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背中を押して

「ん? ヒスイの劇場でまたなんかやるのか」

「ああ、何でも楽器? てのをやるらしいぞ」

「何だそりゃ? この前の歌みたいなもんか」

「また違うそうだぞ。と言うか、全く異なる何かだとか」



 とある酒場。

 最近、街中がその話題で持ちきりだ。



「な、何だか大変なことになってる気がしない?」

「いや……ヒスイさんは宣伝が上手いな」

 ファンテは人の噂の伝播力と言うものに恐れ入る。



 たった数人の何気ない言葉がミステリアスな響きを伴うだけで噂となって街を隅々まで駆け巡ったのだ。人々の好奇心のなせる(わざ)だとも言えた。









 虎(仮称)討伐後。 

 二人はすぐに植物をギデオン青年の工房に持ち込んだ。


 ギターは数日後に完成した。

 組合から連絡を受け、ギデオンの工房に行く。



 青年は工房で彼らを待っていた。

 小さな小屋だ。薄暗い中、四方の壁一面に工具がぶら下げられ、床にはギターの試作品が幾つも転がる。試作品は全て弦が切れていた。



「さあ出来たぞ、受け取ってくれ」

 茶色い短髪、同系色の瞳、いささか痩せ型の青年はリーンにギターを渡す。



「おー、まんまアコギだ。再現度えげつないね」

「だろ? 俺は天才だから」

 ――アコギ?


「ちょっと弾いてみてもいいかな」

「いいぞ。ちなみに、腕前はどのくらいなんだ?」


「そこそこかな、本職(プロ)程じゃないよ」

 その割には自信満々の顔でリーンはギターを手に近くの丸椅子に座る。


「リクエスト、ある?」

 ギターを構えたリーンはギデオンに問うた。



「あー、マジか。何にしようかな」

 途端にそわそわし出すギター職人。


「え? 自分でも弾けるんでしょ?」

「まあ試奏(しそう)は、そりゃあな。でも、あんまり上手くはない。俺は製作(クラフト)専門なんだ」

 ギデオンは頭を掻く。



「そかそか。いいよ、何でも言ってみて」

「じゃ、じゃあ『インスピレイション』なんてどうだ。ジプシーキングスの」



「おー、任せといて。結構練習してたから、それ」

「マジか」


 少女は笑って頷く。

「まじまじ。良いよね、あれ」

 目を閉じるリーン。事態について行けていないファンテはいつもながら腕組みをしてやり取りを見守っていた。


 ――こいつら、何を言ってるんだ。

 リーンは軽く弦を弾いたり、ギターのネックにあるネジを触って弦の張りを調整したりしていた。ファンテは、どうやらそれが楽器というものの音に関わるらしいことに気付く。


「じゃあ、行きまーす」


 リーンが弦を――かき鳴らす。

 ネックに渡されている六本の弦を押さえたり離したりしながら鳴らされる音は、早い音律(リズム)で、素早い音の変化で、時に高く、時に低くなり、一連の繋がった旋律(メロディ)を奏でていく。


 ファンテの隣で、ギデオンが口を手で覆って目を見開いていた。つ、と涙が流れる。リーンの出す音がよほど彼の琴線に触れたのか。


 ――リーン、お前は、一体。

 ファンテも、気が付けば彼女の曲で心をざわつかせていた。初めて耳に入力される一連の音が、どこか物悲しく、確実に切ない感情を彼の奥底から引き出していく。


 ――何者なんだ。

 この世の者ではないのか、ファンテは(おそ)れさえ抱く。


「はいっ」

 可愛らしいかけ声と共に曲が終わる。


「ブラーヴァ!」

 ギデオンの拍手、砕けんばかりの力で打ち鳴らされる。


「どもども」

 リーンは少し照れながら、ギターを持って立ち上がった。


「や、まさかこんな世界(ところ)でジプシーキングスを」

 涙を拭うギデオン。


「ふふ。と言うかギデオンさん」

 リーンは彼にギターをかざす。


「これ、何なの? まるっきり本物のギターだよ。どうして?」

 ギデオンは気持ち身体を逸らし得意気だ。


「おまえさん達の採ってきた弦の素材と俺の腕の賜物だな」

 彼によれば、あの植物はギデオンが長年かけてようやく探し当てた、最もギターの弦に近い素材なのだそうだ。


「だが調べ上げた時には既に魔獣が居着いていてな。それにしてもあんたらは生命(いのち)知らずで幸運だよ。あいつ――魔獣に()わなかったんだろ? よほどギターが必要だったのか?」



