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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第二章 青の色
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第86話 志の色

「……状況報告」


「憲兵たちが俺たちを探しています。リュイに向かう船は見つけました、ですが出航まで時間はありません。早く行きましょう」


「……、わかった」


 翔の言葉を噛み締めるように聞くレギナ。時間は残されていない、先ほどまでの輝かしい時間は現実という残酷な事実を前にして一瞬にして奪われていった。


 状況を飲み込めていないキニアがじっとレギナの顔を見つめている。その純粋無垢な眼を前にしていったい何を語ればいいのか。レギナは必死に頭の中で言葉を紡ぎ出す。


「……キニア」


「先生? どうして憲兵が先生のことを追ってるんですか?」


「……私は……、今は多くを語る時間はない。だが、これだけは言える。私は。私たちは、何も悪いことはしていない」


「……」


「キニア、貴殿には伝えなくてはならないことがある。私は、色を持たない人間、無色だ」


 レギナはキニアの眼をまっすぐと見つめながら告白をする。そのレギナの言葉に一瞬驚いたように体を一歩後退りをしたが、それでもキニアはレギナから視線を外すことはない。


「私は持たざる者だった。生まれた瞬間から、私は世界に嫌われていた。だが、そんな爪弾き者でも、息をし、剣を振い、高みを目指し、やがては弱きものを守るための大事な仕事をさせてくれた。キニア、私を弱い人間だと思うか?」


 首を横に振るキニア。


「キニア。持たないものでも貴殿にその気があれば、どんなものにだってなれる力を持ってる、それは素晴らしいことだ。貴殿は強い、この街を守ろうとするその志を持ち続ければ多くの人の意識を巻き込み、大きな渦となって変化をもたらすだろう」


 レギナは立ち上がる、そして翔のそばにたちキニアを見下ろす。その時翔は初めて気がついた。普段は気難しい表情をして眉に皺を寄せていた彼女の顔が穏やかなものに変わっていることに。


「貴殿が、もしこの街が狭く感じ。その志が表に向くようであれば、王都騎士団九番隊の門を叩くといい。隊長である私、レギナ=スペルビアが歓迎しよう」


 レギナは少年に笑いかける、未来に向かって笑いかける。


 逃げてばかりの毎日に、答えをずっと探してきた。


 だが、ようやく答えが見つかった。


 それは、未来を信じること。そして、その未来に自分が立ち、人を導くこと。


 そして何より。


「ショウ、この戦いに勝つぞ。私が王都騎士団に再び戻るために」


「……そうですね。俺も、この旅が終わったら……」


 レギナと翔はキニアに背を向けて駆け出す。そんな後ろ姿をキニアはまっすぐに見つめていた。


 追うべき背中、


 自分がいつか、辿り着かなくてはならない強さ。あの日の夜、何もかも無駄に思えて全てを投げ出そうとしたあの日、見せつけられた眩しいほどの希望。


 少年は見つめる。今は届かない、あの背中に。今できる最大限のことを。


「先生っ! ありがとうございましたっ!」


 二人は振り返らない。


 だが、伝えたいことは少年に十二分に伝わった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 憲兵の数は先ほどまでとは比べ物にならないほどに多くなっていた。街の至るところで聞き込みを行い、蟻の子一匹通す隙も与えないと言わんばかりの警備体制である。


 地上で移動しようものならそれは自殺行為に等しい、かといってウィーネの力を使ったとしても限界が訪れるのは目に見えている。よってどのように移動するべきか。


「うっ……!」


「ショウっ」


 足を滑らせ落ちそうになったところをレギナにつかまれ、ことなきを得る。


 現在二人は、身体強化術を使い建物を屋根伝いで移動している最中だった。地上での移動がダメならば、建物の屋根の上を伝って移動する。考案者はレギナだった。


「にしてもバレませんね」


「彼らの視線は基本的にまっすぐ人混みの中か、それより下だ。バレない可能性はゼロじゃないが、確実に低いことには変わりない」


「この調子なら港まで余裕ですね」


「いや、そう簡単にはいかない」


「え?」


 レギナと翔の視線の先。屋根に立つ一つの影。その影は二人の行先に立ちはだかるようにその場で仁王立ちしていた。


 その影の正体を二人は知っている。


「……カイさん」


「……」


 これで三度目の邂逅になる、彼は何も言わずに屋根の上に立っていた。しかし彼の言わんとしていることは翔とレギナにはわかる。そんなことがわかるほどに、カイの表情は硬く、何より絶望の眼をしていたからだ。


「……お前ら。本当の名前は」


「……今一色 翔」


「レギナ=スペルビア」


 今まで伝えていた偽名のベールが剥がれ落ちる。その名前を聞いた瞬間、自嘲気味に口から息を漏らして笑うカイ。だが、その両手に握る槍にはより一層力がこもっているように翔は見えた。


「はぁ……初めて会った時。身分証の確認とか取っておくべきだったよ、すっかり騙されたぜ。この街を急いで出るなんて聞いて、もしかしたらなんて思ってあてづっぽうで屋根に上がって正解だったよ」


