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事故物件日記  作者: 椎野
28/32

骨 (3)



「ねえ、2人とも。ちょっとこれ見て、」


 フラフラと辺りを見渡しながら少し後ろを着いてきていた柳生が、急に呼び止める。何故かその声はか細く震えていた。声だけで呼びかける柳生は、一点を凝視したまま動かない。

 不審に思い駆け寄れば、その視線の先にあるものに気付く。


「なにこれ…」


 柳生が見つけたのは、不自然に掘られた大きな穴と、その中に投げ出された骨の山だった。


「ぶちょー、その骨って、ここから持ってきたんすか…?」

「いや、心霊現象に遭ったって部員が、その時近くに落ちてきたものを拾っただけらしい」


 骨の山に視線を落としながら、ただ淡々と部長は答える。

 俺や柳生とは違い、あまりにも慣れたような態度に、ほんの少し違和感を覚える。


「ただ全員、何か乾いたものが落ちる音を聞いたそうだよ。それが骨かは分からないけどね」

「それを先に言ってくださいよ…ッ!!」


 それなら音がした方へ行かなかったのに!と、涙目で抗議したところで、部長にとってはどこ吹く風。「だって聞かれなかったから?」なんて笑いながら答える部長に、なぜか柳生の緊張もほぐれていく。

 けれど、そんな気の抜けたやり取りもほんの数秒しか保たなかった。

 

 夕方で、日もあまり当たらない林の中とはいえ、ここ最近は夏らしく夜も蒸し暑かった。間違っても、鳥肌が立つほど肌寒いなんてことは、屋外ではありえない。ありえないのに。半袖から出た自分の腕を見てようやく、急な温度変化に気がつく。

 何かがおかしい、そう思い辺りを見渡した時にはもう遅かった。

 モヤが掛かったような、薄く広がる霧。草木をかき分け通って来た道すら、もうどの方向だったかすら分からない。先程落ち着けたはずの心臓は、また慌ただしく動き始める。


「人見クン、一旦落ち着こうか」


 緊張から浅くなる呼吸を繰り返していると、そっと部長が耳打ちする。


「帰り道が、」

「この霧では分からないね」


 緊張で乾いた喉では最後まで言葉が出なかったけれど、部長にも霧は見えているようだった。自分だけではないことに安心しつつ、言われるように呼吸と心臓を落ち着ける。


「ヤナちゃんには分かるだろうから、大丈夫だよ」


 緊張が解けた柳生はといえば、穴を写真に収めたり、辺りを観察したりと、ずいぶんと余裕そうだった。俺よりも薄着の柳生に何も変わった様子がないということは、本当に何も感じていないのだろう。


「ヤナちゃんはね、心霊好きだけど、起こり得ないと思っているから。ファンタジーだからこそ、憧れるタイプなんだよ」


 なんだか、部長もハジメのようなことを言うな。その理論でいくと、柳生は心霊好きな神原みたいなもんか?などと思考を巡らせていると、またどこかで音が聞こえ始める。

 乾いたような、けれど妙に耳に残る音。骨の山を崩したような音は、不規則に繰り返される。まるで、少しずつ近づいているような。それは繰り返されるたび、徐々に大きくなっていた。


「普通なら、音とは反対の方に逃げるかな?」


 怯えから隣の部長に視線を向ければ、ひどく落ち着いた様子で、口元に手を当てそう呟いた。


「でも、僕らはあくまで検証しに来たわけだから、ねえ?」

「むりむり、絶対無理ですよ…!」


 にこやかに同意を求める部長に、何が言いたいのかを理解したくなくて小刻みに首を振る。俺のあまりの狼狽えぶりに、柳生が不思議がりながら近づいてくるのが横目に分かった。


「人見くん、どうしたの?」

「んー?ちょっと気になるものがあってね。ヤナちゃんは、少し離れて、ゆっくり着いて来てもらえる?」


 もちろん、人見クンは僕と一緒に行こうか?そう言って部長に掴まれた腕を、恐怖から力の抜けていた俺には、とても振り解くことなんて出来なかった。


「いやいやいや!音の出所を突き止めて、それでどーするんすか!?」

「もう〜人見クンたら、少しは静かにしてくれないかなあ〜」


 引きずられるようにしながら、ほぼ無理矢理連れていかれるこの状況に、これが騒がずにいられるか!とばかりに俺は話し続ける。

 合間に合間に聞こえてくる音に、聞こえないフリをしたくて声の音量はどんどん大きくなっていく。だけど悲しきかな。確実に音源に近づいているからか、音がかき消されることはなかった。


「ああ、ほらご覧。音の正体はアレだね」


 不意に立ち止まり、そう言い切った部長。俺はあまりの恐ろしさに、顔を上げることが出来なかった。幸い、あたりに立ち込める霧のお陰で、足元すらよく見えてはいなかった。


 ガラガラ、グシャ。ガラガラ、グシャ。


 崩れような、組み立てるような。よく分からない音が繰り返し聞こえている。その音の大きさから、まだすぐそこまでは迫っていないことだけは分かり、肩に入れた力がほんの少しだけ緩む。