「ああ――魔獣(そいつ)なら倒した」

「な」

 ギデオンが目を剥く。

「倒した? あの赤虎を? 次元使いで拘束使いの? あのヤバい奴をか」

 赤虎と言う名称なのか、とリーンは納得する。




「うん、ファンテがね。だから、ギデオンさんもいつでも弦の素材取りに行けるよ」

「マジか、やったぜ!」

 突き出した腕を、拳を握って勢い良く引くギデオン。ファンテはそれを奇妙なものを見る目で。



「それは、何だ」

「ん? ガッツポーズだが?」

「ガッツポ……なに?」

 リーンはギデオンと顔を見合わせ、意味ありげに笑った。


「あのね、ファンテ」

 と、自身もガッツポーズを決めるリーン。


「これはね、物凄く嬉しいことがあった時にやる動作なの。ねー? ギデオンさん」

 にこにこと頷く二人の話を、ファンテは奇妙な顔のままで聞いていた。










「ほー、それがギターですか」

 ヒスイの劇場。三人で明日から始まる興行の最終確認中だ。


「ええ。今度はこれを使って歌います」

 笑顔のリーンに、ヒスイは頷きを返す。

「これが本当に最後の舞台ですな。リーンさん、どうぞ思い切りやって下さい」


「ええ分かりました。でも、ヒスイさん?」

 悪戯を思い付いた子供の顔だとファンテは思う。

「最後になるかどうかは、明日まで決めない方がいいですよ?」


 ――ああ、いつものリーンだ。

 彼女の顔はきらきらと輝いていた。







 翌日、開演前。

 客席の最前列に座るギデオンを認め、リーンは駆け寄る。 

「来てくれたんだ」

 リーンを見上げギデオンは不敵な笑みだ。


「ところで、ちょっとしたドルオタだった俺はやっと思い出したんだ。あんた、松崎リーンだろ、あの『天才アイドル』の」


 指を指され、うぐ、とリーンは変な声を出す。

「あんたのステージを、俺は一度だけ見たことがある」


「そ、それはどうも」

 頭を掻くリーン。



「日本旅行の時にな――なあ、一言だけ言わせてくれ」

「な、何?」

 やおら彼女の手を取る。


「後で、サインを頼めないか? ファンだったんだよ、俺」

 リーンは快く了解する。


「ねえギデオンさん」久し振りに書いたサインを渡す。

「何だ?」ギデオンはその紙を大事そうに丸めた。

「私が、向こう(・・・)でどうなったか、知らない?」

 彼は質問の意図を図りかねたのか少し目を伏せ、それから顔を上げた。


「うーん、分からないよ。俺は帰国してすぐ事故に遭ったからな」



 ――見たのは武道館ライブじゃない、か……。


「そっか、ありがとう。ごめんね、変なこと聞いて」

 ギデオンに笑顔を向ける。






    





 やがて時間は夕方になりこの劇場にとっての最後の舞台(ラストステージ)が始まる。



 ヒスイの宣伝戦略にも関わらず客は五分の入り。前回のリーンの出来が良くなかったことが如実に反映されていた。



 ――見てろよ……。

 舞台袖から現れたリーンは、ギターを携え舞台の中央に静かに歩いていく。



 小さな拍手が聞こえる――ギデオンが満面の笑みで打ち鳴らしていた。

 ――ありがとね、ギデオンさん。と、ファンテ。



 彼は中央付近で拍手している。

 舞台の真ん中に置かれた丸椅子。

 リーンは腰を下ろし足を組み、アコギアコースティックギターを構えた。



 劇場の中は水を打ったように静まり返る。誰もが、今から始まることに固唾を飲む。

 

 ――久々だね。

 少し緊張しているのを自覚するリーン。いつだって、歌への思いが彼女を支えてきた。


 ――行きます!

 ネックに指を滑らせる。弦を押さえ、静かに鳴らす。


 ギター(おん)の波に乗りリーンは歌い出す。

 ファンテは意外に思った。随分と静かな始まりだ、と。


 ――てっきり、最初から思い切り行くもんだと。

 だがファンテはすぐに考えを改める。


 ギターの奏でるたおやかな旋律(メロディ)。前回、楽器を持たぬリーンが苦戦した高音の伸びが、それによって全く違う音になっていた。絶好調のリーンの歌声とも違う。


 ――強いて言えば。

 新たな魅力をたたえた、自分の知らぬリーンの声。







 お前は、いつも俺を驚かせるな――ファンテは無上の敬意を払う。



 それまで様子見で、見世物を眺めるようだった会場の雰囲気は一変していた。

 誰もが言葉を失い、胸の前で両手を組み合わせ祈るようなポーズの人も多くいる。神々しさを、舞台上の少女から感じてでもいるようだった。


 実際、かすかな神性(しんせい)すらリーンにはあった。


 一曲目が終わる。



「ブラーヴァ!」

 立ち上がるギデオン。

 奇妙な叫び声を上げ、拍手。瞬く間に拍手の波は会場中に広がり、中にはギデオンと同じ叫びを上げる者も。




 リーンは立ち上がって深々と頭を下げ、再び座って二曲目。拍手の余韻が残る中、彼女の歌声が会場を覆い、人々を新たな驚きへと導いていった。








 

