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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第二章 青の色
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第66話 不在の色

感想と評価。ブックマーク頂けると泣いて喜びます。

「また王都からだ、よく目を通せ」


「ハァ……、急かすんじゃねぇよ……」


 その巨体すらも現在書類の山に埋もれているのは、王都騎士団九番隊前衛部隊長のガレア=ファウスト。そして、そんな書類の山にまた一つ王都からの書簡を乗せている涼しい顔をしたアラン=アルクス。


 向かい合った二人の机の上に乗っているものの量はガレアとアランに大した差はない。普段であれば事務作業などは彼らの役割ではない。それを行うため別部署が本来存在するが、その部署を通しても尚、途方もない量の書類が二人に流れている。そんな状況がすでに一ヶ月以上も続いていた。


 その理由。それは向かい合った机の前に置かれた空席の机。


 王都騎士団九番隊隊長、レギナ=スペルビアの不在。そして、死刑囚今一色 翔の失踪が全ての原因である。


「……俺がいない時にとんでもねぇこと起こしやがって……。こういう作業は苦手なんだよ畜生が……」


「そんなだから騎士団隊長の座から引き下ろされるんだ。事務作業くらいできるようになれ。脳筋」


「なっ……。ハァ……ったく」


 一瞬怒りの沸点が限界まで引き上がったガレアだったが、この程度で暴れていれば騎士団などにはなっていない。少なくとも、レギナがくる以前よりも彼は精神的に寛容的にはなっていた。


 静かに紙を捲るだけの音が、執務室の中で響いている。


「目撃情報は……と」


「ここから東に行った先の温泉街での目撃情報が最後だ。しかも、そこで事件が起きてる」


「あぁ、あれだろ。街全体が火災で焼け落ちたって」


「そうだ。燃え落ちた鍛冶屋に、アダマンタイト製のフルプレートが残っていたらしい。調査に向かわせた騎士団によれば、十中八九隊長クラスの品だったそうだ」


「ハァ……こちとら書類に殺されそうだってのに。レナのやつ、あの男とイチャイチャ温泉かよ」


 大きなため息を吐きながら書類から目を逸らすように、天井を見上げながら背もたれに寄りかかるガレア。そんな彼の愚痴をよそに、王都から届いた書類に集中しながら次に目を通す書類を手に取る。


 ふと、差出人の名前を見た瞬間。アランの手の動きが止まった。


「……ガレア。俺は少し出る」


「少しって。どこに行く気だ」


「王都だ」


 まっすぐと部屋の出口に向かうアラン。どうせ引き止めて理由を聞こうにも何も言わないだろうと諦めきっているガレアは、そんな彼の背中が扉の向こうに消えるまで見つめていた。


「しばらくは一人、か」


 ガレアがそう言いながら、書類の中の一枚に手を伸ばす。そこに書かれているのは、尋人としてレギナの顔と翔の顔が並んだ似顔絵が書かれている街に張り出しているものの一枚である。


 頭を掻き、ため息を吐きながら見つめる。


「レナの奴……、本当にどこに行ったんだ?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 アランの元に、手紙が届いた一ヶ月後。彼は王都の中心にある王城へと足を運ばせていた。


 かつて、聖典にある無色の民との戦いの中心にあったこの王都。かつてここに住まう無色の民が研究していた、この世界全ての色を消し去る兵器の実験により自ら滅びの道を辿ったとされる、その凄惨な傷跡がこの特徴的なすり鉢状のクレーターのような土地を生み出したのである。


 二度と同じような悲劇は繰り返さない。そのために徹底的に無色の色を持つものを取り除き、色を持つものを至上とし、尚且つ今や世界に欠かすことのできない魔石の唯一の採掘場所として七つある国の中心から世界に輸出をしている強大な魔術国家として君臨している。


 それが王都、メディウムである。


 そんな王都メディウムには騎士団組織が存在する。その理由として、周囲七カ国の中心にあるという地理上の配置と、クレーターの中心にあるという比較的攻めやすい地形的な理由から、他の国よりもより強固かつ強力な戦力が配備されているのが王都騎士団である。


 アランやガレアが所属し、そしてレギナ=スペルビアがトップとして君臨する王都騎士団九番隊は、主に王都の周囲に密接している七つの国の平和を維持する。という名目上で、その実は各国の動向を監視して動く、いわば国境なき騎士団である。その反面王都を守るため、そこに所属する人間一人一人が一個小隊の実力を持ついわば、騎士団の先鋭が揃っている王都騎士団一番隊なども存在する。


