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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第二章 青の色
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第61話 答え探しの色

「私ができるのはこれまでだ。あとは、気をつけていくといい」


「すみません……、何から何まで。ありがとうございます」


 オットーは何かを深く尋ねるようなことはなく、多くを語らず。されど、どこか満足げな表情で翔とレギナを送り出した。その際、家で使わなくなった調理器具や、消耗品、そして薬の調合の材料などを譲ってもらった。これから始まる逃亡生活のスタートとしてこれらの道具は翔にとってこれ以上ないほどの贈り物だった。


 森の中を再び歩く、翔のそばで難しい表情をしながら歩いているのは騎士団の鎧が入った袋を背負うレギナ。二人の間に言葉はないが、翔のゆく道筋に彼女はついてゆくつもりらしい。


「……レギナさん」


「……なんだ?」


「ついて来てくれるのはありがたいんですが。怖いです」


「……そうか」


「えっと……、その。理由を伺っても? 俺についてきてくれる理由を」


 翔の問いにしばらく黙り込むレギナ。無言の間にも、二人の差は縮まらず、されど広がらず一定の距離を保ちながら森の中を進んでゆく。


「……理由は。貴殿と同じだ」


「……というと?」


「帰る場所がない」


 レギナの一言は短く、それでいて翔にとってもひどく重いものだった。レギナは帰る場所を失った、それは翔の責任でもあり、翔にレギナを攫うように指示をしたアランのせいでもある。彼の真意がわからない以上、レギナは騎士団に帰ろうとすれば何をされるか分かったものではない。


 それに彼女は翔と同じ無色である。再三言うようになるが、無色とはこの世にあってはならないもの、それでもってその色を持っているだけで追われる立場にある。故に、一人で行動するよりかは二人で行動をとったほうができることも多い。


 それは翔が語らずとも、レギナがこの状況を読み取った真意である。


「かといって。貴殿に心を許したわけではない」


「……それでもいいですよ。ついてきてくれるのなら」


 そう、ついてきてくれるのであればなんの問題もない。少なからず翔にとっては彼女の存在がイニティウムとその仲間達の安全の補償になってくれる。彼女が心を開こうが開かまいが一緒に行動をとってくれるだけでも僥倖である。


 現在、翔とレギナがいるのは騎士団本部から遠く離れた森の中である。場所は、パレットソードで見た限りかつてリーフェが訪れたいといっていた多くの水源と温泉街ひしめく国アエストゥスであることがわかっている。


 とにかく翔の中にある目標として、まずは騎士団本部から遠く離れること。それはまず達成している。そして第二の目標としては青の精霊を探し出すこと。これは翔の寿命を伸ばすためにも早めに達成しなくてはならない。


「……レギナさんは、どうして騎士団に入ったんですか?」


「……話してどうなる」


「興味本位です……。それに、無言で歩くのは辛い」


 黙々と進む二人の間に再び沈黙が流れる。レギナが翔の問いに対して答えを考えているのか、それとも話す価値などないと見てダンマリを決め込んだのかはわからない。


 そして、二人に会話がないまま。一週間の時間が過ぎた。


 歩く景色は変わらず森の中。時折魔物の襲撃もあったが翔はもちろんのこと、レギナにとってもゴブリン程度では相手にすらならなかった。そんな最中見せる、レギナの影を刺した表情に翔は罪悪感を感じつつも、互いに交代でその日寝泊まりする場所での火の番を交代で見張る時や、翔が手にかけた料理をレギナは何も言わずに食すなど二人の間には無言であってもそれなりの信頼関係らしきものが形成されつつあった。


 二人の歩く道、翔が少しだけ先頭を歩き。そしてその数歩後ろをレギナが歩く。そんな光景がいつの間にか翔とレギナの間での当たり前になっていた。


「私は戦争孤児だ。私を育てた養父が騎士団に縁があってその流れで私も騎士になった。ただそれだけだ」


「……どうして今更話をし始めたんです?」


「別に……。ただ無言で歩くのが辛くなっただけだ」


 二人の一週間ぶりの会話がたったの四行で終わったことに翔は軽くため息を吐くも、彼女から引き出せた情報に微かに手応えらしきものを感じた。


 翔は決して、レギナが憎いわけではない。このような状況になければ仲を良くするのも決して悪くないと思っている。問題はこの状況が砂の牙城で、一歩間違えれば一気に関係が最悪に陥るというだけで、事は慎重を要する。


「……私からも質問だ。貴殿はどこに向かっている、このアエストゥスから出なければ捕まるのも時間の問題だぞ」


「まだ出るわけにはいかないんです。俺は別の用事でこの国で人を探さないといけな……」


「人探しをしている暇があるの……か」


 二人の会話が止まる、お互いに気不味くなって止まったわけではない。会話と同時に止まる足、翔の視線の先に映るのは森の獣道を塞ぐように立つ二人の男。


 その姿、紳士には見えない。


 来た道を引き返そうとする二人。だが、その背後にも回り込むように男が数人退路を塞ぐように立っている。周囲を見れば四方を囲うように目のギラついた人間や獣人の男と女が立っている。


