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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第二章 青の色
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第59話 偽善の色

 夜更けに立つ台所はどこか冷たいものを感じる。特に、雨が降り頻る森の中にある家に住む者にとってはより一層孤独感に苛まれる。それでも、雷の音に不安を感じ寝付けないために作る手作りの茶はざわめく心を落ち着けて多少なりとは落ち着けてくれた。


 さて、布団にでも戻ろうか。


 そう思いオットーは台所を後にしようとしたその時だった。


 台所から外へと通じる扉が目の前で勢いよく開け放たれ、同時に何か黒い塊が風の如き速さで足元に転がる。驚きのあまり、腰を抜かし軽い悲鳴を上げる。その凄まじい衝撃に家全体が振動し部屋の照明がゆらゆらと揺れる。


 動物か、魔物か。それとも物取りか。


 正体はわからないが、只事ではないことは十二分伝わる。オットーが魔術を使おうと、呪文を唱え家に入り込んだものに向けて攻撃をしようとした瞬間だった。


「お願いですっ! 助けてくださいっ!」


「……何っ?」


「連れが毒にやられて、今にも死にそうなんですっ。お願いですっ、助けてくださいっ!」


 部屋で揺れていた照明が、その者の正体を映し出す。目を見開き、必死な形相でこちらに訴えかけている泥まみれの青年。そして、その両腕に抱えられているのは騎士の鎧に身を包んだ男か女か見分けがつかない中性的な人間が一人。


「……とにかく。落ち着いて」


 青年が息を荒くさせていることから、相当急いで来たのだということが伺える。事は刻一刻を争うのだろう、だがこういった状況であればあるほどに冷静さというものが必要である。


「まずは、そうだな。そこに、その子を寝かせなさい」


 お茶の温かさで微睡んでいた微睡んでいた頭が一気に冴え渡る。オットーの指を刺した場所に、青年は抱えていた騎士を寝かす。すかさず、駆け寄り騎士の状態を確認するが青年の言う通り、あまり良い状況とは言えない。それに加え、症状を見る限り風邪や病気といった類のものでもないということが伺えた。


 オットーは頭の中で、目の前で寝ている騎士の症状と思い当たる毒素を照らし合わせる。


「この状態になったのはいつから?」


「わかりません……、ただ二時間以上は経ってないはず」


「ふむ……、君たちこの辺で寝泊まりとかしたかい?」


「ほとんど移動ばかりで……、ただ同じところには長くいたと思います」


 となると、考えられるのはこの辺で生息する植物、虫などの毒の類。そして、今の彼女の症状と、触診で分かった首にある赤い発疹。


「おそらく……。いや、ほぼほぼ間違いないと思うがエピレピシーという虫が原因だ。初期症状で痛みを発するが、その段階で血清での処置ができれば簡単に治る」


「……ということは」


「少なくとも、ここまで症状が進行している状態だと血清での処置は手遅れだ」


「そんな……」


 青年の絶望した表情に影が差す。その表情を見た瞬間、オットーはありし日のどこかで見た家族の表情が頭の中でよぎる。どのような経緯で自分を頼ってきたかわからない。もちろん、手を貸す理由などない。


 だが、同時にオットーのかつての中にある乾涸びた肩書きが目の前の人間を助けろと訴えかけていた。


「だが……。だが、薬物療法ならまだ助かるかもしれん」


「本当ですかっ!」


「あぁ。助かるかどうかは賭けだが」


 そういって立ち上がったオットーは台所を抜け、小さな家の小さな書棚においてある分厚く何度も使われよれよれになっている一冊の本を取り出し再び台所へと戻ってゆく。


「……エピレピシー……確かここに……。これだっ」


 ページをめくるオットーの手が止まる。開かれたページにはエピレピシーと呼ばれる虫の全体図、そしてその虫のもつ毒素の説明と摂取した場合の症状などが手書きで記されている。


 そして、その書き込みの横に貼られている押し花のようなもの。白い花弁に赤い斑点で染まっている特徴的な形状をした花だった。


「こいつの花弁が必要だ。調合して薬にできる」


「ストックは?」


「ない。だが、これと同じものが東にある滝壺のそばに群生してるはずだ」


 オットーの指差す先は雨降り頻る闇が広がっている。とてもではないが、採取に出る事ができる天気ではない。しかし、すでに青年は腰に巻いたベルトに下げた剣を軽く引き抜き準備を整えている。


