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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第二章 青の色
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第72話 信仰と信念の色

 炎下統一を地面に突き刺し、大きく息を吐く翔。熱された吐息が空気に染み渡るのと同時に、突き刺した刀を中心に網目状に広がり炎を噴き出すひび割れた地面。


 地獄絵図を塗り替える、より一層濃い、炎の熱と色で。


「サリー……、頼み事がある」


『あ? なんだ』


 翔は考えていた。刀を捨てた自分は確実に相手より弱い、しかしそれでも相手の土台に立ち、相手の知らない武術でも多少通用することを知った今、できることといえばせいぜい時間稼ぎ程度。ここから先は、自分の胆力とハッタリに賭けるしかない。


「奴と同じこと。あの時、魔術が通じなかったやつ。あれ、できるか?」


『……なるほどな。そういうことか、任せろ。俺を誰だと思ってやがる?』


「二つ名だけ一丁前な精霊様に頼んでるんだ。それくらいできなきゃ困る」


 目の前で拳を合わせる翔、その突き合わせた拳の間に火の粉が舞い飛び炎の赤がオーラとなり拳に宿る。


 準備は整った。


 先に動いたのはイグニス、先ほどと同様当たれば即死級の右ストレートの攻撃を意図も容易く振り翳してくる。それを目で追いながら翔は一歩身をひき、距離を取る。しかし、その動きをイグニスは読まない訳ではない。さらに一歩踏み込み追い打ちをかけようと死角から繰り出した左腕で翔のボディーを狙いにくる。


 一瞬、翔の体が宙を浮いた。


 一歩身を引く、その動きに合わせてきたイグニスよりも一手先に翔は踏み込んだ分の距離を相手よりも素早いフットワークで詰める。イグニスの左腕の終着点が翔の踏み込みによりずれる、そのずれを修正しようと力を込めたその時、翔が左腕に両手を置きイグニスよりもさらに一歩先へ。


 カウンター。


 振り向き様に放った翔の左フックがイグニスの後頭部に直撃する。


「いっ!? テェっ!」


 言葉を発したのは翔の方だった。拳で戦うことに慣れていないせいか、相手を殴った時の衝撃に負けてしまっている。


「フゥ……」


 肝心の殴られた本人に至っては、大したダメージにはなっていない。むしろ怒らせてしまっているようにすら見えた。


 息を吐く間もないイグニスの殴打。その恵まれた身体と体重を全て乗せた攻撃、これで仕留めた相手は数知れず。元より剣の才能がなかったイグニス、それでも信仰のため戦う道を選んだ彼が選んだ道は剣を持つ相手よりも強くなることだった。


 相手の剣撃を見切る能力、それを防ぐ胆力、そして相手を確実に抹殺するための圧倒的な力。これが、己を限界まで鍛え上げ、信仰のために生きる道を選んだ男。イグニス=ロードウェルの正体だった。


 故に、目の前で無色を庇い、味方をする彼の心が理解できなかった。同時に、怒りも湧いた。聖典を知っていれば誰もが願うであろう、無色という色の根絶。それを願わず、甘えた理想論を掲げる彼に対し怒りが湧いた。しかし、怒りは拳を鈍らせる。その怒りを抑え、地道に努力を続けていたからこそ、今の自分がある。


 あの日。無色の人間に全てを奪われた、あの時と同じように。


「死ね、邪教徒」


「っ!」


 イグニスの拳を振るうスピードは先ほどよりも格段に上がっている。それに翔がついてこれているのは、刀を握り訓練を続けてきた賜物であることには違いない。そして同時に、彼が見て学んできたボクシングのフットワークが何より活かされていた。


 翔の身体的特徴を踏まえ、それをボクシングの等級に当てるのであれば体重六十一キロ以下のライト級に値する。加えて身長はイグニスよりも二十から二十五センチほど低い、故に攻撃が相手の死角に入りやすい。加えて、翔の身のこなしは一登によって鍛えてこられたもの、自身の身体的特徴をよく理解した上でのフットワークの軽さは、推定超ヘビー級のイグニスにはないものだった。


 そして、翔にとっての最大の利点。


 それは相手は一登よりも弱い、ということだ。


 勝てなくても、触れることだけならば。


 相手に触れ続けることだけならば、一登よりも弱いイグニスに触れる続けることなら。


「ちょこまかとっ!」


「ウォオオッッ!」


 他人を殺すために鍛えられた体術、それに対し翔が持つものは相手を殺すことをとうの昔に放棄したスポーツと化したボクシングという体術。それ故、翔がイグニスに与えている打撃はダメージが少ない。


 だが、それでいい。


 ただ触れてる、その事実が戦況を覆す。


「っ!」


 眼前に迫るイグニスの拳が、翔の顔面に入る直前。イグニスの拳がその鼻先に触れる直前で地面へと落ちる。両腕を前で構えている翔の前には、先ほどまで汗ひとつ浮かばずに動いてイグニスが全身を汗で湿らせ大きく肩で息をしている姿がそこにある。


「……この周りの炎の操作。そして、先ほどまでのレギナさんとの戦闘。相当魔力を消費しているのにも関わらず動けてるのは、純粋にお前の魔力の総量が大きいからか」


「ハァ……ハァ……」


「けれど、打撃戦ではあなたは魔力を使わない。なら、勝つために取るべき方法。それは、こっちの拳があなたに当たるのと同時に魔力を吸収すること。魔力が底をついて生命力を引き合いに吸収しなければいけなかった」