 これはどう見ても疑いようのない盗賊の集団、しかも身なりから察するに相当な人間の数を殺している最悪な相手である。


「……先を急いでいるんです。できれば争いごとは避けたい」


「それはアンタら次第だ。持ち物全部そこに置いてこの場を去るか、それとも冷たくなったアンタらから俺たちが身包みを剥ぐか。ま、前者の方が俺たちもやりやすい」


「金目のものは持ってない」


「それはアンタが決めることじゃない。俺たちが決めることだ」


 これ以上の会話は無駄である。そう判断した翔が腰のパレットソードに手を伸ばす、同時に周囲に立つ盗賊も手に持つ武器を構え始める。争いを確実に避けることのできない空気に緊張が走る。


「貴殿に一つ伝え忘れたことがある」


「……なんですか」


 後ろに下がっていった翔の背中越しにレギナの熱が伝わる。彼女は既になんの躊躇いもなく腰の剣を引き抜いていた。


「騎士団に入った理由。それは、このような理不尽の暴力から多くの人を救うために私はこの剣一つで騎士団隊長になった」


 次の瞬間、音すら置き去りにする速度でレギナが動く。瞬きの間、レギナの振るった剣は一瞬で正面の二人の首を跳ね飛ばす。翔を含めた全員が唖然とその様子を見ていた。


 血の雨が降る、レギナの振るう剣はまさにそんな言葉が翔の口からこぼれそうになるほど残酷で、そして鮮やかだった。


「こ、この野郎っ!」


 戦う相手を間違えた、盗賊から見れば一目瞭然の出来事だろう。しかし、先ほどまでの威勢が違った方向へと向き自ら自滅の道へと歩み始める。リーダーと思しき男が剣を掲げ二人に突っ込んでゆく、それに釣られてか周囲の盗賊も武器を手に襲いかかる。


『今道四季流 剣技一刀<冬> おもし雪のしなり竹』


 ベルトから外した鞘が、パレットソードの抜刀と同時に男に向けて鋭く飛ぶ。咄嗟の攻撃に反応できない盗賊の頭に鞘が直撃し、男の体が軽く吹き飛びながら地面へと転がる。とにかく、一人を戦闘不能にしたところで翔は横から突っ込んできた盗賊の振り上げた剣を持つ腕を掴み上げ背負い投げる。


 宙に浮く盗賊、その盗賊の鳩尾にパレットソードの柄を叩き込む。吹き飛んだ盗賊はそのすぐ横で翔に攻撃をしようとした男に当たり二人が縺れながら地面に転がってゆく。


「レギナさんっ!」


 翔がレギナのことを呼び止める。しかし、彼女は既に取り囲んでいた盗賊の半数をその手にかけていた。返り血で染まり、振り返った彼女の姿に翔の額から冷や汗が流れる。


 地面に散らばった、先ほどまで生きていた盗賊の死体。森の匂いに混じって漂うむせるような血の匂い。


 死の匂い、


 思い出される、イニティウムの記憶。


 誰かが言っていた、あなたの剣は人を傷つける剣ではなく。人を守る剣だと。


「うぉおおおオラァアア!」


「っ!」


 額から血を流した盗賊のリーダーが剣を翔に向けて突き立てながら突っ込んでくる。決して防げない攻撃ではない、剣を振るい男の首を刎ねれば自分の命を守ることができる。


 それができる、まだ剣は届く。


 剣を振るい、命を奪えば。自分の命を守れる。


 さぁ、剣を振るい。命を奪え、レギナのように。


 誰かが言っていた。あなたの剣は人を傷つける剣ではなく。人を守る剣だと。


「遅い」


 次の瞬間、翔は尻餅をついて地面に座り込んでいた。


 そして、その目の前でレギナが盗賊の心臓に剣を深く突き立てている。


 レギナが剣を男から引き抜くのと同時に跳ねた返り血が翔の顔を汚す。ただ、終始翔は何もできずレギナのことを呆然と眺めていた。


「これで貴殿との貸し借りはなしだ」


「……ま、待って。待ってください……っ!」


 その場を立ち去ろうとするレギナ。それを引き止めようとする翔、必死に手を伸ばそうとするもレギナは盗賊の掃討にその足を進める。


 血で重くなった土を握りしめ翔は考える。


 今自分にできることは、


 こうして目の前で命の奪いが行われている中で、自分ができることは、


 答えは出なかった。


 イニティウムにいた時から考えていた。


 あの時、自分に何ができたのだろうか。


 ずっと、考えていた。

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