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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第二章 青の色
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第56話 背負う色

 しとしと森に雨が降っている。


 濡れた土と木の香り。ぬかるんだ地面を転ばないように進んでゆく。


 手には剣、ズタボロの麻袋に入っている必要最低限、生きていくための品々。


 背中にあるのは、これから自分が背負う罪の証。


 付き従うのは、炎の灯りのようにゆらめく精霊の名を語る悪魔。


 一人の人間が背負うにはあまりにも多く、そして重く。それでも、それを背負わざるを得なかった。


 男は森を進む、


 その先の未来も見えぬまま、雨の中を。青色の景色を進んでゆく。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「はぁ……、ようやく休める……」


 騎士団の城を後にした翔。雨に降られ、森の中を追跡者の警戒をしながら進むのは翔の体力と精神をひどくすり減らしていた。それでも、移動した距離は身体強化術を使用した状態だったためだいぶ稼ぐことができた。少なからず、一日二日で見つかることはないだろう。


 そして現在。森の中にあった洞窟で一時の休息のために翔は腰を下ろしている。洞窟の中は人が二人入るには十分な大きさで、人為的なものでないところを見ると動物が掘ったものらしかったが、幸いにも中に危険な生き物が潜んでいる気配はなかった。


「女一人背負ってここまでねぇ。湿っぽい場所がお好みってか?」


「うるさい。黙ってろ」


 逃走の最中、全く反応を示さない翔に対し、これでもかと話しかけていたサリーだったが、休憩の間にようやく心が折れ翔がサリーに反応を示していた。


 空気は完全に冬の入り始めで、雨に濡れた体が体温を容赦なく奪ってゆく。火を起こそうにも洞窟の中であると言うのとそれ以前に道具がないため火を起こすことはできない。しかし、サリーの周りの空気だけがなぜか熱を持っているため、翔にとって不幸中の幸いだった。


「……お前。もっとこっちに寄れよ」


「お? なんだ急に。ようやく俺を認知してくれたのか? ん?」


「寒いんだよ。馬鹿」


 ことあるごとに茶々を入れるサリーにゲンナリしながら翔は彼の体に両手を突き出し焚き火にあたるようにその熱を体に取り込んでゆく。


 さて、困ったことになった。


 翔の頭の中にあるのは、今後の身の振り方である。おそらく、現在騎士団は血眼で翔のことを探していることだろう。アランのことがあるとはいえ、いつまでも逃げることができるとは限らない。故に、今後の逃走プランを考えなくてはならない。


 まず一つ、自分の現在位置を知ること。


 騎士団本部の近くだと言うのは理解してはいるが、それがどこの国で、どの地方で、周りにはどのような街があるか。昏睡状態にあった翔にはまずその情報がないと動こうにも動くことができない。


 次に二つ、移動手段。


 徒歩での移動には当然ながら限界がある。身体強化術を使って移動をするとはいえ、体力が無限に続くわけじゃない。故に、どこかで馬なりなんなり移動手段を手に入れる必要がある、できれば国境を軽く移動できるようなものがあれば尚良い。


 そして、最後の三つ。


 これが一番の難題だった。


「……」


「……」


 サリーと翔の見つめる先。そこには両手を縄で拘束し、猿轡をはめられている女性。気絶したまま目を覚さない彼女だが、生命維持をしていることは確認済みである。戦った時、夢中で刀で殴りつけてしまったことを思い出し、何か障害でも残ってしまわないだろうかと不安になっている。


 彼女を一体どのようにして運ぶか。当然、縄にかけた状態で運ぶことはできない。かといって、大人く逃亡についてゆくなど到底あり得ない。なら、ずっと気絶させたまま運ぶと言うのも現実的ではない。


 一番の懸念点は、予想はしていたものの彼女の存在である。


「はぁ……、我ながらどうすりゃいいんだよ。あれ……」


「やっぱりバラした方がいいんじゃねぇの? 別にあのイケメン君が言ったのはあの女攫えってだけだろ? 生死について別段何にも言われてねぇじゃねぇか」


「……」


 サリーの言うことは最もである。確かに、アランはレギナを誘拐しろと言ったが、その後の処遇については特段なにも言われていないのである。であれば、彼女を亡き者にし、この場に埋めたとてそれは逃亡の生涯が一つ減ると言うだけで翔にとっても悪い話では決してない。


 だが、しかし。去り際の、アランの言葉。


『隊長にもしものことがあったら。貴様の命、果てまで追いかけるぞ』


 あの言葉だけは、彼の冷淡な表情の中でも特に熱がこもっているように感じた。少なからず、あれは彼の嘘ではなく本当に心の底から彼女のことを思って出た言葉なのだろう。


 それに、邪魔だと言う理由で勝手に連れてきた彼女に手をかけるのは、人としての道理を外れている。罪を犯したとて、心まで悪人になったわけではない。人の道理を外れるようなことがあってはリーフェに顔向けなんてできるはずもない。


