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事故物件日記  作者: 椎野
31/32

レンタルビデオ (中)



「え、なになに?ハジメ、恋愛モノなんて観んの?」


 レンタルビデオ屋に集合した翌日、借りてきた一覧を消化していると、いつもはあまり観ないジャンルが紛れていることに気が付く。

 あれから結局、目ぼしいビデオなど見つかるはずもなく、ただ各々好き勝手に借りたいものを漁って解散となった。制作者の名義も、どんな内容かも、誰も知らないのだから、見つからないのなんて当然といや当然だった。


「つか、うちのサークルもさ、昔はほんとにちゃんとやってたのなー。クオリティすげーわ」


 俺は特に熱心な部員というわけでもないし、噂には聞いていたものの、あのレンタルビデオ屋に行ったのも過去作品を借りたのも初だった。なんなら過去作品自体、観るのも今回が初だ。

 映画は観るといっても有名どころくらいだし、どうせならハジメの観たいものにしようかと選ぶのは全部任せていた。俺は指差されるがまま、とりあえず借りてきただけだった。

 興味のある順に一通り観ていると、残ったのは普段観ない恋愛モノだった。


「あ、それ、呪いのビデオ」

「は?」

「だから、それが呪いのビデオだよ」


 昔の作品といっても、当時のビデオのままのものもあれば、店の方でDVD化されているものもある。同じ作品でも観る側の環境に合わせて選べるので、やはりマニアがやる店は違うなと思う。

 などと、つい別のことを考えて現実逃避しようとしてしまったが、ちゃんと聞こえてはいた。今一番聞きたくないワードは、ちゃんと聞こえてはいましたとも。


「いや、待て待て。これ、DVDじゃん!」


 いやもっと早く言えよ!再生押しちゃったじゃん!と反射で焦ったところで、ふと気が付く。ビデオではないじゃん、と。

 柳生が呪いのビデオなんて言うから、俺たちは昔のビデオばかり漁っていた。何回も焼き増ししたようなDVDなんかよりも、元データに近い方がそういった現象も起きるだろう、という先入観もあったからだ。


「誰も呪いのビデオがDVDじゃないなんて言ってないでしょ」


 そんな先入観を、ハジメがしれっと否定する。いや確かにそうなのだけれど、盲点過ぎて空いた口が塞がらないとはまさにこの事。

 画面の中では、再生されたままのラブストーリーが展開されていく。


「というかそもそも、媒体は関係ないよ。ビデオでもDVDでも同じ。ヒトミはDVDしか再生出来ないからこっちにしただけ」


 DVDのパッケージを指差すと、ハジメはあまり興味はなさそうに再生画面を覗き込む。どういうことなのか処理しきれなかった俺は呆然とそれを眺めていたけれど、脳が追い付いてくると違和感を覚える。


「そ、それじゃ、まるで呪いのビデオは他にもあるみたいじゃん…」

「あるよ?これのビデオ版もだし、他の作品も多分いくつかはそうじゃないかな」


 これが一番それっぽかったけど。なんて、口元に手を当て、思い出すようにハジメは言った。それが本当に、「昨日の夕飯なんだっけ?」と聞かれた時の反応くらいナチュラル過ぎて、ああ、俺は今何の話をしてたんだっけな…?なんてまた現実逃避をしたくなる。もうしないけど。

 その間も付けっ放しになっていた呪いのビデオはといえば、特に何が起きるわけでもなく。最初から盛り上がりマックスだった話は、なぜか痴話喧嘩へと発展していた。


「いや、情報が足りないつってたのは何だったんだよ!?」

「すんなり見つかるもんだから、本当にこれかな?と思って」

「じゃあさ、なんでこれが呪いのビデオって分かったんだよ!?」

「うーん、同族嫌悪みたいなもんかな?それとも共感性羞恥とか?」


 同族嫌悪。共感性羞恥。一体何のことやらというのが全部顔に出ていたのか、ハジメは馬鹿な俺にも分かるよう懇切丁寧に説明する。

 要約すると、ただの勘らしい。同性同士だとヤバいやつレーダーが働くのに対し、異性にはまるで伝わらない、みたいな。そういう感覚だとか。

 分かるような分からないようなといった感じだけれど、心霊現象についても同様の勘が働くのだと言われれば納得せざるを得ない。


「というか、呪いのビデオって、具体的には何なの?」

 

 ハジメが何だか怪しいと感じたのは、今うちにあるDVDだけではない。だけど、そのどれからも明確な悪意のようなものは感じなかったという。

 たしかに、実際さっきから付けっ放しになっている呪いのビデオもといDVDも、何も起きる気配はない。

 柳生や部長、それからアルバイトをしている佐渡が言うには、観た人は皆突然辞めてしまうらしい。理由は分からず、急に出勤しなくなり連絡も取れない。共通点として、直前に同じOBの作品にハマっていた、ということだけが分かったので呪いのビデオなんて言われているのだとか。


