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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第二章 青の色
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第89話 溢れる色

 睨み合う両者、蹴り飛ばされた翔は甲板の上に転がされ吹き飛んだパレットソードに手を伸ばす。しかし、それを相手が許すはずもない。とんできたサーベルが翔とパレットソードの間に突き刺さる。


「そういえば、俺の名前を言ってなかったけか。この船、プラエド号の船長をしてる。レベリオだ、キャプテンレベリオ。よろしく、イマイシキ」


「……あぁ。よろしく……っ!」


 突き刺さったサーベルのガードに足を引っ掛け空中に飛ばす。回転しながら宙を舞うサーベルの柄を蹴りレベリオに向けてサーベルを放つ。鋭くとんでゆくサーベルを軽く弾き飛ばしたレベリオは翔に向けて一気に駆け出す。


 その隙にパレットソードを拾い上げ、振り下ろされたサーベルの攻撃を正面から受け止める。


「ピュー。やるねぇ、正直驚いた」


「もっと驚かしてやるよ……っ!」


 力任せに押し除けたパレットソードでレベリオの持つサーベルを弾き飛ばす。サーベルを上に弾き飛ばされて上半身がガラ空きになったレベリオ、その隙を翔は見逃さない。


『今道四季流 剣技一刀<冬> 時雨<豪>』


 翔の放つ剣戟の乱れうち、左腕が使えないため手数は少ないがそれでも完全に防ぐのは確実に難しい技。しかし、レベリオはそのすべての攻撃を見切りサーベルで受け止めながら独特なステップで攻撃を躱してゆく。


 レギナでも双剣でなければ防ぐことのできない一撃を、この男は初見で捌き切った。


「やるなぁ。うちの船員にもこれくらいできるやつが欲しいぜ」


「っ!」


 その上、軽口叩くほどの余裕。この時初めて翔は思った、この男の戦力を図り間違えたかも知れないことに。


「それで、これでおしまい?」


「まだまだ……っ!」


 余裕な表情を見せるレベリオに向かってパレットソードを振おうとした時、頭の中身が回転するような目眩を覚えてまっすぐ進もうと思ったが立ちくらみのように千鳥足になる。


 その正体、船酔いである。


 波は先ほどに比べて高くなっており、平然と立っていることが難しいほどにまでなっている。船での戦いを経験していない翔にとって、あまりにも不利すぎる環境である。


「おいおい。積荷に酒は積んでなかっただろ。あれ、マジで積んでないよな」


「くそ……っ」


「そっちが来ないなら。今度は、俺の番だ」


 レベリオが動く、咄嗟に身構える翔。レベリオの放つ突きが翔の構えたパレットソードにぶつかり火花を散らしながら翔の頬を引き裂きながら通過する。想像よりも間合いの内側に入り込まれたことに驚きながらも翔はレベリオの追撃を受け止める。


 しかし、それも長くは続かない。船酔いで平衡感覚が狂っているのもあるが、片手しか使うことのできない翔にとって両手にサーベルを構えたレベリオの攻撃を完全に防ぎ切ることができない。受け止めきれず受け流そうにも船が揺れるせいでサーベルを流し切ることができず何度も体に切り傷を負ってしまう。


「どうしたぁっ! その程度かっ!?」


「く……っ」


 一方的に押されている。技を出そうにも、船の揺れで体の重心が変化するためうまく立ち回ることができない。


 ふとレギナの視線が翔の目に入る。


 まっすぐこちらを見る彼女、その目が何を訴えているのかわからない。


 しかし、その目は決して失望の目ではない。


 あれは、あの時の。


「うォオオオオオッッ!」


 体の重心を一気に下げる。船の波の動きに合わせて今までにないほどのにパレットソードには位置エネルギーが乗り破壊力がより一層増す。


 受け止めたレベリオのサーベル。


 このタイミング、呼吸と波の動きを合わせて。


『今道四季流 奥義一刀<夏> 清流昇りて夜月へと渡る』


 身体強化術をフルに使い一気に振り上げたパレットソードがレベリオが左手に持つサーベルを砕く。舞い上がった翔の体と砕けたサーベルが昇った月に照らされキラキラと反射し、一時の美しさを演出している。


