂に界分の域まで達した、もう見過ごすことはできん。貴様は地獄の極刑、神に処する」


 裁かれた。死んだ。――えっ、ちょっと待って。もう死んでるけど、今なんて言った?

 神、とか言わなかった?


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