「……そういえば」


 リーフェのことを思い出した翔が、徐に麻袋の中に手を伸ばす。麻袋の中には、翔がパルウスの忘れ形見になってしまった防具一式、そしてギルド証、その他イニティウムで来ていたと思われるズタボロで血まみれの私服。


 そして、その中でも透き通る絹のような翡翠色の輝きを持つ一房の髪。


 それをゆっくりと取り出す。触れた先から、冷えた指先に熱が篭もるように柔らかな温かみが翔の体全身を駆け巡る。それが、エルフの持つ特別な力なのかわからない。しかし、手にした瞬間イニティウムで過ごした数々の思い出が蘇る。


 あの中に、もう自分は戻ることができない。


「……っ、う……っ……リー……フェ……さんっ……」


 目の前で自分を庇い死んだ彼女、守りたかったものに手が届かなかった悔しさ、そしてその中で消えてゆく彼女の笑顔。それらが涙となって翔の内側から溢れ出る。彼女の髪をしばらく抱き抱え、ゆっくりと一房にまとめられた髪を自分の右腕に結びつける。


 傷だらけの右腕で涙を拭い、朝袋の中身をもう一度確認する。


 すると、中から見慣れない便箋のようなものが一枚入っているのを確認できた。


「……これは」


 宛名、宛先、何も書かれていない便箋。封を開けると、綺麗で神経質な文字で綴られた手紙のようなものが一枚入っていた。


「あのイケメン君のか」


「あぁ……」


 滲んだ視界の中、手紙の中を確認する翔。そこに書かれていたのは、アランの軽い感謝の言葉。そして、今後の身の振り方、軽い脅し文句。そして何より、今回このような形で翔にレギナを誘拐させた理由が綴られていた。


 その内容に、翔は特段何か驚愕したわけでもない。だがしかし、ある意味では納得する内容ではあった。


「……こいつ、燃やしてくれるか?」


「あいよ。でもいいのか、これあの女に見せたら少しは動きやすくならねぇの?」


「……いい。それに、これを見せるのは得策ではない気がする」


 サリーに手紙を渡した瞬間、炎に巻かれて一瞬で灰になる手紙。


 炎の明かりをぼんやりと見ていた翔、だが次の瞬間突如体全身を焼き切るような痛みが襲いかかる。


「ガ……っ」


 体の奥底が熱で焼かれる。そのあまりの痛みに体を抱き込む形で地面を転がる翔。傷ついた体の切り口から炎が覗き、明らかに体が異常な反応を起こしているのがわかる。


 その体に刻まれる、炎のようなアザ。それは翔の足元からゆらゆらと炎のように立ち昇ってゆき、足首から先までを黒く染め上げてゆく。


「はぁっ! はぁっ、はっ、はっ」


 鋭い呼吸、息を吐くたびに白く歪んだ息が口から立ち上ってゆく。しばらくして体の痛みが引いてゆき、痛みと緊張でこわばった筋肉が徐々に解けてゆく。


「始まったか」


「な、なんだよ……、これ……」


「まぁ、契約でできたバグのようなものだな。俺の力が逆流してアンタに流れてんだよ」


「は……? それってどうゆう」


「要は、アンタの前の剣の持ち主が俺との契約を終わらせる前にオッ死んで、アンタがその契約を上書きしちまったのが原因ってこと」


 契約、再びその言葉を耳にする。彼の言う通り、これが何かの接触不良を起こして体に影響を与えていると言うのであれば、即刻排除しないとまずい事態になると言うことを翔は体に感じる痛みと共に理解していた。


 下手をすれば、これは命にも関わると言うことも。


「どうすれば……、どうすればいい……」


「知らん。それに、俺も他人事ではないらしいからな」


 自分の手を見つめるサリー、その炎のようにゆらめいている髪は徐々に時間が加速するかのように炎の残りカスのような白髪へと変わってゆく。


「と、まぁ。どちらにせよ、野垂れ死ぬ未来は変わらないらしいからな。むしろいいんじゃねぇの? このまま色々背負い込んで生きるよりここで死んじまった方が圧倒的に楽だぜ?」


 サリーの言う言葉に澱みはない。


 確かに、一人で背負うにはあまりにも大きすぎる課題だ。このまま逃げ続けてもその先にはきっと明るい未来は訪れない。


 だが、背負う価値があると一度認めた。


 背負わなくてはならない理由がある。


 そのために生きなくてはならない。


 ここで、死ぬわけにはいかない。


「俺は……、諦めない。俺は……っ」


「諦めろ。イマイシキ ショウ」


 後ろの方で声がする。その声に振り返ると、体を縛られたままのレギナが真っ直ぐとこちらに視線をむけ、その冷たく暗い瞳で翔の体を見据えていた。

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