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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第二章 青の色
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第92話 溝の色

「おいっ! ロープの結び方が緩かったぞ新人っ!」


「すみませんっ! すぐ直しますっ!」


 船長室で、レベリオから船のクルーとして働くことを命じられてから三日ほどの月日が経った。


 三日間寝続けで鈍った体は、仕事の激務の中で徐々に回復しつつありほとんど死ぬより以前の体の調子を取り戻していた。そして、現在翔は船の新人として主に甲板の上での軽作業、同伴での夜海上の監視を命じられ奔走している。


 レギナ曰く、この船は海賊船であることには間違いないらしい。しかし、この三日間で船員たちと触れ合った翔の感想は、少々言動は荒いもののどこにでもいそうな気のいい船乗りといった感じだった。確かに、一度死んだ時の夜にとんでもないことが起きてから奇異の目で見られることは多いものの、一度船長から仲間として迎え入れる決まってからの対応は普通に厳しく、といった具合だった。


「精が出るな」


「あ、レギナさん。おはようございます」


 指摘されていたロープの結びを翔が直していたところにレギナがやってくる。時間としては朝の九時過ぎだろうか、変わらず穏やかに延々と続く海と空の青さが眩しい。レギナは翔と違い、船員たちが雑魚寝で寝る船内ではなく、レベリオから一つ部屋を与えられてそこで寝食を過ごしている。


「レギナさん、体調は大丈夫ですか?」


「悪くない。癪だが、あの男の出した酔い止めの薬はよく効く」


 そう答えるレギナは倉庫で嘔吐していた時よりもはるかに調子は良さそうだった。かくゆう翔も、レギナと同じ薬を飲んでおりその効果は絶大なもので船酔いの『ふ』の字もないほどに快調である。


「レギナさん、今日空いてますか。時間があったら、また稽古をつけてほしいです」


「私はいつでも平気だ。貴殿のようにこの船で労働をしているわけではない。正直にいえば、暇だ」


「なら、昼飯が終わってからまたお願いします」


 翔の言葉にレギナは少しだけ頷くと踵を返して、再び船室へと戻ってゆく。


 あの一件以来。翔が死んだあの日以来、レギナとの間には妙な溝のようなものができたような気がして翔はならなかった。元々二人の間には埋めようのない溝がある、しかしそれでも二人はこの長い旅の中で少しずつ、スプーン一杯分の土でもって溝を埋めてきたのだ。


 その溝の正体を翔は知らない、そもそも知る余地もない話だった。


「おいっ! 無駄話してる暇があったら手を動かせ新人っ!」


「あ、はいっ!」

 

「返事の前に『あ』はいらねぇんだよっ! ナヨったらしくしゃべんじゃねぇっ!」


「はいっ!」


 船員は翔には厳しい。しかし、それは決して嫌な感じはしなかった。むしろ、あれだけのことがあって、妙な壁を築かずに接してくれるのはありがたかった。


 改めて思う、この人たちは本当に海賊なのかと。


 翔の思う海賊のイメージは、横暴で、傲慢で、それでもって理不尽で、優しさなど微塵もないほど残酷な人物だと思っていた。確かにレベリオに言うのであれば、その気も感じなくはないのだがそれでも翔のイメージする海賊とはかけ離れていた。


「あ? 俺たちが海賊かって? そりゃそうよ。海で物ぶんどって、それで生計を立ててるんだ。それを海賊と呼ばないでなんて言うんだ」


「でも俺、海で海賊やってるとこ。一度も見たことがないんですけど……」


 青空の下で甲板の上で行う昼下がりの食事の時間、翔は一番最初にこの船で尋問された灰色狼の頭をしたこの船の甲板長を勤めている獣人、リヴから話を聞いている。ちなみに今日の食事は海で取れた新鮮な魚の丸焼きと、保存食のパンである。


「海の上で海賊はやらねぇな。俺たちがやってるのは貿易船に紛れ込んで、その輸出品を分捕って他で売り捌いたりするってだけだからな」


「……意外と、血生臭くないんですね」


「そりゃ、船長の方針だからな。血生臭いことはやらない、頭を使って盗みをすりゃ誰にも気づかれず、誰からも恨まれることもない。殺しや、相手を傷つけて物を盗む奴は頭が足りないバカがやることだってよ」


 「みんなそれでいいよな」というリヴの言葉に全員が納得するように首を縦に振る。船長の方針には全員が納得しているようだった。


 やってることは盗み、すなわち犯罪ではある。しかし誰も傷つけないといった方針にはどこか共感できる部分があった。


「まぁ、船長は時々ボンクラだが。それでも、路頭に迷ってた俺たちを拾い上げてくれたんだ。その恩には報いなきゃなぁ」


 とにかく、人には信頼されている船長であると言うことはわかった。


 確かに、一度は殺された仲ではあるものの、彼自身から外道のような空気は感じない。あのような出会い方でなければ、友人にもなりえた人物だろう。


「掟に厳格で、人情には熱い、血を好まず、盗みに頭を回す真っ当な紳士。それが俺たちの船長様よ」


「ハハハ……紳士か……」


 果たして盗みを働くのが紳士かと疑いたくはなるが、これだけ人望の厚い人物であれば、翔自身の待遇も納得できるものだろう。ある意味、自分は運が良かったのだと改めて思った。


