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素材採取――魔獣狩り

 その日の夜。

「で、俺達は明日、弦? の素材ってのを取りに行くんだよな」

 ファンテとリーンは逗留中の宿で装備の確認中だ。


「うん。それで作れるって言ってたよね」

 組合(ギルド)会館で待っていた若い男がギターを作ってくれることになった。


 弦の素材だけが足りないとのことで、それにはとある植物を必要とするらしかった。



「まあそこに魔獣が出るってんじゃ普通は取りにいけないよな」

 彼が手に取るのは長くて幅の広い剣(ブロードソード)――小回りを捨てて、破壊力を取る。


「だから俺だけで行こうと思うんだが……」


「駄目。ファンテだけ危ない目に遭わせられないよ」

 ――そう言うだろうな、リーン(おまえ)は。


 少し前、別の街の組合で勝手に仕事を受けたことを思い出す。その所為で、私の知らないところで危ない目に遭うな、とファンテは怒られたのだ。

 

「一緒には行く。だがな、絶対に俺の側を離れるな」

「わ、分かった」

 ファンテに危ない所を助けられたことのあるリーンは素直に了解し、装備の点検を再開した。









 モーファンスの北には遺跡がある。


 どうやら神殿跡ではないかと言われているが確かなことまでは分からない。広い草原に突如として現れる建ったままで朽ちた白壁や、円柱の残骸が至る所に転がる時の流れから取り残されたような場所。


 観光名所になっていても良さそうなものだが現在は立ち入り禁止。付近で大型の魔獣がたびたび目撃されている為だ。






 翌日の昼間。

 遺跡に到着した二人は辺りを確認し、取り敢えず魔獣の気配がないことに安堵する。



「や。何だか――月並みだけど」

 神秘的だね、リーンは嘗ての人間の栄華に思いを馳せる。



「ギリシャやローマ、スペイン、私は色んな所に行ったけど、こんなに生々しいのは初めて」

「生々しい? 逆だろ、ここは遺跡なんだぞ」

 首を振る少女。


「多分、こうなってそんなに時間が経っていないんだと思う。ここにはまだ何か残ってる気がするんだ。人の営みや、息遣いや、生きていた痕跡が」

 だから生々しいで正解、とリーンは呟く。



「そんなもんかね……さあ、手早く済ませよう。えーと、どの草だ……?」

 しゃがみ込んで首を巡らせるファンテ。



 柱が転がった状態で点在し、遠くには神殿らしき廃墟も見えている。


「こう草が生い茂ってちゃ――」

 加工すればギターの弦に近いものが出来る、とはリーンの依頼を受けたギデオンという青年の言葉だ。



「細長くて、とても背の高い植物よ。今の時期は青い花を付けているって。長い茎が弦の素材にいいらしいよ」

「あ、あれか」

 ファンテが指差した場所にそよそよと風に揺れる背の高い草。確かに背が高く、先端に青い花を咲かせていた。



 二人が駆け寄ろうとして――。

 異様な気配に身体が(すく)んだ。











 空気が重くなる感覚。きっと、天敵に睨まれたらこんな気分だとリーン。


「ね、ファンテ、これって……?」

 目の前には採取対象の植物。周囲は一面の草原。敵の姿はどこにも――ない。にもかかわらず二人は動けない。



「分からん。だが、何らかの獣だ」

 リーンは、いざとなれば自身の『音』攻撃で魔獣を落とすつもりだった。彼女は囁き声から気絶音まで自在に操り、狙った相手に音波を飛ばすことが出来る。が、見えない敵には。



 ――当てられない。

 耳に狙いを付けられなくては飛ばせない。



 二人を取り巻く空気は徐々に確実に重くなっていく。恐らく、このまま充分に動けなくしてから最後に襲いかかるつもりなのだろう。





 ファンテの掌から汗が滲む、だけでなく、暑くもないのに全身から嫌な汗が噴き出す。



 相変わらず姿は見えない。

 ――(せま)って来ている。

 ファンテは首筋の当たりがじりじりと灼けるような感覚に捉われている。位置関係から言って、自分がリーンよりも敵に近いようだ。




 風が渡る。


 時の止まったような遺跡の中、草原が控え目な音を立てて揺れた。



「ファンテ、これ……」

「しっ」

 人差し指を(・・・・・)立てて(・・・)唇に当てるファンテ。(よこしま)な気配が完全に二人を満たした。



 ――何、あれ……?

