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虫取り網に捕まってしまう前に

虫取り網に捕まってしまう前に

作者: Shion

ポツポツと果てしなく上から雨が降ってきた。彼は慌てて屋根のある所に逃げ込み、雨宿りをする。体を震わせ、水滴を取った。彼は雨を暫く眺めていると、ふと隣から視線を感じた。隣には子猫がいた。生まれたばかりだろうか。彼には分からなかった。子猫はそっと彼を見つめる。彼は何となく察した。この一帯は野良猫が多い。どこかで産んだはいいものの、育てる責任を放棄し、子猫を置いてどこかへ旅に出る母猫も少なくない。恐らくこの子猫もそうなのだろう。

「やあ。君も親に捨てられたのか?」と、話しかけてみた。 「…」と、言葉は発しなかったものの、首を振って否定しようとする子猫を見て、育てなくてはならないと、彼は決心をした。彼は子猫を後ろに抱え、歩く。普段住処としている拠点に戻った。「よし、ここなら安全だ。ほら、話してみろよ、名前はなんだ?」と聞いてみる。すると、「ヌビア…」と、小さな声で返事をした。「ほう!お前はヌビアっていうのか!俺はクシュっていうんだ、よろしくな。」と伝えた。「ここら辺にはな、俺たちみたいな奴らが沢山住んでんだ。今ここにはいないけど、アクスムとかマリとか。」ヌビアは一安心したかのように、急に泣きだした。 「おい、待て待てよ、急に泣くんじゃねえよ、焦るだろ。まあとりあえずゆっくり説明してやる。この街は広いしヌビアがまだ知らねえことも沢山あるだろうからな。まずこの街は、人間と猫が共存して暮らしているんだ。人間の家の中で過ごしている奴らもいれば俺たちみたいに外で雑多に暮らして居るやつもいる。猫それぞれだな。 まあ結構ここら辺に住んでるやつらは優しいぜ?あそこの家に住んでるやつはおっかねえけどな。漫画みたいな体してて、アパートなのに女を取っかえ引っ変えしてるぞ。 ほら見てみろ!」そういって子猫の手を掴み、目の前の光景を見せた。男の家から出てきた女が帰路につき、男は煙草を吸いながら窓から帰って行く女を眺めている。「でもあいつな、意外と優しいんだぜ?びっくりだろ。」と、クシュは笑い飛ばすと、ヌビアの頬にも少し雨が止まった。「ヌビアの過去の話、聞かせてくれないか?」クシュはそう聞いた。少し迷ったような素振りを見せた後、ヌビアはこう話した。「私ね、ちょっと前まで飼われてたの。私のお母さんは、とても優しい飼い主の所で過ごしてたんだけど、訳あって別の人の所に引き取ってもらうことになったんだって。そこで新しい生活を過ごすことになったんだけど、そこの飼い主は前と全くの別人だったそうよ。扱いがかなり酷かったらしくて。そんな中で私が生まれた。もうあとは分かるでしょ?ごめんね」と。 クシュにとって、それは珍しかった。アクスムもマリも、勿論クシュも、皆野良猫として母親に捨てられ、たまたま集まって出来た集団だった。3人ともそれぞれ境遇は少し異なるが、何となしの成り立ちは統一されていた。ヌビアは続けた。「だから私今日逃げ出してきたの。飼い主がいない間に。怖かったから…。」

「もう何も言うな。大体分かったから。」と、クシュは呟き大雨が降った後と同じように顔が濡れた彼女を胸の中で抱いた。その時間が彼と彼女にはとても短い時間に感じた。

そうしてヌビアはクシュ、アクスムと共に過ごすようになった。朝起きて、ご飯を取りに行って、一緒に話したりする時間がとても幸せに思えた。今までの人生全てを投げ、新しく生活する新天地は、彼女にとっては天国のようだった。そんなヌビアをクシュはじっと見つめた。幸せそうでよかった。と。アクスムが普段行っていた狩りに、ヌビアも同行する事になった。そこでアクスムは強く驚いた。ヌビアの狩りのセンスはずば抜けていて、自分の出る幕が無くなりそうになっていることに気づいた。帰宅後、アクスムはクシュに伝えた。

