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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第二章 青の色
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第91話 覚醒の兆しの色

 微睡の中、頭を刺すような頭痛で翔は目を覚ます。霞んだ視界の先にはゆらゆらと揺れる布のような何か、周囲を見渡そうと首を動かそうとするが引き攣った筋肉の痛みで体を動かすどころの話ではない。


「……だ……れか……」


 乾いた喉から掠れた声が助けを呼ぶ。しかし、その声に反応するものは誰もいない、ただ体の上下する揺れの感覚と木の軋むような音だけが周囲に響くだけである。


「くそ……」


 起きあがろうと腕を動かそうとした時だった。


 ジャラリと金属と金属が擦れ合う音が響く、同時に頭の中によぎる嫌な予感。ゆっくりと腕を持ち上げ仰向けになった視線の上へと持ってくると、そこには包帯の巻かれた上にガッチリと嵌められた手錠が目に映った。


「またかよ……」


 力なく腕は重力に逆らうことなく地面へと落ちる。どこかで見たかのような光景を繰り返し見ているような気分だった。


 そう、どこかで見たような光景を。


 と、思い立ったところで自分の中に残る最後の記憶を掘り起こしてゆく。


 自分は、撃たれた。


 そして、記憶が正しければその時に死んだはずだ。


 あの体が闇の中に落ちてゆく感覚、死というものを経験したことがなくともわかる肉体の死。同時に自分のいる今この場所が死後の世界なのかと思い至った。


「別に死んじゃいないわよ、アンタ」


「……ウィ……ネ……さ」


「喋らないほうがいいわ。確かにアンタは一度死んだ、けどそれを無理やりサリーが生かしたの。アンタが死ねば、仮契約を結んでるあいつも死ぬからね。お陰でこっちはめちゃくちゃよ」


「……サリー……が」


 視線を動かすことはできないが、それでもはっきりとウィーネの声が聞こえる。彼女の言うことが確かなのであれば、まだここは彼岸ではないらしい。しかし、どうにも自分に生きた心地がしないのも事実である。


「アンタがあの船長に殺されて大体三日ね、そしてここはあいつの船の独房。今アンタは囚われの身というわけ」


「……っ! レ……ギナ……さん……っ」

 

 囚われの身という単語で翔は急速に脳内でレギナの所在がどうなったのかが駆け巡る。一度自分が死んだというのであれば、レギナは一体どうなったのか、同時に思い返されるこの船の船長、レベリオの言葉。


『この女は簀巻きにして海に放り込め』


 まさか。


 まさか。


 まさか。


「くそ……っ、くそ……っ! くそ……っ!」


 軋む体を無理やり身体強化術を使って引き起こす。身体中から悲鳴が上がり痛みで何度も気が遠のきかけたが、それでもベットの上から転げ落ち、地面を這いながら鉄格子のそばまでたどり着く。


「誰か……っ! いないのか……っ! 誰かっ!」


 喉の奥から血が出そうな勢いで鉄格子の隙間から掠れた大声を出す。鉄格子に捕まりながら立ち上がり、体を支える度に軋み震える両足をなんとか立たせ必死に声を張り上げながら船員を呼び出す。


 しかし、声は無常にもただ響くだけで、波でゆれ木が軋む音にかき消されていく。


「……ハァ……ハァ……誰か……ハァ……誰か……」


 再び意識が遠のく。


 鉄格子にもたれかかったまま、翔の意識は再び過去へと遡っていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「いやはや、勇者様。この度は停戦協定の橋渡しに、感謝いたします」


「陛下も、この度は協定に対し前向きな検討をしてくださり誠に感謝します」


 どこの光景だろう。


 目の前で一人の好青年と身なりから察するに身分の高いであろう人物が微笑みながら話をしている。しかしそのどちらも翔の姿を捉えることはできない、さながら幽霊にでもなったかのような気分だった。