「それにしても、お前随分ゴツい刺青を入れてるんだな。正直そんなもの入れる顔に見えなかったから驚いたぜ」


「あぁ……まぁ。自分から入れたというかなんというか……」


「いいよなぁ。人種の肌は刺青とか入れられてよ。俺たちみたいに完全な獣人は刺青とか入れられねぇから羨ましいぜ」


 そう言いながら、たくましい丸太のような二の腕に生えた灰色の毛をさすりながら語るリヴに翔は苦笑いを浮かべるしかない。


 現在、翔は上半身裸で作業をしているわけだがすでに右半身全体が、炎の刺青で埋め尽くされている状態である。ウィーネに会ってから刺青の進行は抑えられていたはずだったが、むしろ日に日に酷くなっているように見える。


 ウィーネ曰く、サリーが自身の力の範疇を超えて翔を生かそうとした結果ウィーネのかけていた抑制の魔術が機能をしなくなったのだという。それは再度ウィーネの魔術をかけてもどうこうできる問題ではないらしく、こうなればウィーネの精霊石を探すほか対処しようもないとのことだ。


 残り時間は、二ヶ月が限界だとウィーネは答えていた。


「……おい、野郎ども。仕事に戻るぞ」


 難しい顔をしていた翔を横目に、リヴは他の船員たちを連れてそれぞれ持ち場に戻り始める。しかし、翔の頭の中には残りの自分に残された寿命とウィーネの精霊石を見つけるまでの時間を逆算してどこまで動くことができるかを考えている最中だった。


「おい」


「イッ……あ、レギナさん」


「貴殿は随分連中と仲良くできているようだな、私は随分と嫌われているようだが」


 頭の後ろを木刀で小突かれ、思わず後ろ振り向くと難しい表情をしたレギナが立っていた。そして、半ば皮肉にもにた言葉に翔は苦笑いをせざるを得ない。


「船の上での稽古はなかなかできない経験だ。貴殿のためにもなるだろう」


「そうですね……、できれば船の上で戦うなんてことがなければいいんですが」


「何があるかわからない。海賊船である以上、私たちの滞在中にいつ戦いが起きてもおかしくはない」


 レギナが手に持った翔の木刀を放り投げる。それを受け取った翔は、レギナに向かって構え直し様子を伺う。すでにレギナは剣を抜いておりさらに双剣の状態にして両手に剣を構えていた。


「レギナさん、怪我の状態は?」


「私のことを気にしている場合か?」


「……一応。自分のせいで怪我を負ったのなら、気にしないと申し訳なくて」


「……その甘さが。自身を死なす結果になったというのは理解しているのか?」


「……十分理解できています」


「ならっ!」


 レギナが先に動く、二刀同時の横なぎ。しかしそれをバックステップで後ろに下がりながらギリギリ回避する。続けて二刀同時の両袈裟斬り、それも肌にあたるギリギリで回避するが続けて飛び出したのはレギナの蹴りだった。


「っ!」


 木刀を縦に構えてレギナの蹴りを防ぐ。後ろに大きく吹き飛ばされた翔だったが、それでも体勢を崩さずになんとか防ぎ切ることができた。


「その体。あと寿命はどのくらいだ」


「……二ヶ月です」


「……貴殿は、己の命を顧みて。なんとも思わないのか……?」


「それは……」


 突然の問いかけに翔は言葉が出なくなる。


 己の命とは。


 それは、イニティウムでの悲劇以来考えたことすらなかった。あの時、リーフェに言われた言葉が今でも心の奥底で突き刺さっている。


『私に、貴方を守らせてくれて、ありがとう』


 あの人に守られた、あの人のおかげで、自分は今息をしている。そうなった時、私の命は一体誰のものなのだろう。


「俺の命は……、もう俺のものじゃない……」


「……話にならないな」


 剣を納め、レギナは背中を見せる。その時見せた彼女の見せた、普段は読み取れない彼女の表情は今はなんとなくわかった気がした。


 あれは、きっと。諦めだ。


「これ以上、貴殿に稽古をつけても意味がない。己の命が、他人の、しかも死人のものだと言うのであれば、私から教えられるものは何もない」


「……」


 レギナはそういって立ち去っていった。


 彼女の言葉の意味を理解することはできない。しかし、彼女が自分自身のこの在り方が気に食わないようだったことは理解できる。きっとそれが、ここ数日できたレギナと翔の間の溝の正体だ。


「……どうすればいいんだよ……」

 

 しかし、彼女の言わんとしている言わんとしていることはわかる。きっと彼女は、過去に囚われず前に進めと言おうとしていることが。


 だが、生まれてから十数年。ずっと過去に囚われて生きてきた自分に今更前を向いて生きろと。


「……こいつが何よりの証拠じゃないか」


 青空の中、片手に持った木刀を見てつぶやく。


 そう、今更。


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