廃墟 (1)
そういえば最近飲み歩いていなかったなと、飲み友達に指摘されて初めて気が付いた。
「ひとみん全然飲みに付き合ってくれなくなったけど、禁酒でもしてんのー?」
揚げ物の匂いに、溢れる人でごった返した店内。泡が消えかけたやや温いビール。大衆居酒屋のガヤガヤとした雰囲気が妙に懐かしく、思わず胸一杯に空気を吸い込む。
禁酒していたつもりは勿論ないし、誘われた時たまたま課題があったりバイトがあったりしていただけだったが、目の前に座る飲み友達①はそう言って訝しむように目の前の席から身を乗り出した。
「そりゃ酒で死にかけたしな、禁酒もしたくなるよなあ!」
「それにしちゃ意思弱すぎんだろ」
「いやだから別に禁酒してないって」
飲み友達②③も順に好き勝手言う始末だ。
その上禁酒はしていないと主張すれば「いやしろよ」と飲み友達③に速攻切り捨てられる。でもまあ確かに、言われてみればここ数ヶ月飲みに行っていなかった。
1人で飲むほどではないとはいえ酒は好きだったし、死にかけたとはいえそんなに記憶もないので禁酒したくなるほど酒に後悔しているわけでもない。
と、それをそのまま言ったら「おいこらてめぇ反省しろ」とドSな飲み友達③こと、佐渡に言葉で殺されそうだったので口は慎む。
「それにしては、人見から誘ってくれたりもなかったじゃん?」
確かに、飲み友達②こと神原の言うこともごもっともである。
指摘されてみれば、自分から飲みに誘う頻度も減っていた。前までは課題をやりたくなくて現実逃避飲みにしょっちゅう誘ったりしていたのに。
よくよく思い返せば、減ったというより全く誘っていなかった。
「講義も終わったらすぐ帰っちゃうし。前ならサークル室でぐだぐだしてたのに、つまんないよ〜」
神原にそうだそうだと首が千切れんばかりに同意するのは飲み友達①こと浅井。首を振るたびに、明るい茶髪に染めた髪がふわふわと揺れる。
つまんないよじゃない、お前はまずバイトしろ、さっさと次のバイト先を探すんだ。
「え、まさか彼女でもできたのか!」
「いやどう考えてもないだろ」
「いやサド、流石にそれは失礼じゃね?」
彼女の存在にワクワクしだす神原に対し、光の速さで否定する佐渡。
いや流石にそのスピード感はちょっと凹みますって。さすがドS由来の佐渡呼ばわりされている男は違うわと思っていたら「サドって呼ぶんじゃねぇ」と小突かれた。ゴツめのシルバーリングが背中に食い込む。
4人掛けのテーブル席で、あろうことか佐渡の隣に座ってしまったのは完全にミステイクである。
「いやまあ、実際彼女はできてないんですけどね!」
「え、じゃあなんで?」
酒も入っていたこともあり、感極まってテーブルを拳でドンと叩けば、浅井の純粋さ全開の質問に刺されて言葉に詰まる。
「なんでって、なんでだろうな…?」
「飲み歩きもしない、講義後すぐ帰る、でも彼女じゃない。となるとペットとか?」
「コイツん家、ペット可だったか?」
「えー!なになに?触りに行きたい〜」
神原がペットの可能性を挙げれば、自問自答を始める俺を他所に3人で盛り上がる。
話の中心のはずが置いてけぼりの状況に「ペット不可だよ…」と呟きながら項垂れれば、3人揃って「じゃあ何で」と一斉にこちらを見る。
頻繁に飲む仲とはいえ、息が合いすぎじゃないか?