「おやおや。これはこれは、今大変な九番隊の副隊長のアラン様ではございませんか。本日は、はるばるアエストゥスから何用で?」


「……ユークリッド」


 かつての同僚の歪んだ笑みに吐き気を覚えながら、アランは王都騎士団一番隊副隊長のユークリッド=アレクセイと向き合う。王都の王城の玄関先である大きな階段の前で冷たい空気が流れる。一触即発と言わんばかりの空気に、階段を行き交う王城関係者がその場を離れるように歩いてゆく。


「……お前に用事はない」


「あら、残念。久しぶりにいい雰囲気になったというのに。最後に手合わせをしたのはいつでしたかな。あれから少しは腕は上がったのでしょうかね?」


 ユークリッドの言葉に唇を噛むアラン。思い返されたのは騎士団同士の手合わせを行う大会での記憶。彼と一度ぶつかり、全力で戦ったが彼には一撃も攻撃を当てることができずに一方的に負けたことが思い返される。王都騎士団の一番隊に所属し、そこの副隊長を務める人間としては間違いなくこれ以上にないくらい強い人間である。


 だが、そんな彼でも勝てない人間がいた。


「あの女隊長。早く見つかるといいですねぇ、まさかどこぞの男と駆け落ちになった、なんてことは……、まぁあり得ないでしょうが。今度こそ、あの剣に敗北の味を……っ」


「……」


「……まぁ、それは別の機会に。隊長ならいつもの部屋でお待ちです、それでは私は聖堂に祈りを捧げに参りますので。アラン殿、また、いつか」


 紫色の長い髪を風で靡かせながら、ユークリッドはアランの横を通り階段の下へと降りてゆく。久々に鼻に付く男との対面で幸先が良くない空気に軽くため息を吐き、彼に背を向けてアランは白い石造の階段を登ってゆく。


 王城の中に入ると、大きな広間の丸天井から差し込んだ光が王城に出入りする特徴的な白装束を身に纏った王城の使いをより明るく照らす。そんな彼らを横目に、アランは大広間を抜け王城の中にある四つある塔のうち一番低い塔の中へと入る。


 塔の中はひどく静かで自分自身の足音と心臓の音がやけに大きく聞こえた。この階段を上がるたびに得る不可思議な感覚は、この塔の持ち主である魔術的な結界らしいが、魔術関連の知識に疎いアランにはこれがどういったものかは何時訪れても理解できなかった。


 塔の階段を登り切った先。王城にある建物には似つかわしくない質素で年季を感じる木と鉄でできた扉の前にアランが立つ。その扉をノックしようとした時だった。


『中へ入りなさい。我が旧友よ』


 扉と手が触れる寸前、中にいる人物から呼びかけられる。相変わらず勘が異常に鋭い人物だと思いながらアランの頬を冷たい汗が流れた。


「失礼します」


 中に入ると、紅茶の優しい香りと本の紙の暖かな匂いがアランの鼻腔抜ける。入る前に緊張していた心が若干ほぐれていくのと同時に、陽光に照らされた銀髪の男性がそんな彼を出迎えてくれた。


「久しぶりですね。元気にしていましたか?」


「サー。突然の訪問、お許しください」


 陽の光をいっぱいに吸い込み輝いている銀髪の長い髪を後ろに一つにして纏め上げ、その両側から伸びる特徴的な耳をした初老の男の前にアランは跪く。


 彼こそ、騎士団の創設者にして騎士団最強の一角。王族を六百年もの長きに渡って守り続け、未だに王都騎士団一番隊隊長の座に君臨し続ける騎士の中の騎士。サミュエル=ペンドラゴンである。


「面をあげなさい、我が旧友よ。私は、久しぶりに貴方に会えて嬉しいのです。そんなに畏まらずに、楽にしなさい」


「……はい、失礼します」


 顔を上げると、とても最強と呼ぶにはあまりにも優しすぎるその笑みにアランの強張った体の緊張が徐々に緩んでゆくのを感じた。彼の表情は、自分が子供の頃から変わらない、いつでも優しく出迎えてくれる安心する表情だと思った。