「ヌビアは天才かもしれない。ここに置いてていいのか?」 「どういう事だ?アクスム。」そう呟いた。 「あのな、クシュ。お前は前からそうだが、自分が育てた猫に対して愛情を注げすぎなんだよ。自分の事分かってるのか?仕事を思い出せよ。」 「あ、ああ。分かってるさ。頃合いだろ。とりあえず俺は協会に伝えてくるから。それまでは待っててくれないか。」クシュはそう言うと、外へ出ていった。ヌビアはアクスムに対し、疑問を浮かべたような目で見つめる。そうだ。彼女は何も知らないんだから。そうなっても仕方が無いんだ。「ヌビア、そろそろ寝るか。」アクスムはそう言うと、寝っ転がった。「アクスム、クシュはどこに行ったの??随分深刻そうな顔をしてたけど」 「あいつなりの悩みなんだろ。あいつはな、俺たちの思ってる以上に純粋だからな。だからいつ壊れてもおかしくない。まあ、俺が監視みたいにあいつの隣にいる時間が多いのはそういう事だよ。」 彼女はなるほどね、と言う顔をし、眠った。

一方、クシュは1人外を歩きながら、物思いに耽る。そうしてあの男の家に向かった。 「おう、クシュか。どうした?」そのアパートに住んでいる男は猫語で話しかけ、クシュを部屋に入れた。クシュは涙目で現状を話した。「優れた才を持つものは協会に入れなくちゃならないんだ。ヌビアの場合は狩り。狩りが長けてる。だから協会に連れて行って、彼女を協会の猫として使えるようになるまで狩り以外、いわば生活面における成長をさせるのが俺たちの仕事なんだ。」クシュは、涙が止まらなかった。「少しの間だったけど、幼い彼女を連れていくことなんて出来ない。どうしたらいいと思う?」とクシュは尋ねた。「わかんねえけどよ、そういう仕事なんだろ?だったら仕事は絶対に果たさなきゃいけねえ。だけどよ、お前は仕事を優先するのか?何があっても。お前の気持ちを見せるんだよ。お前は前にも言ってたじゃねえか。協会に行くのは死にに行くようなもの。二度と会うのは愚か、生きているかどうかも分からないまま。ってよ。そんなとこにヌビアを連れて行ってしまっていいのか?」確かにそうだ。クシュは立ち上がった。「俺、あいつだけは守りたいんだ。ありがとう。恩に着るよ。」クシュは家を出ると、拠点に戻った。

次の日の朝、アクスムが起きる少し前にヌビアを起こした。 「頼む、逃げてくれ。このままじゃ俺たちは二度と会えなくなってしまう。最悪会えなくてもいい。だけど俺はせめてヌビアに幸せな人生を送って欲しいんだ。協会がきちまう。」そう伝えると、ヌビアは「そんなのやだ!絶対に嫌だ!私はクシュのおかげでここに来て、クシュのおかげで生きることの楽しさを知ることが出来たの!」ヌビアは涙を流した。そうするとアクスムが起き上がった。「話は聞かせてもらったぜ?お二人さんよ。悪いなクシュ、分かってると思うが、そういうことなんだよ。昨日の夜に協会の話は俺からさせてもらった。俺もお前と同じ意見だ。俺もヌビアには自由に生きて欲しい。じゃあな、ヌビア。」そういってアクスムはヌビアを外に出した。「アクスム…」クシュは目に水滴を貯め、呟くと「おい、クシュ。涙ぐらい拭けよ。俺がお前のこと分かってないと思ってんのか?お前がそうする事なんか俺には分かりきってたさ。だけどよ、俺もヌビアには自由に生きる権利が残ってると思ったんだ。協会の犬なのかもしれない。しかしな、俺たちには無いものがヌビアにはあった。そんなお前の隣に俺がいなくちゃな。」そう言うとアクスムは外へ出た。協会の猫と言い争いをしているのだろう。疲れに取り憑かれたクシュは眠った。目を覚ますと目の前にアクスムがいた。「何寝てんだよ、起きろ!行くぞ。」そういって、連れていかれた先は住宅街だった。「見ろ。」そういったアクスムを横目にそこを見ると、死んだ状態で倒れているヌビアを見つけた。「嘘だろ…どうして。」「俺も分からない。ただ1つ分かることはヌビアはもうこの世にいないってことだ。」 玄関前に倒れているヌビアを背に拠点に戻った。



涙を拭き取る作業に時間をかけすぎてしまった。だが、クシュにはやるべき事が1つ出来た。それは、消えたヌビアを探すことだった。

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