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事故物件日記  作者: 椎野
24/32

歩道橋 (4)


 あれから数日後。ワイドショーやネットではその話題で持ちきりになっていた。


 勿論、名前も写真も、個人が特定できてしまうような情報は流れていなかった。けれど、地域や内容から、歩道橋の件であることは明らかだった。

 ネットにはあれこれ特定されている情報も転がっていたが、それらを見るハジメの目は冷ややかだった。


「ああなるまで黙ってた人間が、全部馬鹿正直に話したとは思えないけど」

「そうかもな」


 全部真実でなかったとしても。話したことには多少なりとも意味があったと、俺はそう思っていた。

 これでやっと、啓くんを悩ませていた歩道橋の件も落ち着いたんじゃないだろうか。それを確認したいとは思っていたものの、バイトや講義が別だったりで、浅井と顔を合わせる機会は中々なかった。


「お、浅井。久々だな」


 結局、浅井と会ったのは、世間で騒がれるようになってから1週間ほど経った後だった。

 男子生徒らと話をしただけではどうなるか五分五分といった感じだったものの。ニュースに上がったあたりで、もう大丈夫だろうとは思っていた。一応、ハジメと歩道橋の件で間違いなさそうか一通り情報はさらった後、「多分、解決。もう出ないとは思う」と、軽くだが連絡は入れてあった。

 だからまあ、詳細は直接会った時にでも話せば良いだろう。そう思っているうちに、なんやかんやで1週間が経とうとしていた。


「ひとみん久しぶり!この前はありがと〜」


 よく考えれば、浅井とは週に1コマしか講義が被っていないのだから、サークル室に顔を出さなければ学内で偶然会うこともあまりない。俺はバイトで行かないことの方が多いが、常にサークル室に入り浸っているような浅井に、講義以外でこれだけ会わないのは珍しかった。


「浅井、バイトでも始めた?」

「え、別に?」

「いや、そこは始めろよ」

「ん〜、気が向いたら?」

「それ、一生やらないやつじゃん!って、そうじゃなくて」


 相変わらずゆるゆると遊んでいるらしい浅井に何故だか少しほっとしつつ、講義が始まる前にと本題に入る。


「最近全然会わなかったからさ。あの後どうか聞きたかったし」

「ニュースになっててびっくりしたよね」


 浅井もあれが歩道橋の件だと気が付いていたなら話が早いと、あの心霊現象は彼らが原因であったことを簡単に説明する。


「それで、啓くんの調子は?もう霊は見なくなったって?」


 大丈夫だろうと思っていた俺は、気軽にそう聞いた。でも、浅井の反応は、俺の予想とは反していた。


「それなんだけど、霊がいなくなったかは、分かんないんだ」


 なんか色々やってくれてたみたいなのに、ごめんね。と、浅井は申し訳なさそうだった。


「どういうこと?」

「啓、あのニュースを見てから、学校を休んでるんだよ」


 だから、歩道橋にも行っていない。行っていないから、霊が出なくなったのか実際のところは分からない、ということだった。

 浅井は、だから最近サークル室に入り浸らずに早めに帰っていたんだ。そう気が付くと、なんとも言えない沈黙が流れる。霊が出なくなったとしても。啓くんが元気になっていないのなら、そんなのあまり意味ないじゃないか。

 なんと声をかけて良いのか分からずに、俺は情けなくも黙ることしかできなかった。


 しばらくして、沈黙を破ったのは携帯の着信音だった。


 講義が始まり少ししたところで、短い着信音が鳴り響く。後ろの方の席だったとはいえ、教授の声くらいしか響いていない教室内での着信音は目立っていた。

 マナーモードにしていなかったっけ?と、慌てて携帯を取り出すも、着信が来ていたのは俺じゃなかった。隣の浅井は画面を見ると、すぐに席を立ち教室の外へと出て行く。少ししてから戻って来た浅井は、尋常じゃないくらい顔面蒼白だった。


「人見、どうしよう」


 俺のことを、ひとみんと呼ぶ余裕もないくらい焦っているのが手に取るように分かった。

 心臓の鼓動が聞こえるんじゃないかというくらい、浅井の緊張と焦りが伝わって来る。

 講義中だからと極力小声で話してはいても、俺の耳には浅井の声だけがやけに通って聴こえていた。


「啓が、いないって」


 いつもへらへらと笑っている浅井の表情は、固く強張っていた。


「啓、結構ほんとに弱ってて。毎日、夜うなされてるくらいに、」


 だから1人でなんて外出するはずがないと、浅井は言った。


「とにかく、探しに行こう」


 講義は幸い出席日数も足りているし、誰かにプリントを借りたら良い。荷物をまとめると、迷惑そうにする教授を尻目に教室を出る。


「どっか心当たりあんのは?」

「全部探したって」

「歩道橋も?」


 階段下ですらあんなに具合が悪そうにしていた歩道橋に、自分から近付くとは思えない。


「行ったし、いなかったって」

「じゃ、もう1回行こう」


 でも、何故だか歩道橋が気になって仕方がなかった。

 走りながら、尻ポケットに入れていた携帯を取り出す。もうすっかり使い慣れてしまった連絡用アプリを起動すると、1つしか登録されていない番号に迷わず電話を掛ける。


 まるで俺たちのやり取りを見ていたかのように、ほんのワンコールでハジメは電話に出た。




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