序章 神への挑戦
空はすべてを飲み込みそうな暗黒に染まっており、陽の光は大地に届かない。
豪雨が地を濡らし、暴風が森を揺らす。
そのもとで一人の少年は地を縫うように進んでいる。
黒髪は雨に濡れ、白銀の瞳は酷くくすんでいる
小さな体は、木が少年を避けているようにさえ思わせる。
地の利が味方したのか、後ろから迫る追手との距離は先ほどからほとんど変化していない。
少年は走る。ただただ森の奥へ。その足は止まらない。少年は駆ける。腕の中に赤子を抱えながら。
「はぁっ―――はぁっ―――はぁっ」
どうして!どうしてこんなことに!
追手から逃げている少年――レルはもう変えることができない過去について、必死に考えていた。
しかし、悠長なことを考えている暇はないと自分に言い聞かせる。
今、最も重要なことは妹を守ること。
それがお母さんとの・・・。そう思い僕は一度だけ妹に視線を向ける。
そのためには追手を撒かなければならない。
追手が教会の手先であることは僕でも理解できる。
足が重い。腕が軋む。肺が、咽が悲鳴をあげている。
このままじゃいずれ追いつかれる。
なんとかしないと。
でも、でも
「どうすれば――――ッ!!」
その時、レルの体が急激に軽くなった。
いや、レルの体が宙に放り出された。
「なっ!」
その崖は2メートルほどの小さいものだった。
しかし、今のレルには体制を整えるわずかな力さえ残っていなかった。
腕の中の妹だけを守るために、何とか背中から落ちる。
刹那のうちに、全身を衝撃が走る。
「ぐっ!」
消えかける意識の中、近づいてくる足音だけが耳に響いた。
ただ、その足音は乱れることなく、驚くような静かさだった。
そこで、レルの思考は途絶えた。
レルがいた森は条約により、世界的に侵入を禁止されていた。
フェンリルが住むと伝えられているその森には眷属と思われるオオカミしか出現しないこともあり、フェンの森と呼ばれている。
そんな森に一人の男が住んでいた。
男にとって、この森は庭同然の場所だった。
淡緑の髪をぼさぼさに伸ばした男はおもむろに立ち上がり、ある方角を見つめる。
「なぜ・・この森に・・・?」
そう言った男がレルを見つけるのは必然だった。
追手がレオたちに追いつくよりも早く、男は到着していた。
男は二人を抱えて釈然とした態度で森の奥に去っていった。
その場所の周囲には虫一匹さえ、存在しなかった。
すでに嵐は静まり、雲の隙間から漏れ出た光が二人を見守るように大地を照らしていた。
レルの道はここから始まった。
序章ということもあり、物語が本格的に進むまで連続で投稿させていただきます。