 魔力とはこの世界での体に宿る一種のエネルギー体である。それには人それぞれ限りがあり、高位の魔術師であればあるほどその総量は多い。しかし、多いと言っても限度はある。街一つを飲み込むほどの炎を操りながら、魔術を使った戦闘をレギナと行いそれでもギリギリだった魔力を、翔はサリーの力を使い削ぎ落としていった。


 そして、魔力の代わりに翔が吸い出したのは生命力。言い換えれば体力である。いくら剛健な肉体を持っていようとも、いくら力が強かろうと、それを扱う体力を奪われれば為す術はない。


「これ以上戦えば、お前はよくて気絶。無理をすれば死ぬ」


「ハァ……ハァ……、俺にどうしろと?」


「法で裁かれろ。この街に火を放ち、多くの人を傷付けた罪を償え。ここで、俺がお前を殺しても、なんの意味はない」


 言い訳だ。


 言い訳だった。


 本当は殺してしまいたいほど、目の前の男が憎い。レギナに手をかけ、街に火を放ち、大勢の人を傷つけた。一瞬でもすれ違った人、あそこで笑って暮らしていた人が、この男の無責任な作戦と信念で一気に地獄に落とされた。


 こんなことが許されてあるべきではない。今すぐにでも、あそこに突き刺した刀を手に取り、首を垂れた男の首を斬り落としてしまいたい。


 でもだめだ。


 だめなんだ。


 どこかの誰かが、自分の手を汚すのを止めていた。


 自分の手は、人を守るための手なのだと。


「それで……私が、どうにかなるとでも? 人は、大勢の民は、お前ら無色を庇うもの、無色のものを徹底的に排除する。何も知らない、子供が」


「たかが本の内容を信じ込んで、そのために大勢の人を巻き込んで、傷つけて。何が信念だっ。何が信仰だっ。あんたらのやってることは正義でもなんでもない。ただのテロリストだっ!」


「……たかが本……、か。そうであればどれだけ良かったか」


 次の瞬間、翔の全身の毛が逆立つようなプレッシャーが心臓を締め付ける。翔の目に映るイグニスの姿はさっきまで弱々しい消えかけの炎のような色をしていたのに、次の瞬間には再び息を吹き返し全身から溢れんばかりの赤色のオーラを火山のごとく噴出させている。


「な……っ」


「勘違いしていたな。俺は、たかが無色の人間一人狩るのに全力は使わん。ここからは全力を出す。貴様も、あの隊長も捻り潰す」


 次の瞬間、膝をついていたイグニスの死角から飛び出したアッパー。咄嗟に反応し、拳の先端が翔の顎を掠める。しかし次の瞬間、腹部にめり込んだ拳の感触。すでに胃の中身を吐き出していた翔だが内臓を傷つけたのか胃の底から湧き上がった血が口から噴き出る。


 体制を立て直さなくては。


 そう考えていた翔の顔面を再び殴打する拳。全く予想だにしていない方向からの攻撃に頭が混乱する。なぜならすでにイグニスの拳は振り切っており時点の攻撃に移るにはあまりにも早すぎる。


 その答えは至って単純。


 翔の焼き付いた顔面、焼き付いた目に移ったのは炎のようにゆらめている、イグニスの両腕とは違うもう一対の炎の拳。


 不可視の攻撃、


 もう一人の、いや。一人の人間からもう二本腕の生えた格闘家。


『おい、コイツの魔力どんどん膨れ上がってくぞっ、流石にこれ以上は手のひらサイズじゃ吸いきれねぇっ!』


「それでもやるんだよっ! こうなったら朝まで相手してやる、二日だろうが三日かかってでもコイツを町のみんなの前で土下座さしてやるっ!」


『それはいいが、その前にお前忘れてるだろっ!? これは仮契約でこの状態でいられるのもそんなに時間が残ってねぇっ! 間違いなくお前が先に死ぬぞっ!』


 サリーの言葉に舌打ちをする翔。精霊石の力を解放してからかなり時間が経っている。このままいけば、イニティウムの二の舞である。だが、目の前の男を止めなければ、レギナは確実にイグニスに連れ去られてしまう。


 それだけは避けなくてはならない。


 しかし、


 このままでは、負けが必須。互いに向かい合ったままのイグニスと翔。


 先に動いたのは、イグニス。


 その時だった。


「顔が痛い」


 第三者の声に、身構えた翔と振りかぶったままの姿勢のイグニスが止まる。


 炎の煙の向こう側から、軽く咳き込みながら誰かが近づいてくる。しかし翔は知っている。その人間の正体を、そして同時にこれ以上にない勝利への僥倖を感じ取っていた。


「剣士が剣を捨てて戦おうとするな。誠に遺憾だが、敵は共通らしい。私に合わせることができるか、ショウ」


 煙を切り払ったその先にいたのはレギナ。殴られた顔面を気にしてるのか少し顔を歪ませ不機嫌そうな顔をしている。すぐに動いたのはイグニス。しかし、警戒してその場から動かずに仕向けたのは不可視の炎の拳。


 しかし、


 それはレギナに当たる直前に斬り払われ、その拳が届くことはない。


「同じ技が私に通用すると思うな、魔術師。今度は確実に貴公を斬る」


 レギナ、参戦


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