第55話 脱出の色
目の前に、とんでもないやつが現れた。まさに騎士団はそんな驚愕に満ちた表情に溢れていた。自分達の隊長が、誰にも負けることのない一騎当千の隊長が、剣を突きつけられ人質に取られている。
これは、夢か幻か。
「俺の鎧一式、それとここに来るまでに俺が所持していたもの全てこちらに渡してもらおうかっ!」
翔の彼女を抱き抱える手に力がこもる。レギナの首元に刀の刃が迫り、その距離が縮むほどに騎士団の中に緊張が走る。これが、騎士団の中の一個人ならばここまで大ごとにならなかっただろう。だが、翔の腕の中にいるのは紛れもない正真正銘の彼らのトップであり、力の象徴であり、絶対無二の存在の騎士団隊長のレギナ=スペルビアである。
「言う通りにしろ」
「しかし、分隊長っ!」
「隊長を獲られた以上、こちらに為す術はない。あの男の言うことは、本気だ」
アランの言葉に、一瞬翔を睨む騎士。しかし、アランの言葉の通りにしばらくすると、大きな麻袋を持った騎士が翔の前に立ちぞんざいに足元に放り投げる。その袋の口を刀の先で軽く開くと、中には確かに翔がパルウスから買った防具一式とその他所持品が詰まっているのを確認する。
「要求はそれだけか?」
「まさか。後もし、イニティウムにいる俺の仲間に手を出したり、イニティウムの復興が遅れているなんていう情報をもし耳にした暁には。この女の命はないものと思えっ」
刃先をレギナの首元に脅すように近づける翔、そんな姿にどよめきが起きる騎士団。これで伝えたい要求と、自分の物資を手に入れることができた。
問題は帰りである。
四方は壁に囲まれた城壁だ、簡単に飛び越えられるものではない。だが、その思惑に異を唱えたのはサリーだった。
『刀の炎の推進力があるだろ。それで跳べ。後は俺がうまく調整しといてやる』
ここにきて、ウザたかったサリーが急に頼もしくなる。一ヶ月前の評価と今のサリーの評価は翔の中で徐々に上がってきていた。
そうと決まれば脱出である。レギナを脇に抱え、肩に荷物を括り付けその空いた右手に刀を逆手で構える。
「イマイシキ ショウっ!」
アランの声が中庭に響く。呼ばれた翔が振り返るが、その後ろには今にも襲い掛からんとする騎士団、そしてその前に立つアランの精悍とした表情に翔の顔が一瞬強張る。
「隊長にもしものことがあったら。貴様の命、果てまで追いかけるぞ」
「……」
返す言葉はない。アランの思惑は知る余地はない、だが今回は結果的にイニティウムのみんなを守ることにつながった。それだけを見れば決して無駄な戦いではなかったことだろう。
だが、しかし。同時に自分はおそらく二度とイニティウムの土を踏むことは無くなるだろう。メルト、そしてラルクを含め冒険者と会うこともおそらくは。
『行くぞ、構えろ』
サリーの言葉を合図に、刀の温度が急速に上がり炎を吐き出す。同時に壁に向かって勢いよく走り出す翔。壁の凹凸にうまく足を引っ掛けながら勢いよく垂直に壁を上り詰めてゆく。重力を感じない、その動きに後ろからついてきた騎士団も追いつくことができない。
城壁を上り詰め空中にその身を投げ出す。城壁の外は、山に囲まれた山岳地帯だった。青々と生い茂った木々が広がり、遠くの方では水の流れる大きな音が響いている。
ここから、翔の逃亡生活が始まった。