 煌びやかなホールには無数の人が笑って食事を楽しんだり、談笑をしたりしている。だがその光景のどれもが、自分にとっては無縁の世界でいくら記憶を掘り起こしても当てはまる記憶がない。


 なら、これは一体誰の記憶だ。


「ほう。それが勇者様の持つ剣ですか」


「えぇ。これがなければ、私はここまで来ることができなかった」


「……停戦協定を結ぶ今日ではあるが。この剣には苦労しましたな」


 勇者と呼ばれる男が腰から剣を取り外し、隣の男性に見せている。その剣は多少新しく見えるが紛れもなく、パレットソードそのものだった。しかし、翔の持っているパレットソードと違う点があった。


 鞘についている石、サリーのものであろう紅いルビーのような石の他にサファイア、エメラルド、トパーズ、真珠、琥珀、アメジストなどの七つの宝石が嵌っている。


「そういえば、今日は勇者様のお仲間は?」


「あぁ。こういう堅苦しい場所があまり得意な奴らではなくて。今日は置いてきてしまいました」


「そうですか……、それは残念だ。一目お会いしてみたかった」


「それと……今日はまた停戦協定とは別件で来たのです。陛下」


「……ほう。それは何かな勇者殿」


 風向きが変わる。ホールで演奏をしていた音楽隊が演奏を止めるほどの空気の変化に翔は嫌な予感が頭の中でよぎる。


『ダメだ……よせ……っ!』


 翔の言葉は届かない。


 勇者はパレットソードを引き抜く。同時に巻き起こった爆炎で大勢の人間を巻き添いにしながら、ホールの中に人間を一掃しようとせんがばかりに刀に変化したパレットソードをこれでもかと振るい、周囲の人間を灰へと変えてゆく。


 突然の出来事で翔は頭の処理が追いついていない。


 だが、これだけはわかる。


 あの勇者と呼ばれた男の、記憶を見ているのだ。


 数千年も前、今自分が手にしているパレットソードを手にした最初の人物の記憶を見ているのだ。


「あぁあああああああああっっっっっ!」


 勇者は獣のように吠える。炎に包まれたホールの真ん中で、炎を纏う剣を両手で締め折りそうな勢いで、膝を着き炎で朽ちた天井から覗く二つの月に向かって吠える。


 記憶はここで途切れた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おいっ! 起きろっ!」


「っ……!」


 男の怒号で目が覚める。目を開けた瞬間、入り込んできた太陽の光が両目を焼き思わず手で顔を覆ってしまう。しかしそんなことは御構い無しにと男二人が翔の腕を掴んで体を引きずってゆく。


潮風が長くなった髪を揺らす。目の前に広がる海の色と空の色が眩しい。


「お前、なんで生きてるんだよ」


「なんで……って……」


「あれか? 王都で噂のヤバい実験の被害者とかか?」


「……いや。そんなんじゃないです」


 腕を掴まれている船員の一人が興味深そうにこちらに向けて話しかけてくるが、それをあまり良しとしないもう片方が顔をこわばらせて喋るなと牽制している。ふと、周囲を見渡せば、甲板で作業をしている船員たちの視線は酷く痛い。そして、何より甲板の一部が黒く焦げて、何かが燃え広がった痕跡を察するに自分が一体何をしでかしたのかは想像に難くなかった。


「とにかく。お前の処遇について船長から話があるらしい」


「船長……」


 船長という言葉を聞き思い出す。


 レギナ。

 