「さて、アエストゥスからの道は疲れたでしょう。紅茶でも飲みながら話をしましょう、お茶菓子は……。そういえば、貴方は甘いものは苦手でしたね」


 ペンドラゴンに促されるまま、執務室の椅子に座らせるアラン。部屋の隅で紅茶を入れている姿、父と一緒にここを訪れて以来幼い頃から全く変わっていない。


 紅茶を入れ終え、両手にカップを持ったペンドラゴンがアランの前に置かれた椅子に腰掛ける。差し出されたソーサーを受け取り彼が紅茶に口をつけたのを確認するとそれに合わせてアランも紅茶を口に含む。ここでしか飲めない、少し酸味の強い独特な味の紅茶だが、これもまた懐かしさを覚える味だ。


「さて……。貴方がここに来たのは他でもありませんね」


「はい」


「君の隊長……、レギナのことでしょう」


 ペンドラゴンの言葉に静かに頷くアラン。レギナの名前を口に出したペンドラゴンの表情から一瞬笑みが抜ける。彼女とペンドラゴンの関係を一言で例えるのならば、師弟関係である。かつて、ペンドラゴンがアルブスを訪れた時に拾ってきた子供。生きているにもかかわらず死人のような黒い底の見えない穴のような瞳をした少女だった。そこから、ペンドラゴンは彼女を育て上げ、女の身で騎士になるまで育て上げた。


 そんな彼女を幼い頃から育て上げたペンドラゴン。そして、そんな彼女と共にペンドラゴンから教えを受け鍛え上げられたアラン。かつての弟子の不祥事をペンドラゴンが気にしないはずがなかった。


「君からの報告書は読んでいます。レギナは死刑囚に倒されたそうですね、冒険者の」


「はい、名前はイマイシキ ショウ。イニティウムという小さな村の冒険者でしたが、村が魔物の襲撃に遭い、村が焼失。その焼失の原因として、彼を捕縛。その際に、彼は炎を操る剣を手にしていました」


「……ふむ」


「騎士団に対しても攻撃をし、その後の調査をしようと王都に調査依頼の申請をしようとしたところ、王都からは件のイニティウム焼失の犯人と断定し即刻処刑せよとの通達があり、処刑をしようとしました」


「だが。その死刑囚が暴れ、それに多くの冒険者が加担し。君の隊長、レギナを攫って現在逃走中と」


「その通りです」


 アランの報告を一頻り聞いたペンドラゴンが紅茶を口につけて軽くため息をつく。その様子を黙って見ているアランの目は冷静沈着である。徐に立ち上がったペンドラゴン、立ち上がった先にあるのは無数の本が詰められた本棚。その中から使い古されボロボロになった一冊を取り出す。


「この世界には聖典の遺物が三つ存在します。君たち九番隊が世界中を回っている理由の一つに、聖典の遺物の回収があります。『王冠』『書』『剣』そのうち『王冠』と『書』は王都に存在していますが、『剣』は九番隊発足以来、四百年。聖戦で失われてからも考えればおおよそ千年は見つかっていません」


 本を片手に、そして腰に下げたレイピアを指でなぞりながらペンドラゴンは淡々と語る。聖典の遺物回収、それは九番隊に課せられたもう一つの任務である。だが、各地方をめぐって聖典の遺物の調査をしようにも『王冠』『書』の話は数あれど『剣』だけはどの地方をめぐっても情報を得ることはできなかった。


「サー、まさか……」


「その死刑囚。名は……、そう。イマイシキ ショウでしたか。彼女の発見と、彼の剣の発見。もしかしたら、九番隊の四百年に渡る放浪もついに終わりが来るかも知れません」


 行きなさい。


 ただ一言。その一言を聞き、アランは立ち上がり部屋の出口へと向かおうとする。扉をあけ、出口に向かおうとした時だった。


「アラン」


「はい」


「君は、まだ家族としての情を持っていますか?」


 ペンドラゴンの問いに、アランの手が止まる。


 家族の情、ある意味では弱みになるであろうその脆い絆。


 そんなもの、父親が死んだ時に忘れてしまった。


 だが。


「私は騎士です。家族としての情は十六年前に捨てました」


 そう、捨てた。


 捨てたのだ。


 何より、ここに立っている。騎士として立っていることが唯一の証拠に他ならない。本当につくづく勘のいい男だとアランは思った。



 

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