第93話 隠した色
イニティウムの惨劇からはや半年以上、件の重要参考人である今一色 翔の行方についてわかっていることは少ない。アエストゥスでの火災で、一部目撃情報らしきものがあり、ポルトスでの目撃情報を最後に彼と、そしてレギナ=スペルビアの消息は完全に不明になってしまった。
全ては思惑通りに事は進んでいる。
常に冷淡であるアランの表情が少しだけ崩れる。彼は、現在王都からの招集によって再び王都の中心にある晴れた昼下がりの落ち窪んだ城へと足を運んでいるところだった。
「おや。アランさん、いつも難しい顔をしている貴方が、少し笑ってましたかぁ?」
「……別に。お前には関係のない話だ。ユークリッド」
隣で亡霊のように歩いていたユークリッドの声に辟易しながら、城の内部にある塔を目指してアランは足を進める。頭の中で、どうしていつも城に来るたびに不愉快な男と会わなくてはならないのかとアランは考えていた。
「相変わらず連れないですねぇ。今日もまたサーの下へ向かわれるのですかぁ?」
「でなければ、こんな攻めやすい城にわざわざ来ない」
「ハハハ、攻めやすい。確かに、ですがここは聖典の聖地。最後の無色の民殲滅を行なった由緒正しき場所です」
ですが、とユークリッドは付け加える。
「私たち一番隊《最強》がいますのでご心配なく」
睨み合う両者お互いの手が腰の獲物に伸びる。しかし、先に両手をあげ降参をしたのはユークリッドの方だった。その表情は酷くにこやかではあるが、その目の奥はどこか歪んでいるものをアランは感じた。
「やめましょうか。今日は司祭の説教の日ですので」
「……気をつけて行くといい。俺は、どこからでも貴様を狙ってる」
「それは怖いですねぇ。流石は、最初に九番隊の隊長候補に選ばれただけのお方なだけはあります」
「……消えろ、気の変わらないうちに」
アランの前からユークリッドは聖典の一ページを模したペンダントを首から下げ直し離れてゆく。ようやく嫌味な男が離れていったと思い、ため息をつきながらユークリッドに背をむけアランが歩き出そうとした瞬間だった。
「そういえば。あの隊長、今リュイに向かっているそうですねぇ」
「……は?」
「いやはや。余計なことを言いましたか、では。また今度」
アランに背をむけ、ユークリッドは教会へと向かう階段を降りて一度も振り返ることなくその場を去っていった。
アランの頬を冷たい汗が伝う。
現在九番隊で集めている情報以上にユークリッドがレギナと翔の動向を情報として握っている。それは、一番隊として追っているのか。
それとも。
自然と塔へと登る階段の足が速くなる。頭の中ではことがうまくいっていると思っていたが、彼らは現在新しい脅威に阻まれているのかもしれないと思えば自然と気持ちが逸る。
塔の一番上。そこにある部屋の前の扉の前に立ちアランがノックをしようとした時だった。
『入りなさい、我が旧友』
「……失礼します」
呼吸を整え、扉を開ける。開けると、そこはいつもと変わらない古い書物の臭いと優しい紅茶の香りで満たされていた。そして同じくいつもと変わらない銀髪の初老のハーフエルフのペンドラゴンがアランを温かく出迎えている。
「また会えて嬉しいですよ。我が旧友、さぁこちらへ。ちょうど紅茶を淹れたばかりでね」
「……いただきます」
ペンドラゴンに招かれるがままにアランは椅子に座り、差し出された紅茶に手をつける。口に含めば、少しだけ苦味を感じる茶葉に程よい香りが口の中に広がり先ほどまで感じていた逸る気持ちが少しだけ落ち着いたように感じた。
さて、とペンドラゴンが切り出す。
「あれから。あの隊長の消息について、わかっていることはあるのかね?」
「……我々の調査の下、彼らの消息を追いました、結果。ポルトスでの目撃情報を最後に消息が不明になっています」
「ふむ……、彼らは。海へと渡った……と?」
「アエストゥスの外を出たとなれば捜索は困難になります。ましてやリュイとなると……」
「……なぜ、リュイへ向かったのだと思ったのかな?」
思わず口からこぼれた言葉にアランは思わず顔を顰める。そんな表情を見たペンドラゴンは手元のカップから紅茶を一口の飲むと少しだけ微笑んだ表情をアランに向ける。
「相変わらず、私はお茶を淹れるのが下手ですね。君たちみたいに美味しく飲んでくれるのはとても嬉しい」
「……ユークリッドが、レギナの消息を追っています。先ほど下で、彼らはリュイに向かったと口に」
「ふむ……彼、ですか」
アランの言葉に、再びペンドラゴンはカップに口をつけ紅茶を啜ると少しだけ目元の皺を指を置き何か考え込むとカップをソーサーの上に戻す。
「彼は、王都聖典教会の中心人物でもあります。おそらく、彼が彼女の行方を追っている目的は一つでしょう」
「……無色狩り……」
「今回は《《偶然》》にも、イマイシキ ショウが動いたことで彼らの手から逃れることができましたが、それも時間の問題でしょう。彼らは無色の人間を狩るのには手段を選びません」
無色狩り。王都聖典教会の裏で暗躍していると言われる、無色の人間を狩るためだけに存在する『収集師』と呼ばれるエリート魔術師のグループ。アランの頭の中に浮かぶのは彼らが訪れたとされる温泉街での火災の一件。
あれも、まさか。
「……私は、どうすれば」
「……信じるのです。彼女の生存を、彼女の生き方を」
「信じる……」
「彼女と貴方は、私が育て上げた、どんな騎士よりも強い心と力を持つ騎士です。まだ、貴方が彼女のことをまだ妹のように思うのであれば」
