廃墟 (6)
念のため、今夜は車に乗ったまま家には帰らない方がいいと言うことで、浅井の最寄り近くのパーキングに車は停めて、そのまま朝までカラオケで過ごした。
車をパーキングに停め降りる時に、何故か今度は車の灯りだけを全部つけ、そのまま降りるように言われる。万が一にも人に憑いてこないようにするためだとか。車の回収もよく晴れた日中にするように言われる。
「霊に好かれる人間にはさ、共通点があるんだろうね」
クタクタに疲れて、カラオケですら泥のように眠れている3人をぼんやりと眺めながら、謎に目が冴えてしまっていた俺は暇つぶしにハジメと通話する。
「共通点?」
「そう。まずはその存在を信じていること」
信じていないのは、否定していることと同じ。むしろ否定するよりずっといい。
神原みたいなのは、全く信じていないからほとんど影響されなかったんだろうとハジメが感心する。
「次に、同情すること」
同情はするな、とよく言われているのに上手くいかず失敗ばかりなことを思い出す。
しかしまあ、同情と一口に言ってもかなり曖昧で、何が相手にとって同情に当たるのかはそれぞれ違うと言われたことも同時に思い出す。そんなの、回避しようがない。
「最後に、同情するだけじゃなく、共感して感情移入すること」
共感して感情移入。そう言われてもピンとこないし、流石に自分でもそこまで馬鹿ではないと思う。これは大丈夫だな、と自信を持って頷けば「ヒトミはこの条件全部満たしてるよ」と言われ愕然とする。
「はあ…?俺が?全部?」
「そう」
「いや、流石に共感はしてないって」
「してたよ。覚えてないの?」
そう指摘されあらためて記憶を遡るけど、迂闊に共感した覚えはない。やっぱり絶対にそんなことはしていないと強めに否定すれば、何かを思案するような少しの間があった後「覚えてないならいいんだけどね」とだけ返ってきた。
「そういえば、なんで俺の居場所が分かったわけ?」
いや、有り難かったんだけどさ。と付け加えながらも疑問を口にする。
結構大きな声で話していても誰も起きる気配はなかったので、腕も疲れたしスピーカーに切り替え机の上に携帯を置く。少しだけ瞼も重くなってきていたのでそろそろ眠れるかもしれない。ごろり、と長いソファに寝転び寝る体勢を整える。
「まあ、ヒトミは俺が唾つけてるようなもんだし」
が、その一言でまたしても目は冴えてしまった。
「なあ、やっぱ俺はお前に取り憑かれてんの?」
がばりとソファから起き上がり、机の上に置いた携帯に食いつくようにして質問する。
特に何も困ってはいないとは言え、日々助けられているとは言え、取り憑かれているんだとしたらそれはまずくないのか?
「なあ、なんか言えって」
「悪いようにはしないよ」
「え、マジで取り憑いてんの?」
「さあ、どうなんだろうね?」
「まて、なんで疑問系なんだよ!」
なんと言ってもはぐらかすハジメに、まあ現状特に困ったこともないしいいかと、半ばヤケクソになりながらも諦める。
安心して、少し騒いで、大声を出したらいい具合に身体の緊張も解れたのか急激に眠くなってくる。むにゃむにゃと呂律が回らなくなり、瞼は重く、脳には霧がかかったように鈍くなる。
ようやく眠れる。今日1日は色々あり過ぎて本当に疲れた。こんなことばっかじゃ絶対に身も心も保たない。今後は心霊スポット巡りなんて絶対に阻止するか断らなければ。
寝入りながらもそう固く決意する傍ら、「お疲れヒトミ」そう優しく呟くハジメの声が聞こえたような気がした。
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後日、大学に行けば、例の飲み友達3人に囲まれる。
「あのさ、前に助けてくれたのって、ひとみんの友達?」
「うん、まあ、そうかな」
「というか、一緒に住んでるって言う親戚だろ?お前のお目付役で、かなりの人見知りとかいう」
「いや、まあ、そうとも言うな…」
「霊感があるのか?」
いや3人とも、講義がもう始まってますよ。大講義室の後ろの方の席とは言え、教授が迷惑そうに俺らを見てますって。というか、佐渡は同じ授業を取っているからいいとして、浅井と神原は取ってすらいなければ学部も違うだろ。
静かにしてくれよ、俺はこれ以上単位を失いたくないんだと目で訴えたところで、会話に答えるまで解放してくれるつもりはないようだった。
「見える人ですね」
正確には、俺が見える人で、アイツは霊だけどな。
これ以上説明するのは面倒なので、ハジメが見えることにする。
「うわー!やっぱり!今度から心霊スポット行くのにも熱が入る!」
「いや浅井静かにしろ。そして俺は絶対もう行かないからな!」
なんでお前は懲りてないんだよ!少しは懲りろよ!なんでそう目を輝かせながら楽しそうなこと見つけたって顔してるんだ勘弁してくれ。
もはや俺の理解の範疇を超えた反応をする浅井に頭を抱える。
「いや〜マジで助かったよ。俺はなんも見えなかったけど」
「…人見知りだって言うのに、悪かったな」
流石は神に愛された男神原に、普段の俺様な態度からは想像できないくらいに珍しく控えめな佐渡。ツンが9割9分9厘の男の貴重なデレ成分に、驚きを通り越して感動すら覚える。
「サド、お前謝れたのか…?」
「サドって言うんじゃねぇよ。あと謝れるわ」
控えめだったのも一瞬のことで、すぐさまシルバーリングが背中に食い込んだけど。
騒がしい面々をよそに、いやーこれはやっちゃったな。と背中をさすりながら天を仰ぐ。お目付役兼重度の人見知りの親戚設定どころか、霊感親戚ハジメが爆誕してしまった。
これは、ハジメになんて言おうか?
どんな言い訳を考えたところで、ロクなことにはならない想像しか出来なかった。
講義後、昼なので食堂に向かう道すがら、思い出したように浅井が変な声を上げる。
「そういえばさあ、この前の廃墟だけど、やっぱり行ったことないとこだった」
「は?佐渡とかと行ったことあるって話だったろ?」
「そのはずだったんだけどな〜違ったっぽくて」
何言ってんだ浅井はと佐渡の方を見れば、神妙な顔をして俺を見る。
「ナビは間違いなく、前に行った場所に設定してたはずだ」
あの後、履歴も確認したから間違いはない。少なくとも最初のナビ上では、行ったことある廃墟になっていた。そう佐渡が言い切る。
だけど、行った先はまるで違う場所だった。その時はそんなに不自然だと感じなかったこと自体が不自然なのだが、今思い返せばあんなに山道でもなければ、まるで学校のような造りの建物ですらなかったという。
「それってつまり、どういうこと…?」
佐渡が調べた限りでは、隣の県の当初の目的であった廃墟の近くには、他に心霊スポットになっているような廃墟なんてなかったそうだ。
ナビが狂うまでは最初の目的地通りに進んでいたのだから、そこまで遠くではないはず。けれど、いくら地図上で探そうにも記憶は曖昧で正確な場所はおろか、大体の場所すら見当もつかなかった。
「じゃあ、俺たちが行ったあそこは何だったんだ?」
4人で静かに顔を見合わせる。
昼時でざわざわと人で賑わう廊下に、答えのない神原の疑問だけが妙に大きく響いていた。