正直言われるまでそのつもりすらなかったとはいえ、心当たりが全くない訳じゃなかった。
彼女でもペットでもないが、別のモノは家にいる。
「いや、その…」
ただ、それをなんと言ったら良いか分からず言い淀む。
上手く説明できる気はしないし、この話さっさと流れてくれないかな〜などと祈るも、ドS佐渡が見逃すはずはない。隣の席で、ニヤリと口角を上げたのに勿論俺は気が付かなかった。
「寝落ち通話はもういいのか?人見クン?」
痛いところを突かれ、頬が引き攣る。どうせニヤニヤ笑っているのは分かっていたので、あえて佐渡の方は見なかった。
ハジメといい、人を揶揄うのが好きな人間が周りに多くないか?とゲンナリしながらも、負けじと言い返す。
「その節はどうもお世話になりました!」
「いえいえ、どういたしまして。ちょっと夜に5時間ほど通話に付き合っただけですからね?」
「「5時間も!?」」
嫌味たらしくわざわざ通話時間を言ってくるあたり、流石のドSっぷりである。
でも無理矢理付き合ってもらった手前、否定できず引き攣った笑みを浮かべるしか出来ない俺と、らしくない行動にやや引き気味になる浅井と神原。神原はいいとして、能天気の浅井に引かれるのは流石の俺も納得いかないのだが。
他2人のこの反応に、佐渡はといえばご満悦そうだ。
「お前ん家、今誰かいるだろ」
遊び歩く頻度が少なくなった理由は絶対にそれだと確信している自信たっぷりな様子で佐渡が言う。
間違ってはいなかった。むしろ当たっている。でも、やたらと鋭いが、多分佐渡が想像しているような状況ではない。
「いることには、いる、ね。うん」
でもまあ、幽霊と説明するよりは遥かに楽かもしれない。そう思った俺は佐渡の想像に乗っかることにした。
「そうなの!誰誰?」
「彼女じゃないのに女子だったら不純だぞ〜」
「いや、親戚だよ、そう親戚」
その場のノリで答えた結果、ハジメは俺の親戚になってしまったが、この3人がハジメに会うこともないので、それもまあいいかと適当に流す。
「事故った後くらいから、うちに来てるんだよ。勿論男な」
「つまり見張りじゃん」
「そりゃ酒であれだけやらかしたら、一人暮らしの信用もねぇよな」
「あれだけお見舞い行ってあげたのに、遊んでくれなくなるからおかしいと思ったんだよ〜」
あれ、おかしいな。ただ親戚が来てると言っただけなのに、俺のお目付役親戚認識されてしまった。適当な作り話とはいえ、なんか悪いなハジメ。
「てかさ、その人も連れてきたらいいじゃん!みんなで遊ぼうよ!それならいいでしょ?」
「いやソイツ重度の人見知りなんだわ」
だから悪いな、と身を乗り出して提案する浅井に秒速で答える。
霊だからどうやっても会うことは出来ないし、咄嗟に答えた結果、またしても余計な要素が付け足されてしまった。
親戚でお目付役で重度の人見知りって、俺が言うのもなんだけど、キャラ濃いな。
「う〜ん、でもじゃあ!遊びに来れた今日は、朝まで遊んでていいってことだよね!」
「今日はそうだけど」
「それじゃ、この後は久々にあそこ行こうよ〜!」
浅井は大学生になった今でも、彼女だ恋だに興味はなく、男同士で遊んでいるのが一番タイプだ。それも大人数でワイワイや、楽しいことならなんでも好きなタイプ。
バイトは続かないしやる気もあまりないが、遊ぶことに関しては余念がない。
「あそこって?」
「勿論、心霊スポット!」
俺たち4人は、何軒も飲み屋をハシゴして朝解散することも多かったけれど、夜中に飲み屋を出て面白半分でふらりと心霊スポットに行くことも多かった。
いつものことでそう珍しい提案でもなかったため、佐渡と神原は「まあ、いいんじゃね」「久々に行くか」くらいの反応だ。何回も行っていたし、毎回特に何があるわけでもない。
3人ともが普通に乗り気だったため、多数決に弱い俺は強く言い出せなかった。頭の隅で「ヒトミは馬鹿だなぁ」とハジメが笑う。
あの時あの直感に従っていればと、後悔するのも後の祭りとは正にこのことで。軽い気持ちで乗ってしまったのが、そもそもの間違いだった。