 浮かび上がり狙うはもう一振りのサーベル。


 すでにレベリオは頭上の攻撃を防ごうと身構えている。


 それが仇となることを知らずに。


『今道四季流 奥義一刀<春> 雨垂れ散り咲く枝垂れ桜』


 振り下ろした地上に戻るまでの重力のエネルギーを存分にパレットソードにのせた一撃は、レベリオの右手に持ったサーベルを砕くことなく一刀両断する。


 レベリオの体には傷ひとつないが彼の両手に武器はない。


 翔の勝利である。


「ハァ……ハァ……俺の勝ちです。レギナさんを離してください。約束です」


「……いやぁ、マジでビックリした。お前さんを甘く見てたわ、大将以外と強いんだねぇ」


「……約束。守ってくれますよね」


「……ハァ。手、貸してくんない?」


 奥義を真正面から受けて尻餅をついていたレベリオが翔に向けて手を差し出す。軽くため息をつき、差し出されたレベリオの手を握り、勢いよく引き寄せる翔。


「ありがとさん」


 次の瞬間だった。


 ドンという大きな音がレベリオと翔の間で鳴り響く。同時に感じた腹部にじわじわと広がる鋭い痛み、あまりの痛みに耐えられず翔は思わずレベリオにもたれながら膝をついてしまう。


 自分に一体何が起きているのか。


 全く理解することができない。


 体の一部が燃えるように痛い。


 思わず手で押さえていた腹部から手を剥がすと、手にはベッタリと赤い血が染み付いていた。そこで初めて気づいた。


 自分は撃たれたということに。


「大将、正直すぎるのは美徳だが。付け入る隙を与えやすい」


「卑怯……者……っ」


「海賊だからな」


 ニヤリと口元を釣り上げているレベリオの左手にはピストル状の何かが握られており、白い煙が筒の先から空に向かってまっすぐと伸びていた。


「さて。第二ラウンドと行こうか、大将」


「ふざけ……っ!」


 顔面を蹴り上げられる。レベリオの履く鋭いつま先が顔面にめり込み翔は強制的に仰向けにさせられる。体を起こそうと体に力を入れようとするも、体が撃たれたところから真っ二つに引き裂けそうな痛みで起き上がることができない。


「今度から勝利条件を決めてから戦うんだな」


「ハッ……、ハッ……」


 呼吸が明らかにおかしい、すでに体が生命維持に全力を出している。戦うなどもってのほかである。


 真っ暗な空に、星が出始めていた。


 あの時、


 あの時、


 そう、あの時だ。


 リーフェで自作の温泉に入った時に見たときにみた星空とよく似ている。あの時に戻ることができたら、きっと自分はどんな手段をも厭わない。


「……ごめんなさい……リーフェさん……ガルシアさん……」


 掠れるような声で口にしたすでにこの世にはいない大事な人たちの名前。


 この旅が終わったら、逃げてばかりのこの日々が終わったら自分はどうするのだろうと、ずっと考えていた。


 きっと、自分は彼らの後を追うのだろうか。


 だがきっとその前に自分は死ぬだろう。


 真っ当に生きてゆくには、あまりにも多くのものを取りこぼしてきた。目の前で救うことができたものたちを、その多くが手からこぼれ落ちてしまった。ありふれた、本当にありふれた何も為すことのできなかったものの最後だ。


 だが、そんな自分でも。願っていいのだろうか。


 こんな自分の帰りを待ってくれている、あの人たちに。


 僕は、


「メルトさん……に、会いたい……」


 伸ばした片手が、星をつかめそうな距離まで伸びた気がした。

 

 虚空を掴んだ手が、力無く甲板の上に落ちる。


 呼吸が止まる。


 心臓の鼓動が消える。


 見開いた目は、虚に。夜空に広がる星々を映していた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 事の顛末を、レギナは最後まで静観していた。その結果、翔が目の前で事切れることになるまで、レギナは静かに見ていた。