 それからが大変だった。

 劇場に女神が降りてくる――奇妙な噂を聞きつけた民衆が連日押し寄せ、毎日おびただしい数の客が中に入れなくなり不満を抱いた人々が暴動を起こしかけた。


 慌てたヒスイの依頼を受け、組合(ギルド)が急きょ会場整理に冒険者を派遣するまでの事態になった。



「はいはい、もう満員だ! また明日来てくれよ!」

 会場前でファンテが声を張り上げる。



「何で俺まで……!」

 ギデオンも入口近くで奮闘する。


「悪いな、ギデオンさん」

「まあ、流石リーンってことだな!」

 ギデオンは満足そうだ。


「なあ、その口振りだと――」

 まるでリーンを知っていたようじゃないか、ファンテの問いに――彼は何も答えず、ただにやりとしただけだった。













「今度こそ報酬を払わせて下さい。前の分と合わせてね」

 人気(ひとけ)のなくなった劇場の中、ヒスイは満面の笑みだ。


「ありがとうございますっ」

 負けないくらいの笑みでリーンはずっしりと重い革袋を受け取り、中味を見て驚きの声を上げた。


「こ、こんなに? これはちょっと……」

「いえいいのです。それでも少ないくらいですから」


「そ、そうですか? じゃあ」

 遠慮なく、とリーン。



「いや、私はあなたに謝らなくてはならない。正直、前回の歌は素晴らしかったが、素晴らしい(・・・・・)だけだった(・・・・・)のですよ」



 ずっと見世物だったんだよ――ファンテはリーンの言葉を思い出す。



「ですが今回は違いました。あなたは――神だった。誰が何と言おうとあの場にはあなたという女神がいました」

 最大級の讃辞に照れたリーンは顔を真っ赤にして下を向く。



「あなたに教えられましたよ。こんなにも素晴らしいものを人が生み出せるなら、私にだってまだやれるのではないかとね。あなたほどではないでしょうが、もう少しこの劇場(こや)を続けてみようと思いますよ」



 ありがとうございました――ヒスイは憑き物の落ちた晴れやかな顔で頷いた。




「良かった。ヒスイさん、頑張ってねっ」

 リーンは彼に赤い顔で笑いかけ、ファンテに視線を移して、更に笑顔を零れさせた。












 ヒスイと別れ劇場からの帰り道、ファンテは考える。

 ――ギデオンさんはリーンを随分前から知っている風だった。


 リーンにそんな知り合いがいるとは聞いていないし、彼らはどう見ても初対面だったはずだ。


 ――ならどこで?

 この一年はずっと俺と一緒だったのだ、あの青年と知り合う余地はなかっただろう、と。


「なあ、リーン」

 隣でこちらに顔を向けるリーン。


「お前、ギデオンさんとどこで?」

 と、リーンは困ったような顔をした。


「説明がね、ちょっと難しいの、それは」

「それは俺にも話せない――ことなのか?」

 思わず口にして、しまったと言う顔をする美貌の若者。


「ん? 違う違う。本当に難しいからまた今度ってだけなんだけ、ど――あれ? ファンテ、ひょっとして……」

 何かに気付いた勘の良い少女はにたり(・・・)と笑う。


「やきもち?」

 悪戯を思い付いた子供のようだとファンテはまた思う。


「ば、馬鹿言うな。俺はただ」

「ただ? ただ?」

 彼女はわくわく顔だ。


 ――いい笑顔だな、リーン。

 隣の少女は最近の不調を吹き飛ばして余りある、抜けるように涼やかな声で笑う。




「でも、良かったね、ヒスイさん。劇場、続ける気になってくれて」

「そうだな、お前から力を受け取ったってことなんだろうな」


「うん。そうだと思う。今回は自信あるよ、私。歌の力ってわけじゃないけどさ、ちゃんとあの人の背中、押せたと思う」



 携えたギターをファンテに掲げてみせる。



「なあ、リーン、こう言う時なんだろ、あの……」

「あ、これ?」

 リーンはガッツポーズを決める。



「そうそう、まさに今だよ! ファンテもやって!」

 見よう見まねでファンテ、ガッツポーズ。




「いいね! 今度また、ハイタッチも教えてあげる!」



 はしゃいだ気分で、二人は港町を行く。

ありがとうございました

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