「該当する作品を観たとしてさ。それじゃあ、突然辞めるきっかけになるのって、なんなんだろうね?」


 今は特に何も起きていないのに。そうとでも言うように、ハジメは軽く首を傾げる。ちゃんと聞いているのかと俺を覗き込む顔は、やたらと近い。身体がないからか、ハジメはこういう所がある。思わず数歩下がるが、狭いこの部屋ではすぐ壁にぶつかっただけだった。


「この心霊現象が起きる条件、ってこと?」

「古永部長受け売りのやつだね」


 半ば諦めてこの前の部長の言動を思い返しながら答えれば、正解だとにこりと微笑まれる。「さすがのヒトミも慣れてきたね」と感心されたが、全く喜べない。

 しかも何気に古永部長の名前までしっかり覚えているし、もしやこれは俺の株暴落の危機…?などと、よく分からない謎の危機感すら感じてしまった。


「ヒトミさ、この女優をどう思う?」


 ハジメに座るよう促され、大人しく従う。言われるがままに映画を観ていれば、隣のハジメが突然そう尋ねて来る。

 何十年も前に撮られた映画の画質は正直言ってかなり古い。服装も作風もかなり年代を感じさせる。だけど、女優がどうかと訊かれると、正直言ってかなりの美人だった。不思議と古臭さは感じさせない、今の時代にいたとしても人気が出そうなタイプだ。


「めちゃくちゃ美人。さすが主演なだけある」

「うん。それじゃあ、ヒトミの好み?」

「いや、嫌いな人とかいなそうな系統じゃない?」

「もう一声!」


 ハジメの謎の勢いに、内心「え、これなんの質問?」と戸惑うものの、雰囲気に押し負ける。


「リアルにいたらファンになりそう!」


 これでどうだ!と言わんばかりの声量で、俺も謎の勢いに乗って答えていた。ノリって恐ろしいな。なんて呑気に考えていると、満足気に笑うハジメが目に入る。

 そこで慣れてきた俺は気が付いてしまった。多分これはやっちゃったのではないか、ということに。


「ハジメ、お前嵌めただろ!?」


 心底楽しそうに意地悪く笑うハジメ越しに、見ないようにしたところで映像がチラチラと視界に入ってくる。ほんのついさっきまで、ただの緩急強めなラブストーリーだったのに。

 荒かった画質は、荒いどころか横に何本も線が入って何が何だか分からなくなっていた。


「うわあああああ!ちょっ、消せないんだけど!?」

 

 砂嵐の音に混じって、野太い男性の声が聴こえてくる。途切れ途切れのそれは、近付いてでもいるかのように徐々に大きくなっていた。

 これは絶対聞いちゃダメなやつだ。早くなる心臓の鼓動に、何故か耳と目は俺の意志に反して異常なまでに画面の方に集中する。本能的に停止ボタンを何度も押すけれど、まるで無駄だった。

 映像は止まるどころか、音はどんどん大きくクリアになっていく。


 バンッ!と、向こう側から画面を思い切り叩くような音がしたのと、ほぼ同時だった。


 "二度と彼女を見るな"


 途切れ途切れのその声が言っている内容を理解した瞬間、俺は完全にパニックになっていた。

 ほとんど半狂乱になりながら、声にならない叫び声を上げる。必死にハジメに訴え掛けて、ポルターガイストやら念力やらで無理矢理映像を停止。からのDVDを取り出させ、そのままの流れで俺は叩き割る。

 ここまでがほんの数秒の出来事だった。体感はそんなもんじゃなかったけれど。


「…割って大丈夫だった?」


 呆気に取られたハジメが、さすがに恐る恐る確認してくる。俺も勢いで割ってしまったものの、内心ちょっと焦り出していた。


「佐渡助けてくれっかな…サドだからな…。いや、花ちゃんなら助けてくれるか…」


 そう呟いて思い出す。花ちゃんも同じ作品を借りていたことを。

 ハジメが指差すまま手に取った俺を見て、「あ、それ私も気になってたんだ〜」と言って。しかも、熱心な映研部員の花ちゃんは古いプレイヤーを持っているとかで、ビデオ版の方を。


「ハジメ!まずい!花ちゃんどうしよう!」

 

 あと、もしかしたら佐渡も。付き合ってるから、一緒に観る可能性は高い。

 とりあえず、2人に観ないよう連絡だけでも入れなければ。ハジメに訊くと同時に、そう判断した俺は慌てて携帯を取り出した。





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