「こういうのはね、要は映画と同じなんだ」


 そう近くはないとはいえ、徐々に迫り来る音に対して、なんとも思わない落ち着いた声色で部長は話し出す。


「そこに記録されたものが、繰り返し再生され続けているだけ。たったそれだけのことなのさ」


 映画は撮影した映像で、リアルタイムで起きていることではない。心霊現象もそれと同じ。かつてそこであったことが、その場で繰り返されているだけ。部長の理屈はそういう事だった。

 それがあまりに至極当然のように思えて来て、不思議と恐怖心も薄らいでいく。


「いいかい?人見クン。だから、ただの映像に注意を向ける必要なんてないんだ」


 部長の声に促されるまま、ゆっくりと顔を上げる。少し先には、何かの塊があった。それが上下に動くたびに、ずっと聞こえていた音が繰り返される。

 それは多分、元は人のカタチをしていたのだろう。ただ、何人かは分からない複数が合わさったソレは、もう到底人のカタチをしてはいなかった。

 こちらに向かって進むたび、その内の誰のものとも分からぬ骨の一部が、ガラガラと崩れては落ちる。


「意識しなければ、アレは無害だよ」


 ハジメは俺に、霊の存在自体を否定しろと言った。部長の理屈もまた、ハジメの解釈とは少し違うものの、本質的には同じだった。

 いつもと違い、その場に遭遇しているのは1人じゃないからか、対処法は変わらなくとも妙に心は落ち着いていた。

 ゆっくりと近づいて来ていたソレは、ある一定の距離で止まると、それ以上近付いては来なかった。


「本当に害あるものは、こんなモノじゃない」


 映画だって、電源を入れなければ流れないだろう?それはただの記録の、心霊現象にも同じことが言えるね。じゃあ、この場合の電源って何だろうか?はてさて、これが始まる条件は?

 まるでハジメのような、明らかに答えを知っているであろう口調で、部長は俺に問いかける。


「ねえ、2人とも、」


 俺が考えをまとめるより先に、柳生に呼び止められる。言われた通り少し離れて着いて来ていた柳生は、気付けばすっかり追いついていた。


「誰か来る」


 柳生が来たのとほぼ同時に、つい先程まで立ち込めていた霧はすっかり晴れていた。咄嗟に前へ向き直れば、少し離れた場所にあったはずのソレも、もうどこにも見当たらなかった。

 その代わり、ガサガサと草木を掻き分ける音と、ガタガタと何かを運ぶ音。そして人の足音が聞こえていた。


「あれ?こんなところで何してるの?」


 現れたのは、1人の女性だった。

 年齢は同じくらいか、少し上か。見た目からは年齢があまり読めなかった。色の白い肌に、真っ直ぐに伸びた長く黒い髪。見たことはなかったが、秋田美人とはこんな人のことを言うのだろうか。そう思うくらいに透明感のある美人だった。

 どんな人が来るのかと身構えていた俺や柳生は、すっかり気が緩み脱力する。


「そこの大学生?」

「あ、はい。アタシたちは、」

「ええ。僕ら史学科なんですけど、暇つぶしに探索してたら迷ってしまって」


 柳生が答えようとして、部長がそれを遮るように受け答える。

 部長はそう言ったけれど、俺たちは全員、史学科ではない。そもそも、ウチの大学に史学科なんてものはなかった。史学科があるのは、隣の某有名大学だけだ。


「あら、そうなの。それなら帰り道を教えてあげるね」

「助かります〜!」


 部長はなぜ、嘘をついたのだろう。

 その後は柳生に対応を任せたのか、部長が話に割って入ることはしなかった。女性に道案内を受ける柳生の後ろで、部長が俺に向かって静かに囁く。


「人見クン、きっとこれがその条件だ」


 俺にだけ聞こえる音量で、いつもと特に何も声色は変わらない。だけど不思議と、俺を見る目だけはいつもより真剣だった。


「こういう場所ではね、説明の付かない現象なんかよりもずっと、人間に注意した方がいい」


 幽霊なんてのは、本当は大したことないんだ。みんな幽霊を怖がるけれど、本当は生きている人間の方がうんと怖いのさ。そう言って意味ありげに女性を見た後、部長はまた俺へと視線を戻す。それから、黙ったままゆっくりと後ろを振り返った。

 部長の視線の先には、女性が運んできた物があった。それは、女性1人でも押せるようなサイズの荷車だった。


「さて、人見クンには、何が見える?」


 道に迷った俺たちを案内するために、女性は一旦荷車を脇に置いていた。その際に、上にかけた布が少しズレたのだろう。中に積まれている物が、布の端からほんの少しだけ覗いていた。暗く影になった中で、やけに目立つ白。


 それはまるで、あの穴の中にあった、骨の山のようだった。



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