「カイさん……聞いてください。俺たちは……」


「街一つを焼け野原にしたやつが何を言ってやがる。隣の嬢さんはアンタに攫われたって聞くじゃないか。今度は俺たちの街で何をやろうとしてたってんだ。え?」


 返す言葉見つからない、カイの言葉が翔の胸を焼く。思い返されるのはイニティウムでの記憶、大切な人を失ったあの日の出来事。あの街に火を放ったのは自分ではない、と言い切ることができればどれほど良かっただろうか。


 カイの言葉に、翔は何も言い返せない。


「カイ。この男は無実だ、出回っている手配書の内容は議論の余地がある」


「……そんなことは知ったこっちゃねぇんだよ。こっちはよ」


 レギナの言葉にカイは怒りの表情を見せる。


 そう。カイにとっては、そんなことはどうでも良かった。何より彼が許すことができないもの。彼らが素性を隠してこの街に入ってきたことか、それとも善人の顔をして自分たち家族に近づいてきたことか。


 違う。


 全てが違う。


 彼の根幹にあるもの、志。


 この街を守ると決めた、あの日から揺るがない。正義という名の灯火。


「この街に暮らしてる。大勢の人間の安全を揺るがす存在。俺はな、そいつらが許せないんだよっ!」


 槍を構えたカイが動く。身体強化術を施しているのか、その動きは一般人の動きのそれではない。


 鋭い槍の一撃が翔に向かって襲いかかる。


 だが、翔は動けずにいた。頭の中は未だにイニティウムに置いてきぼりで、そこから戻ってくることができない。


「!?」


 カイの槍の先端が翔の喉笛を貫こうとしたその時だった。レギナの持つ双剣がその軌道をわずかにずらす。刃先が翔の首の皮を僅かに引き裂き血が流れたところで翔は自分が殺される寸前だったと気づいた。


「落ち着けカイっ! 貴殿がこの街を思う気持ちはわかる、そしてそれに続くものがいるということもっ! だが貴殿が本当にこの男を疑っていたというのならなぜ一人で屋根の上にあがってきた? なぜ、家に私がいるとわかっていながら家に憲兵を送らなかった?」


 レギナの問いかけにカイは固まる。屋根の上に立っているのは翔、そしてレギナ。それ以外には誰もいない、カイは仲間を呼ぼうとすればいくらでもできたはずだ。それでもカイが仲間を呼ばず、一人で二人の相手をしようとした理由。


 レギナは続ける。


「貴殿も気づいているはずだっ、この男と、その手配書の紙切れに書かれている事実とはどこか異なっているのではないかということに」


「……っ」


「それでも尚、この男を殺そうというのならば私は止めない。だが、少しでも疑うというのなら、この男と過ごした一日が貴殿の志と魂を揺らすのなら。それに従ってくれ」


 レギナの言葉は、命乞いというよりも祈りの言葉に聞こえた。そんな言葉を聞きカイの視線が揺らぎ始める。


 槍の柄に翔は手を置く。


 一歩前に、自分を殺そうとした人間に近づく。


 その志の強さ、自分にはないモノを持つ人。


「カイさん……、その手配書に書かれていることが事実か。今になっては俺にもわからない、けど。あの戦いで多くを失いました。もう、これ以上何も失いたくない。それは、あなたもだ。カイさん」


「……あの時。銭湯で言ったよな、幸福は。持ってるものじゃなくて、これから持つもので決まるんだって」


 カイの槍を握る手が緩む。どこか諦めたように、しかし何かを諦めたかのような暗い表情ではなく、これから進んでゆく二人の旅路を見送るような。


 そんな意志の強さに負けたかのような。そんな表情をカイはしていた。


「その言葉。まんまアンタに返すぜ」


「……すみません」


「ここでアンタがボロを出しゃ、問答無用で仲間に引き渡すつもりだった。だけど、あんなことを言える奴に悪い人間はいねぇよ」


「……」


「何があったか俺にゃわかんねぇが、それでも強く生きな。息子が世話になったな、ありがとう」


 槍を下ろし、カイは二人に背を向ける。すでに語ることは何もないのだろう。そのまま屋根の下の細い路地まで降りて消えていった。


 おそらく二度と会うことはないだろう。何か一言言えば良かったのだろうが、差し出した手で虚空を握りしめ翔は腕を下ろす。


「行こう。首の傷は押さえておいた方がいい」


「……はい」


 レギナが差し出した手拭いで翔は首筋に負った傷に当てる。じんわりとにじむ赤い血を見て、自分は改めて生かされているのだということを実感する。


 生かされている。生きろと望まれている。


 そんな言葉に踊らされているんじゃないだろうか。そこに自分の意思は介在していない。

 

 自分はどうしたいのだろう。


 多くを失って、多くを取りこぼして、今ここに立っている。


 あんな強い志を持っているわけでもなければ、何か強い意志を持ってここに立っているわけではない。


 これからも、多分きっと多くを失って、多くを取りこぼす。


 そんな人生に、そんな弱さに、なんの意味があるのだろう。


「……この旅が終わったら。俺は……」


 その言葉の続きを飲み込み、翔とレギナは船の中に乗り込む。


 リュイへと向かう港に憲兵たちはいなかった。


一人でも多くの読者が増えますように、一つでも多くの感想をもらえますように。

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