「俺、行ってきますっ!」


「急いだ方がいい、少なくとも十束は必要だ。それと、あの付近は魔物が巣を作ってる。雨で外をうろついていなければいいが……」


「いたら斬るまでです」


 青年はそう一言口に出すと、雨が降り頻る闇の中へと消えてゆく。残されたのは、パジャマ姿のオットーと呼吸を乱し苦しそうな表情をしている騎士。


 とにかく、何か手につけなくては。


 そう思い、部屋の奥に仕舞い込んだ埃をかぶっている薬の調合台の準備をしようと台所を抜けて出ていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おい、本気で置いてかねぇのかよ。あの女」


「うるさい、黙ってろっ!」


 サリーの言葉を無視し、翔は雨風が強まっている森の中を全力疾走で駆けてゆく。あの家の家主曰く、東に行けば滝があるという話だったが雨の音が強すぎて滝のある方向など到底わかるはずもない。


「くそっ、本当にこっちか……っ?」


 隣にいるサリーは役に立たない。であれば、信じるべきは自分の勘のみ。聴覚を魔力で補助し、さらに周囲の音を聞き分ける。


 かすかに風の中に聞こえる、雨の音とは違う水の音。


 方向は間違っていない。


 であれば全力で進むのみ。


 すでに限界に近い動きをしている翔の体には、身体強化術を酷使し続けた筋肉痛が進もうと前に踏み出した足の動きを一瞬鈍らせる。


 だが、ここで倒れてはレギナは死んでしまう。


 救えるはずだった命が、また目の前で消えてしまう。


「……っ! 冗談だろ……っ」


 ようやくたどり着いた件の滝壺。しかし、この雨の中で暗い森を動いていたのは翔だけではなかった。滝の上を見下ろす翔の視線の先、そこには緑色の肌を雨で濡らしながら闇の中を蠢いている複数のゴブリンの姿があった。


 そして、肝心の花もそこに。


「さぁて、どうする? 目的のお花さんは目の前、だがしかし? その周りに蠢くのは無数の武装したゴブリン。さてさて、どうする? 今こそ、力の使いどきなんじゃない? 使っちゃう? ねぇ?」


「……ウルセェっ!」


 滝壺目がけて飛び込む翔。ゴブリンとの戦闘は避ける事はできない、しかし目的は花の採取でありゴブリンの討伐ではない。


 滝の流れに乗りながら腰のパレットソードを引き抜く、水飛沫と雨に混じって弾丸のように飛び出した翔が花のそばで周囲を見渡しているゴブリンの頭蓋に目がけてその剣先を突き立てる。


『今道四季流 剣技一刀<夏> 翡翠』


 一瞬で潰れたゴブリンの頭蓋、しかし周囲はその事を知覚していない。闇に紛れ翔は素早く花を採取してゆく。時折、花のそばに立つゴブリンに警戒しつつ気付かれた瞬間に命を刈り取ってゆく。


 一つ、二つ、三つ。


 手の中に次々と目的の花が収まってゆく。


 そして、家主の言うとおり最後の一輪を手にしようとしたその瞬間だった。


『ウォオオオオオオオオッッッ』


 雨の音を突き破り響き渡る獣の咆哮。その声に一瞬動きが止まる翔、すぐさま顔を上げると、ゴブリンよりも背の高い大きな影が二つ。それらが他のゴブリンを従えて翔に向かってきている姿が翔の目に映る。


「オークまでいるのかよ……っ!」


 次の瞬間、翔の眼前に迫り来る巨大な木そのものの姿をした棍棒。翔の軽い体は滝の中に水飛沫を撒き散らしながら水切りの石のように吹き飛ばされる。


 『スクートゥム』


 左腕に装着された盾で投げられた大木を勢いよく跳ね除ける翔。割れた頭から流れた血が雨に流されて翔の視界を真っ赤に染めてゆく。徐々に近づいてゆくゴブリンの集団を見つめる。


 痛みで脳まで麻痺した頭、疲労で指先まで動かせない中考える。


 あぁ、これはきっと罰なのだと。


 大切な人を守ることができなかった、人を救うことで自分の生を肯定しようとした浅はかな自分に課せられた罰なのだと。


『今道四季流 剣技一刀<夏> 清流浚い』


 二匹のゴブリンの両足を斬り飛ばし、降り斬った剣先に青い血が滴る。


「時間がないんだ」


 両足がなくなったゴブリンが翔の周りで滝壺の水を飲みながらもがいている。その姿を横目に、力が入らない代わりにありったけの魔力を両足に注いで一気に目の前のゴブリンの集団に向かって駆け出す。


 最後の一輪の花を手に掴むため。


 全てを殺し尽くすため。


 他者を助け、生を感じる。


 その偽善のために。


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