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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第二章 青の色
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第74話 感謝の色

「忘れてないか? 私たちは追われる身だ。今回の出来事も、私たちが原因と言っても過言ではない」


「そ、そうですよね。はい、急いで準備を……っ!」


 互いに頷き、すぐさまベットからこぼれ落ちる二人。そばに置かれている荷物は宿に置いてきたもののままだった。当然その中にはパルウスの作った防具、そしてギルドの身分証も含まれている。


 必需品が揃っていることを確認し、衣服を着替えレギナと翔の準備が整う。


 もう少しだけゆっくりしたかったというのが翔の本音ではあったが、自分達が追われている身だということをレギナに言われるまで忘れていた。しかし同時に気付かされた。


 自分達が陥っている状況は、想像以上に悪いということを。


 今後イグニスのような人間が現れないとは限らない。となれば、それに巻き込まれるのはいつだって何も知らない人間だ。相手は無色の人間を容赦なく追い詰め、その手段は問わないだろう。


「……レギナさん。俺は……、まだわかりません。どうして、無色の人間がここまでの仕打ちを受けなくてはならないのか……」


「……貴殿は聖典を読んだことは?」


「……ありません。この世界での主流な宗教だというのは知ってます」


「なら、一度目を通せばいい。全てはそこに書いてある。信心深いものほど、無色には排他的だ」


 カーテンの隙間からレギナが指を刺す。その先を目で追うとテーブルの上にはかなり使い込まれた一冊の古い本のようなものが置いてある。表紙には題名も何も書いていない、文庫本のような大きさのポケットにしまって置けるような何の変哲もない一冊の本だ。


「病人の枕元にはたいてい一冊は置いてある。暇な時にでも目を通すといい」


「……わかりました」


 聖典。それはこの世界で最も広く信仰されている宗教。名前は特になく、信仰対象は本に書かれている内容そのもの。書かれている内容などは以前、イニティウムでリーフェから世界の創生から、出来事、教訓などと言ったことが大まかに記されているとだけ聞いていた。


 しかし、翔が意図して聖典を避けていた理由。それは、己の色でもある無色の扱いとその歴史について。そのことについてもリーフェに聞いたことはあるが、知る必要はないとして詳しい内容は聞くことがなかった。


 知るとしたら、きっと今だ。


「準備はできたか?」


「はい、大丈夫です」


 翔は枕元に置かれた聖典を荷物の中に押し込み、先に大部屋の出口へと向かったレギナの後を追う。出口に向かう途中で、ベットに寝ていた患者が物珍しそうな目で二人の後を追っていたがそれらを無視して先へと進んでゆく。


「あれ? お二人は……」


「あ……」


 出口の扉にレギナが手をかけようとした瞬間、彼女の手からドアノブが離れる。扉の向こう側から顔を出したのは、一人の女性。ウサギの耳を頭から生やしていることから獣人だと言うのはわかったがこの部屋にどういう身分で入ってきたかわからない。


 その証拠に、対面したレギナが警戒をしている。


「……ちょっと中へ」


「……怪我が治ったので外に出るだけだ」


「わかりました。ですが少し中へ」


 警戒を解いていないレギナが女性を取り押さえようと一瞬だけ指先を動かす。そんなレギナの肩に手を置き静止させる翔。扉を軽く開け、女性が入りやすいように隙間を開け招き入れる。


「すみません。失礼します」


 頭を軽く下げ部屋の中へと入る彼女。レギナは警戒を解いていないが、敵意があるように翔は見えなかった。


「今憲兵たちが、あなたたち二人のことを探して施設内を動いてます。もし、ここから離れるのであれば窓から」


 彼女の言葉に少しだけ反応を示すレギナ。翔はといえば、彼女の言葉を今だ咀嚼しきれていなかった。確かに、これだけの火災があって二日も寝たきりであるのであれば憲兵、下手をしたら騎士団だって動き出していてもおかしくない事態ではある。


 だが、逆に疑問が浮かんだ。なぜ、自分達は彼らに捕まることがなくこのように自由でいられるのか。


「お二人のことは存じています、今追われている身であると言うことを。しかし、私たちはあなたがた二人を逃すため、全力を尽くすことをお約束します」


「……その言葉を信用する根拠は」


 レギナの言葉に獣人の女性は一瞬たじろいだように見えた。レギナの言うことに一理はある。この行為こそが自分達を捕らえるための時間稼ぎかもしれない。しかし、彼女はレギナの言葉に対し静かに首を横にふる。


「当治療所のトップが、そちらの御仁に家族の命を救われたと。その恩に報いるため、お二人が追われる身であっても守り通すとの方針です」


「え……、僕がですか」


「あの火事の時、泊まっていた旅館が火災に襲われ、逃げることもできず死を待っていたところ、そちらの御仁が部屋に乗り込んで助けてくれたとのことです。また、街に火を放った犯人を命懸けで止めに入ったとも聞きました。街の皆さんに代わって、お礼を」


「あ……」


 翔は彼女の言葉で思い出した。あの時、レギナと別れ一人燃え盛る旅館の中に入り一組の夫婦を助けたことを。目の前で『ありがとうございます』と言いながら頭を下げている彼女の姿を呆然と眺めるレギナと翔。