妹。
その言葉を聞き、アランの頭の中は過去へと戻る。
ペンドラゴンが連れてきた、生意気な幼い少女。
父親を失った時、自分に新しくできた家族。
共に、剣を振い。同じく、ペンドラゴンを父のように慕った。
「貴方が、何をしようとしているのか私には手に取るようにわかります」
「……」
「だがきっと、その思いは報われることはないでしょう。それでも。たとえ、私を敵に回しても、貫けると貴方は私に誓えますか?」
ペンドラゴンの問いかけに、アランは思わず視線を外してしまう。しかし、一度はした覚悟だ。もう、すでに後に引くことはできないところに来ている。
走り抜けることはできるか。
何度自問自答をしたことか。
「失礼しました。サー」
「……また、会いに来てくれるのを楽しみにしてます。我が旧友」
カップをソーサーの上に置き、アランは立ち上がって出口へと向かう。その足取りは確かなもので、迷いは一切ない。きっと、この扉を潜るのもこれが最後になるだろうとアランは思った。
それが、きっと私の覚悟なのだろう。
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「話は以上か、収集師」
「あぁ、以上だ」
周りが全て白い大理石でできた聖堂の中、その地下にある空間で数人の男たちが丸く大きなテーブルを囲って会話を行っている。その男たちの特徴はといえば、全員が白い法衣を着て首からは聖典を模したペンダントを下げている。真ん中には、一冊の分厚く古びた本が置かれており、これがこの聖堂が聖堂と呼ばれる所以だ。
「あの女は生きて捕らえることに変わりはない。だが……問題なのはだ」
一人の男がそんな言葉を零すが、その言葉に全員がかすかに首を縦に動かし同意をしている。
「イマイシキ ショウ。あの男は一体何者だ」
「調べでは冒険者と聞いていますねぇ」
一人の男の疑問にもう一人の男がそれに対して答える。そして冒険者と聞いて周りがざわめき始める。たかが冒険者が一部隊の隊長をさらったということではなく、自分たちの最強の魔術師部隊の一人がたかが冒険者に追い詰められたということに驚いているのだ。
「たかが無色の人間にここまで手強されるとは思わなかった……」
「聖典の道から外れた、異端者ごときに……おいっ! 今度捉え損ねたら、貴様の首を聖典の名の下に捧げるぞっ!」
さっきとは別の男が声を荒げて、一人の法衣を着込んだ男を指をさして怒鳴り散らす。一斉に視線は指を向けられた男に注がれる。それもそのハズだった、すでに一人が殺され、今までとは違うこの異常事態に全員が焦りを感じていた。
「死体は回収してる。もう一つの計画に支障はない、あとは他の収集師がどのような動きをするか」
「焦らないようにしてくださいねぇ、チャンスは無駄になさらないようにしてくださぁい?」
さもないと……
次の瞬間、空気がまるで一瞬凍結したかのように冷たい空気が静かな聖堂を支配する。全員が息を止め、指ひとつ動かすことができない。そしてその中の一人が生唾を飲み込む音がした時、その人間から出たとは思えない殺気は解けた。
「あの女『色落ち』を粛清するのは、この私ですから」
その殺気を放った張本人。その男が法衣のベールを取る。そこに現れたのは嗜虐的な笑みを浮かべた男、ユークリッド=アレクセイだった。
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「当時の私は、まだまだ軍にも慣れず自分の手を血で汚すのをためらっていた時だ。しかし、王都騎士団九番隊隊長に任命されてそれが転機になった。元隊長のガレアと一戦交えた時に私はわかったのだ。自らの手を汚すのは他ならぬ自分なのだと、そこから私は隊員と向き合うことから始めたのだよそして、多くの町を行き来していく中でも私は思ったのだ。ここに性別の垣根など存在しないのだと。当然軍にいた頃は女騎士と馬鹿にされ、私の扱いなどオークの性奴隷になるのがオチだとか言われていたものだ。だが、互いの理解は重要だ。だんだんとそれぞれの願いというのが、想いというのがわかってきたのだよ。部隊の中にも当然私のことを女と知って求婚を頼み込んできた者もいた、だがそんなものではないのだ。熱意だ、熱意。しかし……今はこんなボロボロの船に乗せられ……ましてやわけのわからない剣術を使う精神が壊れてる冒険者と一緒に旅をすることになるだなんて……一体どう責任を取ってくれるというのだっ! 責任者を呼べっ! そう、人生の責任者だっ!」
ここまでの話、全部レギナの話だ。片手に酒が入った木製のコップを持ち、延々と喋っている。そう、彼女は酔っ払っているのだ。普段の彼女は無口だ、しかし酒が入るとこんなにも人とはしゃべるものなのか。呆れを通り越して感心すら翔はした。
ちなみに、彼女は一口しか飲んでない。
「おい、大将。この女黙らせるか殺すかしてくれないか? それにさりげなくこの船のことボロいとか言ってたぞ」
「そんなこと言われましても....」
隣座っているレベリオがこめかみに血管を浮かべさせながら弾くついた頬で話しかけてくるが、本当にこうなった人間はどうすることもできない。それは居酒屋のバイトで十分に分かっているからだ。
話は、五時間前に遡る。
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