 彼女が一体どうなったのか。


 まさか、死んでしまったのだろうか。彼らも、彼女について全く触れる様子がない。そのことが余計に翔を不安にさせる。


 彼女が死んでしまったら。


 また、両手からこぼれ落ちたのか。


「レギナさん……」


「あぁ……。あの女か」


「彼女は……っ! 一体どうしたんですかっ! まさか……本当に簀巻きにして……っ」


「まぁ。船長室にいきゃわかるよ」


 船の後方にある、船長室と呼ばれる部屋の入り口の前に翔は立たされる。なんの変哲もないただの木でできた扉だが、扉の奥からは確かに誰かがいるような気配を感じる。


「船長、新人を連れてきました」


『ご苦労さん。とっとと開けて入ってくれ』


「そんじゃ、俺たちはここまでだ。あとはしっかりとやれよ」


 そう言って翔を案内した船員二人は持ち場に戻って行った。


 扉を開けるのが怖い。


 もし、本当に仮にレギナが死んでしまったとしたら。自分は一体どうすればいいのだろうか。彼女が死んでしまったと分かればアランは問答無用でイニティウムにいる仲間たちを捕らえるだろう。


 だが、それ以上に。


 自分の手からまた命がこぼれ落ちたということが何より許せなかった。ここまで、色々とあったが本来相容れぬ敵同士ではあっても共に障害を乗り越えてきた仲間には間違いない。


『おい、さっさと入らないか。俺はあんまり気が長いほうじゃない』


 扉の向こうからレベリオの声がする。


 ドアノブに手をかけ、意を決し扉を開ける。もし、彼からレギナを殺したと聞いた日にはこの船を沈める覚悟だ。


 扉が開く、同時に鼻に入り込んできたのは優しい紅茶の香り。


「よう大将。調子はどうだ?」


「……貴殿には驚かされてばかりだ。いい意味でも、悪い意味でもだが」


 思わず『え』と声が漏れた。


 翔の目の前に飛び込んできたのは、大きなテーブルを挟んで向かい合わせでティータイムと洒落込んでいる二人。そのうちの一人は当然レベリオ、慣れないことをしているのかわからないが、難しい顔をしてティーカップに口をつけている。


 そして、その向かい合わせで座っている人物。両腕と首に包帯を巻き、その様は王都騎士団の名に恥じない風格を持ってティーカップの中の紅茶を飲んでいるレギナの姿があった。


「砂糖は?」


「おいおい、貴重品だぜ……。はぁ、わかった持ってくる。あぁ、大将。適当な椅子に座って待っててくれ」


 レギナに言われるがままに動いているレベリオは奥へと消える。状況が飲み込めないでいる翔は混乱した頭で、壁際に置いてあった丸いすに腰をかけた。


 自分の世界を作り、完全にくつろいでいる様子のレギナ。


「レギナさん……生きててよかった……」


「……貴殿は。体は大丈夫なのか?」


「少し……動かないところがありますが。多分、慣らしていけばまた動けると思います」


「……そうか」


 それ以上、レギナは何も言わなかった。沈黙の時間が、船長室の中を流れる始めた頃だった。レベリオが奥から砂糖の入った缶を持って戻ってくる。


「さて、大将。お前さん、一度俺に殺されたわけだが。マジでなんともないのか?」


「……はい」


「……全身から炎吹き出してたけど、それでも?」


「……はい」


 お手上げと言わんばかりに両手を上に放り投げ、椅子に体を預けその場をくるくると回り出すレベリオ。彼が何を言わんとしているのかはわかる、確実に殺したと思った相手が生きているのだ、自分でも驚くに決まっている。


「はぁ。まぁ、まずはそいつは置いといてだ。俺はこのお嬢と取引をした。お前さんがこの船を丸焼きにするのを防ぐ代わりに、リュイに連れてゆけってな」


「……それじゃ」


「あぁ、約束は約束だ。お前さんら二人をリュイに連れてってやる」


 まさかの言葉に翔は当初の目的を思い出していた。命のやり取りがあったとはいえ、彼の言葉には信用に足るものがある。レギナが生きていることが何よりの証拠だ。


「だが、こっちも条件がある。お嬢は飲まなかったが、俺としてタダ飯喰らいを二人も船に乗せちゃ他の船員に立たせる顔がねぇ」


 というわけで、大将。今日からお前さんは俺の船のクルーだ。

一人でも多くの読者が増えますように、一つでも多くの感想をいただけますように。

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