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事故物件日記  作者: 椎野
10/32

廃墟 (2)


 浅井が行こうと言い出したのは、隣の県の心霊スポットで有名な廃墟だった。


 隣の県といっても、人里離れたアクセスの悪い場所だったし、車でも1時間はかかる。

 酔っ払いに何を言っているんだと中止に向け舵を切るも、「今日は最初から行くつもりだったので、お酒なんて一滴も飲んでませーん!」と威張られてしまったら止めようがない。

 浅井は酒はあまり強い方ではないし、元々そこまで飲む方でもなく雰囲気を楽しんでいるタイプだったけれど、ここまでの計画的犯行だったとは。流石、遊ぶことに関しては余念がない男である。

 

「あれ?ナビの調子が悪いな〜」


 浅井の運転で、深夜に車を走らせる。

 助手席には佐渡、後ろに神原と俺。全く飲んでいなく元気な浅井とは違い、酔っ払い3人にとってはこの時間はキツいものがある。

 車の揺れにうとうとと瞼が重くなり始めている佐渡と神原に、車酔いで気持ち悪くなってくる俺では、浅井の会話に答える余裕なんてまるでなかった。


「わたりん、前来た時どっちだったっけ?左じゃなかった?ナビは右だって言うんだけど」

「あー、合ってんじゃね?」


 わたりんと呼ばれた佐渡が、さては聞いてないだろというくらい適当に返す。

 浅井は軽い疑問は残しながらも、そう言われるとそんな気がしてきたのか、それ以上は深く考えることなく進んでいく。

 隣を見れば、神原はいびきを立てながら寝ていた。俺はといえば、車酔いなのか酒のせいなのかで回る頭と吐き気を抑えるため必死に窓の外を見る。


 廃れた道路の脇に見えるのは、生い茂った木々だけでそれ以外はほとんど何も見えなかった。

 しばらくそうして車の揺れに耐えていたが、ふと、遠くの方の木の間に人影が見えた気がした。


「あれ?ナビが固まっちゃった」


 同時に、浅井がそう言いながらナビを弄る。

 見えた人影は一瞬のことで、認識したあとに目で追おうとしてもそこには何も見つからなかった。

 前に座る浅井はといえば、人影には気付いてはおらず、ナビの不調にしばらく不思議そうにしていたものの「まあ一本道だった気がするしいっか」と言ってさして気にした様子もなく運転を続けている。


 正直、俺は頭の隅でこれはまずいかもしれないな、と警笛を鳴らし始めていた。

 気が付けば、ずっと森の深くに入ってきていた。

 浅井が目指していたのは、隣の県にあるという戦時中の旧軍事施設の廃墟だということだった。しかも秘密裏に実験を繰り返していた怪しげな施設らしい。しかしそれも良くあるただの噂に過ぎず、真偽の程は定かではなかった。

 少し前に浅井や佐渡が他の友人らと行ったことがあると言うので、まあ大丈夫だろうなと油断していた。


「あ、あれだったかな?着いたよ〜!」


 車を停め、浅井が寝ていた佐渡と神原を揺り起こす。

 2人は眠そうな目を擦りながら車から降りる。だが、俺は一歩も外に出れなかった。

 人影を見たあたりから嫌な予感と寒気がしていたが、敷地内に入ってからは洒落にならなかった。

 絶えず聞こえる耳鳴りに、こめかみを中心に頭が刺すように痛み出す。それだけでも十分やばいのに、車の外になんて出られるはずもなかった。


 心配そうにする浅井に、飲み過ぎたか?と呑気な佐渡、車で寝てればいいよと言う神原。

 あまりの痛みに、俺は何一つ返事をすることができなかった。「車からは出ない方がいい」そう言わなければならなかったのに、口が縫い付けられたかのように動かず、言葉を発することができなかった。


 車の外には、周りをぐるりと囲むようにたくさんの人影があった。

 5人、10人などではなく、一目で数えきれないほどの人、人、人。

 勿論、他の3人には見えていない。なぜだか、外よりも車の中の方が安全だということは分かっていた。

 痛む頭を押さえながら、窓の外を覗き見る。沢山の目が、頭が、瞬き一つせずに車の中を覗き込んでいた。それは全員年端も行かない子供だった。

 その場で固まったように目が合ったまま動けなかった。


 暫くずっと車の中を覗き込みグルグルと周りを回っていたが、入れないことに諦めたのか、気配が遠くなっていく。

 耳鳴りが酷く、頭も痛い俺は、ほとんど意識は朦朧としていた。

 そんな状態でも近くにいるのか遠ざかったのか分かったのは、耳鳴りに勝るほどの笑い声が絶えず聞こえていたからだった。

 瞬き一つせず、なんの感情も読み取れないほどの無表情なのに、声だけは楽しげに笑っている。一人一人性別も容姿も異なるのに、笑い方も表情も例外なく同一だった。何十人ものクスクスとした笑い声が、耳鳴りを抑え頭の中を侵食する。


 何も知らない3人は、子供たちに囲まれながら平然と廃墟の中へと入っていく。



 車を降りなくとも敷地に入ったその時から、俺たちを見て、指差して、クスクスと笑っていたことにも、俺以外の誰一人として気が付いていなかった。

 



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