 リーンは見た。




 隣のファンテの奥、何もない空間が音もなく縦に裂けるのを。

 空間の奥から、リーンの元の世界でもお馴染みの、とある猛獣が姿を現すのを。



 ――虎……?

 彼女の目にはそう見えた。正確には体毛は随分と赤く、瞳の色は白く――今や空間から全身を現しつつある『虎』は、低く(うな)り声を上げた。



 ――動けない。声も出せない……。

 リーンは目線だけで魔獣を見つめる。逃げ出すことは――出来ない。



 ――なるほど、これは。

 魔獣とは魔力を有し、操ることの出来る獣の総称。




 この攻撃は、以前、とある街で受けたあの魔法に似ているとファンテは気付く。



 ――拘束の魔法。

 魔獣は二人には気づかれぬようにひっそりと、確実に拘束の魔法を周囲に充満させていた。次元も操るらしい獣はリーンとファンテが十分に動けなくなったと確信したからこそ、姿を見せたのだ。




 雄叫びを上げる魔獣。

 びりびりと震える空気、動けない戦士と少女。



 戦士に飛びかかる魔獣。後ろ足が地面を蹴り、土埃が舞った。




 ――ああ!

 リーンは声にならぬままあらん限りの力で叫ぶ。

 音にはならない。魔獣の喜悦の叫びだけが周囲に響いた。

 


 リーンは一瞬、時の流れが遅くなったような奇妙な感覚に襲われた。眼前の光景がスローモーションで流れる。



 ――これが走馬灯って、やつ……?

 ファンテに襲い掛かる魔獣の光景がぼやけ、その上に別のレイヤーが重なるようにしてリーンの視覚がそちらにフォーカスを移す。



 レイヤーに投影(マッピング)されるのはたくさんの過去。

 アイドルの衣装を着てステージで踊る自分、ボイストレーニングを受ける自分。父とのレッスンや、母の演奏旅行に同行したこと。幼少期に見た父の演奏会。クラシックギターを構え、父が弾いていたあの、曲は……。




 不意に過去のレイヤーが取り消され、現実に戻る視界。

 リーンは見る。



 腰から抜いた幅広(ブロード)(ソード)を魔獣の喉元に突き刺す、ファンテの姿を。






 ファンテは肩で息をする。リーンは腰が抜け、全身でその場に座り込んでいた。




「な、何とか、なったな……」

 ファンテの足下には絶命した魔獣が転がる。彼の手には血で滴る剣が握られ、リーンは立ち込める鉄の臭いに少し気分が悪くなる。



「ど、どうやったの」

 青年は腰のポーチから取り出した布で獣の血を拭い、鞘にしまってから口を開く。




「特異体質なんだよ――俺は魔法を受け付けない」

「あ、だからさっきも」

 リーンは、彼が身体を動かし、人差し指を立て自らの唇に当てる動作を(おこな)ったのを思い出す。




「逃げられたら厄介だからな、出来るだけ引きつけた」

 上手くできた――微笑むファンテ。



「言っといてよ、腰が抜けたんだけど」

「済まん。まさかこれほど高度な魔法を使う奴とは思わなかった」



「でも、特異体質だなんて」

「ああ。結構便利なんだがな、残念ながら回復魔法も受け付けない」

「え、大変じゃない」

「それほどでもないさ。怪我をしなければいいんだから」

 さらりと言ってのけるファンテ。




 ――それしても、拘束の魔法に縁があるな。

 いつも思うが、魔法にかかった振りは大変だ、と彼は呟く。



「ん、何か言った?」

「いや、何でもない。さあ、帰ろうか」




 ついでにこの魔獣討伐を組合に報告すれば報酬が貰えるな、彼は討伐した証のつもりなのだろう、魔獣の首を()ね、血抜きをして先程の布に(くる)んだ。




 リーンは弦の材料になるという植物を採取した。

 どれだけの量が必要かは聞いていなかったが、抱えるほどもあれば足りるだろうと見当を付ける。



 いつの間にか夕暮れが近い。日が落ちる前に街に帰ろうと、二人は急いで遺跡を離れた。

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