 涙などは出ない、あの男は自分を攫った男だ。


 だが、それでも。あの男の度の過ぎた優しさと、それに見合わない強さに一つの可能性を感じていた。しかし、優しさと正直さがゆえに彼は目の前で命を落とした。


 結局、自分はあの男に何を求めていたのだろうか。そうする必要などないはずなのに、己の剣を教えた。勇気づけるような言葉を何度も口にした。


 一緒に過ごし、一緒に物を食べ、一緒に困難を乗り越えてきた。


 この感情の正体を、胸の中にあるこの感情の正体を自分はよく知っている。


 きっと、これは。


 少し、悲しい。


「さて、お嬢さん。お前さんのツレは死んじまった」


「そのようだな」


「なんだ。涙の一つでも流すかと思ったが、非情なんだな」


「あぁ。この程度でいちいち泣いてはいられない」


「俺が言うのはなんだが、いい男だったぜ? 最も、お前さんにはその価値すらわからないか」


「……」


 睨み合う両者。


 レギナの腕を拘束している手錠がカチリと小さな音を立てた。


「せ、船長っ!」


「あ? どうした」


「あの、死体がっ!」


 船員に呼ばれて振り返るレベリオ、同時に目の前で広がっている光景に目を見開く。翔が先ほどまで倒れていた場所が赤く煌々と燃え上がっていた。当然、誰かが火を放ったわけではない。しかし、紛れもなく翔の体は炎を纏って燃えていた。


 誰もが、その怪現象に驚いていたがレギナだけはその光景を目の当たりにし顔をしかめていた。


「おい。今すぐ海水汲んで火を止めろ、俺の船が丸焦げになったら事だぜ」


「……それだけで済めばいいがな」


「あ?」


 海水を汲み上げ、船員たちが翔に立ち込める炎を必死に食い止めようと動いている。しかし、いくら水をかけてもその炎の勢いは止まることを知らない、むしろ水をかけてからより一層強く燃え広がっている。


 信じられないことはまだまだ続く。


 炎の中、目も眩むような強い紅の中で人影が蠢く。まるで操り人形のように天から吊るされた糸で動くように立ち上がったそれは人というよりも、異形の怪物に見える。その怪物は、手に細長い剣を携え、ゆっくりとレベリオとレギナに近づいてくる。


「剣をよこせ」


「何言って……っ!?」


 固まった表情をしたまま振り返ったレベリオはさらに目を見開く、なぜならレギナは先ほどまで両腕を拘束していた手枷を外し甲板の上に放り投げていたからだ。


「この船にいる人間を誰も傷つけたくなかったら、私の剣をよこせ」


「その言葉信用できるかっ!」


 ピストルをレギナの額に押し付ける。撃鉄を起こし、引き金を引けばレギナの頭は吹き飛び、全ては終わる。しかし、レギナの目は至って冷静で、ピストルを突きつけられてもその表情は変わることはない。


「私を殺せば、貴様の船は燃え尽き、船員は全員死ぬ。だが、ここで私に剣を渡せば船員は死ぬことはない。貴様は、私にひとつ借りを作ることになるがな」


「そう言って。剣を渡したら、俺たちを切り殺すつもりなんだろ? え? 王都騎士団」


「私は貴様のような卑怯な人間ではない。今も、これからもだ。もちろん、それが望みならしてやらなくもないが。我々がリュイに向かうのには船員が必要だ」


 ピストルの引き金に指をかけながらレベリオは何度もレギナの顔と、後ろで燃え広がる炎を纏って近づいてくる人間を視界にとらえる。


 ここで、船長が下すべき決断は。


「おい。この女に剣を渡せ」


 レベリオの声に、船員の一人がレギナに向けて剣を投げる。それを片手で受け取り、鞘から剣を引き抜いて中身を確認し再び鞘に収める。


「おい、いいか。あいつを止めるのはお前さんの役割だが。それ以外のことをしたらタダじゃおかねぇぞ」


「いちいちうるさい男だ。船長を名乗るのであれば、少しは度量を大きく構えておけ」


 腰に剣を装備。


 これで準備は整った。


 ここまでする義理は本当はないのだろう。しかし、それでも私があの男にここまでするのは、かつて見た理想の姿が重なるからか。


 炎の中にレギナは飛び込んでゆく。


 あの男に、人を傷つけることはさせてはならない。

一つでも多くの感想をもらえますように、一人でも多くの読者が増えますように。

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