図書館 (中)
2階建ての少し古びた図書館は、住宅街に囲まれた一角に建てられている。
出入り口の向かいには開けた公園。隣接した敷地には市営住宅が番号を振られ立ち並ぶ。近くにはマンションや戸建てもたくさんあり、この辺り一帯の子どもたちで公園は賑わっていた。
小さな我が子に付き添う母親や父親の姿に、少しだけ羨ましいような、けれど平和で良いことのような、上手く表現し難い妙な気持ちになる。
「人が多いね」
そうポツリと漏らしたハジメは、久しぶりに見た大勢の他人に戸惑っているようだった。
顔がいい奴は戸惑っている姿すら絵になるのかよ、と別に全く知りたくもなかった新たな気付きを得た。いや、本当に何で気付いてしまったんだ俺よ。
「休みの日だからな〜親子だらけだ。良いことだよ」
「良いことなの?」
「良いことだろ?」
転んだのか盛大に泣き出す幼子に、それに駆け寄る母親の姿は微笑ましい以外の何者でもない。
オモチャを取り合ったのか喧嘩をする子どもたちには、そうやってちゃんと人間関係を学んでおくんだぞ、との念を込めて見ておいた。そういう積み重ねを怠ると、ハジメのように顔でゴリ押すタイプのコミュ障になってしまうからな。
「こんなの、親の自己満足じゃない?」
「そうかもな」
自分の子どもを見ているのかいないのか分からないくらい話に盛り上がっている母親の集団は、俺が子どもの時から何も変わらない。
多分、俺もハジメも、親とあまりいい思い出がないからこんな思考になってしまうのだろう。
「でもさ、楽しそうにしてるなら、それでも良いんだよ」
友達がいないのか、ひとり人形で遊んでいる子どもがいたり、はたまた大勢で走り回る子たちがいたり。ひとりで遊ぶあの子の親は、どこにいるんだろう?そんなことを考えるのは多分余計なお世話なのだろう。
それになにより、俺みたいな微妙な年齢の男が、ジロジロと子どもたちが遊ぶ姿を観察している絵面はどこからどう見ても不味い。非常に不味い。不審に思われたら即通報されかねない。
これが誰もが二度見するレベルに顔がいいハジメだったら通報されないどころか、そこらで井戸端会議を繰り広げているママ友集団から引っ張りだこになるんだろう。なんて、不公平な世の中だと起こってもないことを想像しては勝手に虚しくなってくる。
まあ、ハジメは霊だからそうなることはないのだけれど。
そんなことをグダグダと考えながらも図書館に入る。
入り口には、なんかこう、万引き防止みたいな感じの人感センサーが設置されていて、ハジメはどうなるんだろうと内心ドキドキとワクワクが止まらなかったが、普通に何も起きずに通り過ぎた。少しだけガッカリした。本当に少しだけだけど。
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図書館の中は、空調がよく効いていた。
霊のことを調べると言っても、どんな本を探せば良いだろうか。
試しに設置されている検索ポータルで「幽霊」と入れてみたら、児童書ばかりヒットしてしまった。いや、さすがにそこから勉強し直すほど俺は無知じゃない。無知じゃないはず。存在を信じていなかったとは言え、人並みの知識くらいあるぞ。
気を取り直して「心霊」で検索をかけると、それなりにめぼしいものがいくつか引っかかる。「霊界からのメッセージ」「死者との対話」「肉体の滅び」などといったタイトルの数々。怪しさ満点ではあるが、それなりに大人向けの書籍のようだったので参考にはなるかもしれないと、2階の「思想、心理、宗教」コーナーへと足を運ぶ。
「あれ?ハジメー?」
休日の昼間といえど、2階の専門書コーナーは人がそれほど多くはなかった。それも俺がいる本棚のあたりは特に人が少ない。まあ、人が全くいないというよりも、各々目的の本をさっさと手にして反対側にある自習コーナーで読み耽っている人が大半だった。俺のように、本棚の前を陣取ってあーでもないこーでもないとグダグダと悩んでいる人間はあまり見かけない。見かけないどころか、周りに誰もいないんだけど?あれ?ハジメはどこに行った?
気になって声に出して呼んでみても、ハジメからの返事はなかった。
「ハジメー?」
何度も呼んでみたけれど、近くにいる気配すらない。
俺がこんなに真剣に調べているのに、ハジメは何してるんだよ、なんて。元はと言えば霊についてよく調べていたのはハジメの方で。能天気に構えていた俺はと言えば、調べたほうが参考になるとアドバイスをもらってようやく図書館に来るに至ったレベル。そんなこと全部棚に上げ、いないハジメに心の中で文句を垂れる。
「いやマジでどこいった?」
どさっ、と音を立てて一冊の本が落ちる。
キョロキョロと辺りを見渡しても本は落ちていないので、本棚の向こうを覗き込むとそこにハジメはいた。またどさりと一冊の本が落ちる。
「おい、何してんの?」
「んー、練習」
「練習?」
「物を動かす練習」
ハジメは機械との相性はいいけれど、物との相性は悪い。だから練習、というのは分からなくもないけれど、それは家でやってくれ。いや、片付けるのは俺になるからどっちにしろやめてほしいけれど。
「誰か来たらびっくりするだろ」
そう声を掛けると、ハジメは本はやめて資料閲覧コーナーのPCを操作しに行った。どうか上手くやっていてほしい。
それからしばらく本棚の前であーでもないこーでもないと本選びに熱中していると、またどさりと本の落ちる音がした。
「おいこらハジメ!やめろってば!」
なるべく小声で、かつ素早く注意する為本棚の裏に回れば、そこには一冊の本が落ちているだけで、誰もいなかった。気のせいか?と思い元の場所に戻ろうと後ろを向くと、また本の落ちる音がする。
振り返れば、さっきよりも離れた場所の本が一冊落ちていた。
「ハジメ、またからかってんの?」
いい加減にしろよな!ここは家じゃなく公共施設だぞ!久しぶりの外出だからって、浮かれるにも程があるだろ!などと、後からハジメが聞いたら心外だと不貞腐れるようなことを考えながら、落ちた本を拾いに行けばまた少し離れた先で別の本が落ちる音がする。仕方なくその本も拾いに行けば、また別の本が落ちるのでそれを拾う。
落ちては拾ってを何度か繰り返すうちに、元いた本棚からはだいぶ離れていた。
次々に落とされる本を拾い上げて行くのに夢中になっていた俺は、すっかりおかしな場所に迷い込んでいたことには全く気が付いていなかった。