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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第二章 青の色
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第97話 目指す夢の色

 プラエド号、調理室。そこで、翔は昼食に出す予定のアクアパッツァの下処理をするために包丁を握って、魚と向き合っている最中だった。朝食には間に合わなかったため、急いで昼食に向けて準備をしているところではあったが、どうにも気分が乗らず手が止まっている。


 その原因は、間違いなく自分自身であり、そしてレギナのことだった。


「相変わらず暗い顔ね。アンタが笑ってる顔、会ってから一度も見たことない」


「……ウィーネさん。そういえば、久しぶりですね」


「海水の上って嫌なのよ。なんか重っ苦しくて、あんまり外に出たくないの」


 最後にウィーネが顔を出したのはまだ翔がこの船の牢獄に繋がれている時だった。小指ほどのサイズのウィーネがまな板の上の魚をつっつきながらペタペタとまな板の上を歩いているが、そんな彼女に御構い無しに魚の頭を取り外して下処理を進めてゆく。


 やはり、気分はあまり乗らない。


「そういえば、アンタ。サリーにあったの?」


「いえ。まだ……というか、最後に会ったのが一ヶ月も前のような……」


「そう……、あいつもだいぶ弱ってるから。あまり姿を見せないのかもね」


 翔の頭の中に浮かんだサリーの最後の姿は、赤かった髪を灰色にして一気に老け込んでしまったかのような姿をしているサリーだった。彼女のいう通り、彼もまた自分と同じく弱ってしまっているのかもしれない。


「……そういえば」


「何よ」


「俺……、最近夢というか……幻覚というか……」


「そう。なら、しっかりとお医者さんにかかった方がいいわね。それも、頭の方の」


 片手をヒラヒラとさせながら、その場を去ろうとするウィーネ。しかし、そんな彼女を引き止めるように翔は声を上げる。


「そうじゃなくってっ。えっと……説明が……。俺、多分。この剣の前の持ち主のことを……夢で……知ってるんです」


「……え?」


 ウィーネの動きが止まった。後ろを振り返り、ウィーネの視線と翔の視線がぶつかる。彼女の目は驚いているのか、それとも落胆しているのか、それとも喜ばしく思っているのか、それらを翔は読み取ることはできない。しかし、彼の口から出た突拍子もない言葉に驚いている様子だった。


「……それって。アンタみたいに黒髪で。捨てられた子犬のような黒い瞳の、幼なげのある顔をしてるけど、大人ぶって微笑を浮かべてる男で間違いない?」


「……おそらく」


「……」


 翔の答えに固まった表情の中、ウィーネが下を向く。しばらくして、パタパタと彼女から水が滴るような音が調理場に響く。


 彼女は泣いていた。


「ウィーネさん……」


「アンタ……っ。アンタが見たのは……、間違いなく。アイツよ……っ、あのバカ……っ、底抜けのバカ……っ!」


 膝から崩れ落ち、その場で顔を覆ってその体躯に似合わないほどの大粒の涙で調理場のまな板の上を水浸しにしている。


「ウィーネさん。多分ですけど……あなたは、最後。彼と一緒じゃなかったんですよね?」


「そうよ……っ! 私たちなんて、契約者の道具なのにっ! それなのにあのバカっ、みんなで死ぬ必要はないって……っ! 私は……一緒に……っ!」


「……すみません。こんなことを言って」


「……でも。これで、はっきりしたわ。アンタ……」


 ウィーネがゆっくりと立ち上がると震える人差し指で翔のことを指差す。涙を噛み締め、必死に言葉を紡ぎ出そうと息を荒くしている姿には、鬼気迫る何かを感じずにはいられなかった。


「アンタは……っ! あの剣を受け継ぐ者っ、あのバカの意思を継ぐために生まれた、世界に裏切られ、勇者と讃えられた道化の魂を受け継ぐ人間……っ!」


「……世界に……裏切られた……? 道化?」


「そう……、アンタには話さなきゃいけないわね。あの剣の呪いと、それを持っていた男の話を」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 かつて、一人の男がいた。


 男は別の世界から、巨大な翼のついた船に乗ってやってきた。


 王が男に与えられた使命はただ一つ。


 この世界に住む、世界の反逆者、無色の民の殲滅。


 男は、与えられた使命を淡々と冷徹にこなしていった。


 その手で、多くの命を刈り取り、打ち取り、燃やし尽くしていった。


 そして、最後には無色の民の住む、その国を己の命と引き換えに消し去った。


 ここまでが、誰もがよく知る御伽話の事の顛末だった。


 しかし、真実はそうじゃなかった。


 男は、無色だった。


 勇者と讃えられるべきだった男は、忌み嫌われる色を持っていた。


 そして、与えられたのは使命ではなく、命令だった。


 男には大切な人たちがいた。色を持つ民は、それらを人質に男に命令をした。


『その命と引き換えだ。この剣で無色の悉くを滅ぼせ』


 王に男は従うしかなかった。


 気が狂うほどに多くの命を奪っていった。


 気が狂うほどに多くの命が両手からこぼれ落ちた。


 男も、女も、幼子も、全てを手にかけ、男の心は壊れていった。


 憎しみも、怒りも、悲しみも色を持つ民へと向けられた。


 しかし、大切な人を奪われないために。


 男は己を殺し、剣を振い続けた。


 そして、最後の時がやってきた。


 男は、剣に封じられた七つの色を解放し、色無き民の悉くを命じられた通り滅ぼした。


 そのあとのことは、誰も知らない。


 男が無色の民を消し去った跡地には国ができた。


 その国は王都と呼ばれ、その地では多くの色を持つ民が暮らしている。


 今一色 翔が、彼の剣を手にするまでの数千年。


 世界は、その真実をひた隠しにしていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「いやぁ。うめぇなやっぱ大将の料理はっ! おい。悪いことは言わねぇから俺の船で働けよっ!」


