骨 (2)
大学の部室棟の裏は、大きな公園になっている。
隣町へと続く小川や遊歩道を中心として、自然豊かな森林公園が広がっていた。その敷地は俺の通う大学の敷地をゆうに超えている。
ウチなんかとは比べ物にはならない、同じ駅にある隣の某有名大学よりもこの公園はさらに広かった。
隣の大学とはこの公園を挟んで隣に立地している。とはいえ、同じ最寄りの隣の大学でも、この公園があまりに広すぎるので実質一駅隣の大学くらいの距離感だった。
「なんもない公園だし、ペットの骨でも埋めたんじゃないすか?」
我らが部室棟の裏口に面した公園の一角は、特に何もなく人通りもほぼない。鉄の柵で作られた簡易的な公園の入り口に、あちこち木と草だけが自由に生い茂る。昼間でもどこか薄暗かった。
膝まで伸びた草を掻き分けるようにして、部長と柳生はどんどん先を進んでいく。誘ったくせにほぼ説明もなしかと、引き留めるよう声を掛ける。
俺の声に立ち止まり振り向いた部長の眼鏡は、僅かな光を拾い怪しげに光っていた。
「心霊現象をね、見たって人が続いているんだってさ」
「ここで?そんなに?」
部長が言うには、ここ最近そういったことが続いているらしい。そうは言われても、みんな持ってる!と、主張する小学生くらい怪しい頻度だなと疑ってかかれば、仕方ないなあという顔をしながらも部長は説明を始める。
いや、仕方ないのは無理やり付き合わされている俺の方じゃね?などと、思ったところで口が裂けても言わないけれど。
「隣の映研がね、だから撮影が進まなくて困ってるんだって」
隣の大学の映研は、あまり活動していないようなウチの弱小サークルとはまるで違う。実際に映画撮影も行っているような本格的な部活だった。役者だって、きちんと部内でオーディションがあっての上で決まる。噂では、歴代卒業生から何人も、仕事としてやって行けるような役者を輩出しているとかなんとか。
そんな凄い映研と、なぜかウチのサークルは昔から親交があるらしい。
「幽霊部員とはいえ、人見くんだってウチのサークルが手伝いしてることは知ってるでしょ?」
部長の少し先を歩いていた柳生も立ち止まり話に加わる。
柳生の言う通り、ウチのサークルの数少ない活動の一つに隣の映研の手伝いがある。大昔のOB同士が中高だかの同級生だったとかで、そこからずっとその関係らしい。と言っても、俺は幽霊部員なので、具体的に何をしているのかはほとんど知らなかった。
「そんな話を聞いたことはあるけど、」
「これもその一環だよ」
それが何か?と言い終わる前に、部長が重ねる。
部長と柳生が言うには、手伝いの中身はこちらが引き受けるかどうかで何でもアリらしい。撮影機材の準備を手伝うこともあれば、映研らしく脚本の感想を求められることもある。人手が足りない時は撮影場所の下見にも行くし、移動のために車を出すこともある。それだけ聞くとかなりのパシリ感が拭えないけれど、それを差し引いても得があるのだ。特にうちの部長にとっては。
かつては友情割りがほとんどだったとはいえ、その報酬は一部のマニアにとっては堪らないらしい。
コンクールにも出しているようなクオリティの隣の映研の撮影は、好きな時に好きなだけ見学が出来る。出入りも自由。そして、その完成品を1番最初に観れる特権がウチのサークルにはあるのだ。
「遙さんにね、直々に頼まれちゃったんだよ」
はい、出ました。うちの部長の穏やかな優男から1番かけ離れている部分が。顔には出ていなかったはずだが、内心クイズ番組の早押しもびっくりの速さでひらめきが駆け巡る。
心霊好きな柳生は置いておいて、部長までこうも乗り気なのは若干謎だったけれど、これなら分かる。というか、分かってしまえば理由はこれしかなかった。
「推しの頼みなんて、この僕が断るわけないだろう!?」
名は体を表すとよく言うけれど、この部長ほどそれが当てはまる人間もいないと俺は常々思っている。古永厚支とは、まさにこの人そのものであると。
「古永部長は遙さんに弱いから〜」
あたしはホラーに弱いけど〜などと、俺には全く笑えないネタで柳生は笑い飛ばす。
隣の映研の役者の1人、瀬戸遙先輩は部長が推してやまない人物だった。彼女が高校演劇部の時代から追い続けていると言う部長は、はたから見ればかなり気持ち悪いレベルの筋金入りのオタクだ。
そして、本当は隣の大学に入れるどころかそれよりもっと良い大学にだって行けるレベルの頭脳を持っているのに、うちのサークルの特権が欲しいが為に進路を決めたような変人だった。
「いつも思うんですけど、だから何で隣の大学に行かなかったんすか…」
「だって、あのレベルのサークルに入ったら多分、映研内の仕事に忙しくて遙さんを逐一追えなくなっちゃうだろう?」
あ、聞かなきゃよかった。そういえば、確かこの人がやばすぎたのか何なのか、部員がまるで集まらなかった結果。廃部にならないために俺らの代をかき集めたような人だった。
部長のあまりの返答に、思わず色々と顔に出てしまっていたらしい。「人見くん、顔、顔!やっばいよ〜!」と柳生が部長の後ろで全くやばいとも何とも思っていない様子で茶化す。
「だからね、遙さんのために仕事はしないと」
「あー、はいはい、」
分かりましたよ。そう投げやりに続けようとして、何かが落ちるような音に言葉を遮られる。
遠くのような、近くのような。落ちたような、崩れたような。ガラガラと乾いた音が、夕方の静けさの中、妙に響く。
ぱっと音のした方に顔を向けたが、そこには勿論、何もなかった。ただ、特に手入れもされていない、薄暗い草むらが続いているだけ。
慣れたことに身体は身構えてしまっているのか、ドキドキと心臓の鼓動がやけに大きくなっていく。
「何か音がしたね」
「今の、聴こえてましたか?」
過剰に反応し始める心臓を一旦落ち着けようと、深呼吸を繰り返していると部長が言った。
「なになに?何か聞こえたの?」
一方、柳生は気が付かなかったのか、俺らの反応に首を傾げていた。
嫌な慣れにまさかと思ったけれど、部長にも聴こえているのなら違うかもしれない。柳生は興味のあることしか入ってこないタイプだから、聞こえていなくともあまり不思議ではない。
湿った公園内に、不自然に聴こえた乾いた音。それはまるで、骨の山が崩れたような、なんて。すっかり染み付いてしまった心霊思考に我ながら呆れる。
「こっちの方かな?」
「いや、こっちじゃないすか?」
音がしたのとは微妙に違う方向に歩き出そうとする部長に訂正し、音のした方へと進む。途中、同じように何度も乾いた音が響いたけれど、特に何も見当たらなかった。
部室棟裏の入り口から入って、15分ほどのろのろと歩いていれば、来たこともない公園の奥へと入り込む。そこはもはや手入れがされていないというレベルではなく、公園内かどうか怪しくなるほどには植物は無造作に伸び切っていた。