 徐に、部屋の中で手を叩く音が聞こえる。それは徐々に大きくなり部屋の中で患者たちの大きな拍手となって響き渡る。


 自分達が、この街にやってきたから起きた出来事なのに。


 自分達のせいなのに。


 ただ、そう言えない自分が悔しかった。


 しかし同時に、胸の中が熱く、苦しく、それでいて温かく。


 込み上げてくるものが大粒の涙になって頬を伝った。


「……ありがとう……ございます……っ」


 それでも、この苦しみが少しでも報われてもいいのであれば。


 今だけは、ここで頭を下げることを許してくれるだろうか。


「今からローブと、少しだけですがお金をお渡しします。待っててくれますか」


「わかった。頼む」


 レギナの言葉とともに彼女は部屋を後にする。翔はその場で頭を下げたまま動くことはなかった。


 部屋の拍手は、まだ鳴り止まない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 街は、その明るさを消し、陽の光照らされたその姿は凄惨たる状況をこれでもかと見せつけられた。背の高かった建物は軒並み倒壊しており、事態の収集に向かおうと大勢の人間が街を行き交っていた。


 全ては、自分がこの街に訪れた。たったそれだけのことで起きたこと。


 感謝される筋合いなどどこにもないはずなのに。


 診療所で受け取った焦茶色のローブを二人して深く被りながら、沈黙となった街をレギナと翔は進む。ローブで少しだけ遮られた視界の端には街を忙しなく行き交う人々とは別に武器を携帯し厳重体制に入っている憲兵の姿もある。


「……急ぐぞ」


 小声でやりとりをしながら、憲兵のいるところを避けながら二人は進んでゆく。遠回りで進んでゆくたびに、街の変わり果てた姿が目に入り込む。その姿を見るたびにイニティウムでの光景が嫌でも思い返される。


「……目を背けるな。私たちが行く先々、こうなる可能性があると言うことを目に焼き付けろ、忘れるな。それが、私たちにできる唯一の償いだ」


「……はい」


 その通りだと思った。同時に、この街の中を堂々と歩けるレギナの姿をどこか羨ましいとも思えた。きっと、彼女はそういう生き方をしてきたのだろう。


 万人を救うことはできない。けど、その両手からこぼれ出たものを忘れない。


 強い生き方だと思った。そのように強く生きることができたら、この感情とも折り合いがつくものだろうか。結局自分はこの両手で守れるもの以上のことに手を出そうとしている。


 幼いのだろうか。


 未熟なのだろうか。


 自分の心はイニティウムの彼女の家から一歩も外には出ていない。


「そこの二人。少しいいかな」


 後ろから声がする、同時に額から冷や汗が溢れる。今ここで捕まったら何もかもがおしまいである。何か言い訳を考えなくてはと、翔の頭でぐるぐると回転すする。


「な、なんでしょう?」


「いやね。こんなことがあった後だからさ、少し注意喚起をと思ってね。見たところ冒険者かな?」


「そ、うです。はい」


 レギナは振り返らない。翔も怪しさ全開で対応しているが、正直に言えば今にも逃げ出したい気持ちである。


 声をかけてきたのは若い憲兵二人。腰には剣、片手には一枚の紙を握っている。戦ってどうにかなるのであればそうしたいが、ここで面倒ごとを起こせば捕まるのは確実、そして何より送り出してくれた人たちの善意を無駄にすることになる。


 しかし、打つ手はない。


 やはり最悪戦うしかないのか。


「……すまないね。お兄さん二人、ローブをとってもらえるかな」


「……はい」


 確実に終わったと翔は思った、ここで無駄に抵抗すれば余計に怪しまれるだろう。幸いにも、この世界に写真は存在しない。もし情報として上がっているのであれば人物の特徴が文章として上がっているか、顔写真がわりの人相表。できれば、後者が人相表が下手くそであってくれればまだバレずに済む。


 奇跡は起こるのか。


「……うーん、その刺青は?」


「え? 刺青……あ。えっと……つい最近入れたばっかで……」


「そうか、でもそんな《《顔にまで》》びっしり入れちゃって。田舎の両親が悲しむぞ?」


「ははは……、家にはしばらく帰らないでおこうかな……」


「うん、髪も黒じゃなくて赤毛混じりだし人相表の特徴とは合わないね。後ろのお兄さんは……顔まで包帯か……。やっぱり火事が」


「……そうなんです。なので、包帯を剥がすのは……勘弁してやってください」


「うん、わかった。二人もこんな顔の人がいたら遠慮なく僕たちに教えてね。それじゃ、気をつけてね。良い旅を」


「ありがとうございます」


 深く頭を下げると、二人の憲兵は翔とレギナの元を去っていった。先ほど見せられた人相表は間違いなくレギナと翔のものだった。やはり、自分達の行方を追う騎士団の手が近くにあらためて実感することとなった。


 不幸中の幸いだったのが、呪いの影響で刺青が顔を覆い始めたことで隠れ蓑になったと言うこと、これは今後包囲の隙間を抜けるのに使えそうではある。


「……」


「レギナさん、どうかしました?」


「……あの男たち……。いや、なんでもない」


 元々不機嫌そうであったレギナが一層不機嫌と言わんばかりの顔でローブを被り直すとそのまま、そそくさと先へと進んでゆく。レギナが不機嫌な理由を翔は街を抜けるまで終ぞ知ることはなかった。


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