「アハハハ……、それはちょっと……」


 甲板の上、青空のもと行われる昼食。そこではプラエド号の船員たちが翔の作ったアクアパッツァに舌鼓を打って過ごしていた。船員たちの表情も、今まで食事風景とはちがい、どこか明るく楽しげに見えた。


 ただ、一人。翔を除いて。


「なんだ。暗い顔して、腹でも壊したか?」


「いや……そういうわけじゃ……」


 歯切れの悪い翔に、肩を組んでいるレベリオが訝しげにその表情を覗き込む。それもそのはずだった、ウィーネから聞いた話はあまりにも辛く悲しい話だった。あのパレットソードの前の持ち主の気持ちは、今の翔になら痛いほどにわかった。


 大切な人を人質に取られて、成す術のないまま命じられた通りのことしかできない。


 その息苦しさを翔は知っている。


「大将、まだあのお嬢のことで悩んでるんか?」


「……まぁ、そういうことにしてください……」


「なんだ妙に歯切れが悪いな。いいか大将、お前さんの人生は、お前さんにしかどうこうすることができないんだぜ? そんな暗い顔で人生送ってみろ、これから何年、十何年先も暗いまんまだ」


 酒瓶を片手に、レベリオは周りの船員たちに呼びかける。その呼び声に、船員たちは「まさにその通り」と言わんばかりに声高らかに、翔のことを励まそうと肩を組んでくる。


「俺には夢があってなぁっ、こんな狭い海を飛び出して、いつか大空にこの船を飛ばして、こいつらと一緒にいろんな土地を駆け巡るんだ。海も、空も、地上もその全てを駆け巡るキャプテンレベリオっ! かっこいいだろっ!」


「船長っ、それ初耳ですぜっ!」


「あれ、言ってなかったけかっ!」


 レベリオの言葉に意外だという表情を浮かべる翔。その言葉に驚いたまま大声で笑い出す船員。賑やかであることには間違いないが、あまりにも自分には場違いすぎると苦笑せざるを得なかった。


 遠い水平線。こんなにも広い海ですら、彼にとっては狭いのかと。改めて、自分という存在を受け入れてくれて船員と認めてくれた彼の度量の広さと懐の広さには感心せざるを得ない。


「大将。お前には夢はないのか?」


「夢、ですか……?」


「あぁ、そうだ。夢だ。恋焦がれて、身を焦がして、届かないとわかってても、それでも追いかけちまいたくなる夢っていうのがよ」


 レベリオの問いかけに、翔は困ってしまう。


 子供のころの夢は、一登よりも強くなることだった。何度立ち合いをしても勝つことができない、彼の背中に追いつきたくて必死だった。


 しかし、一登はもうすでにいない。


 この世界にきてからは、夢なんて大層なものではなかったが。リーフェがいて、ガルシアがいて、メルトがいて。イニティウムのみんなと一緒に笑って過ごせたら、それだけでよかった。


 しかし、リーフェもガルシアも、イニティウムも今はない。


 今の自分が追いかけるべき夢。


 それは、イニティウムに帰ること。


 メルトに会うこと。


 けど、それは叶わない。


 無色である限り、またイニティウムに炎が戻る。


 無色である限り、また誰かに追われることになる。


 そうなれば、また誰か大切な人を不幸にしてしまう。また大切な誰かを目の前で失ってしまう。


 そうならないためには、


 そうしないために。自分にできることは。


「俺は……無色の人間が……生きててもいいと……」


 そうだ。これは、自分一人だけの問題ではない。


 この世界に生きている多くの無色の人間が抱える問題だ。

 

 レギナも含め、この世界には色を持つものと、持たないものの間にある溝はあまりにも深すぎる。そして、それは古くからある聖典に書かれていることが元凶と言っても差し支えない。


 なら、自分にできることは。


 この剣を、パレットソードを持つ自分にできることは。


「レベリオさん……俺は……」


『正面っ! 船影を捕捉っ!』


 船の見張り台に立っていた船員が声を上げ甲板全体に状況を報告する。その瞬間に、先ほどまでの明るい空気が一気に緊張の糸が張られた空気へと切り替わる。


 翔の元をレベリオが離れ、腰に備えてある望遠鏡を広げ船の船首で正面からやってくる船の姿を確認する。


「……貿易船……だが。旗を上げてねぇ」


「つまり……?」


 レベリオが覗き込んでいた望遠鏡をたたみ、腰に戻す。


「海賊船だ」


一人でも多くの読者が増えますように、一つでも多くの感想をもらえますように。

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