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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第一章 赤の色
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第49話 傷の色

 輸送された先は、石壁で囲まれた冷たい監獄のような場所だった。唯一陽の光が入る頭上の鉄格子がついた窓の光のみが時間の流れを教えてくれた。翔の治療に関して、騎士団の対応は至って丁寧だった。一日に二回ほど包帯の交換と同時に行われる魔術による治癒。少なくとも、翔は自分自身が命の危険をこの監獄で感じることはなかった。しかし、自分が意識を失った後どうなったか、そしてイニティウムが一体どうなったのか。それらの問いに関して答えるものは誰もいなかった。翔の監獄を訪れるものは終始無言で、時折見せる視線はどこか畏怖のようなものすら感じた、そんな人々の対応とは裏腹に翔の傍にずっと立ちニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるサリーの存在はまさに異質だった。


 サリーの姿は訪れる者の誰の目にもとらえることができなかった。目立つような赤い服を見に纏い、百八十センチ代の目立つ男が立っているのを誰の目にもとらえることができないというのだから、彼の言う精霊という話は遠からず近からず本当の話なのだろうと翔は思った。


 そして、一ヶ月の月日が監獄の中で流れた。


 翔の体の傷はほとんど完治したものの、その跡は痛々しく体に刻み込まれたままでそれは刺し傷のような、しかし皮膚が醜く盛り上がっているその様は火傷の傷のようにも見えた。それは、体に刻み込まれた罪の証のような気さえして、体の傷を見るたびにイニティウムでの出来事が何度も思い返された。


「なかなかいい様じゃないか。生傷のある男はモテるぜ? ショウ」


「……黙れ」


「せっかくの二人っきりの部屋なんだ。少しは仲良くしようぜ? それに今後長い付き合いになるんだ、そんなツンケンしてると悲しいぜ」


 そういうサリーの表情は翔から見ればただの人をコケにした詐欺師にしか見えなかった。この監獄で過ごした一ヶ月の間に、サリーが明かした情報は精霊という存在、そして人間と契約をすることで得られる力とその代償であった。


 サリー曰く、精霊というのは魔力の結晶体である精霊石というものを核に発生する大自然の力を行使する、言い換えるのならば強大な力を持った幽霊のような存在なのだという。そして、そんな精霊は一つの願いを持って存在する。


 それは、人間になるということ。


 そのために精霊は大昔から人間に力を貸し、契約を行い人間になるための『魂』を得るための『色』を集めているのだという。かつて、色を集め人間になった精霊は多く存在したが、大昔に比べ人間の持つ『色』が薄くなるのと同時に精霊は人の前から姿を消していったのだという。


 そんなサリーだが、一体どこから生まれたのか。それは、翔の持つパレットソードからなのだという。よくよく思い出してみれば翔はパレットソードの鞘に一つ小さな赤いくすんだ石が嵌っていたのを見ていた。それがサリーの言う精霊石なのという。すなわち、パレットソードの以前の持ち主とサリーは契約していたことになるが、その肝心の契約の内容をサリーは長い年月眠っていたせいか記憶が欠落しているようだった。


「だが、今のご主人様はアンタだ。俺はアンタに力を貸す、そしてアンタは俺に色を分け与える。お分かり?」


「知る……」


「知るか。とは言わせねぇぜ? アンタは一度俺の力に触れて使ってる。そうなった以上、俺とアンタは契約の関係にある。しっかり渡すもん渡してくれなきゃアンタは死ぬことになる」


「それは……」


 サリーの言う通りだった。確かに、翔はイニティウムで無意識とはいえサリーの力を使いあの化け物を倒すことに成功した。そして、その力の代償もまたこの体に刻み込まれてる。このまま、サリーとの契約を反故し続ければ自分自身の結果はどうなるか目に見えている。


 だが、


「俺は……、もうそれでも構わない」


「……アンタなぁ、そんな若い身空でちょっと暗すぎやしねぇか? 俺が言うのもなんだが、先は十二分に長げぇんだ。たかが一緒に暮らしたエルフの一人や二人が目の前で死んだくらいで人生棒に振ることは……」


「ふざけるなっ! 彼女はっ!」


 サリーに掴みかかろうとして翔は立ち上がりその片手を彼の胸ぐらに向けて伸ばす。しかし、空を切るように右腕がサリーの体をすり抜けそのままバランスを崩しサリーの体を通り抜けると翔は監獄の壁に思いっきり頭をぶつけ地面に疼くまる。


 そんな彼の姿を心配するかのように。否、小馬鹿にするようにしゃがみ込みながら翔の顔を覗き込むサリー。


 何もかも、全てが最悪だった。


「死なすなら……、さっさとしてくれ……頼むから……。でなきゃ消えてくれよ……」


「ハァ……、ったく俺もこんな女々しい契約者の色なんかさっさと食い潰して次の人間のとこ行きテェんだがよ。あのクソ剣に縛られてる以上どこにもいけねぇし、一方的に契約が切れねぇんだよ」


 サリーは一度過去にパレットソードの持ち主と契約をした以上、その精霊石と共に体がパレットソードに縛られているらしく、新たに持ち主となった翔の元を離れることができないのだという。ましてや、契約の内容をサリーが忘れているため、契約を解除するための条件すら不明というおまけ付きである。


 そして、その肝心のパレットソードであるが前回までは翔の元を不気味にもついて回ってたが、現在その姿はどこにもない。監獄に捕らえている以上どこかに保管されているのだろうが、翔にとってはすでにどうでもいい話だった。


「契約内容さえわかりゃあなぁ。クソ……っ!」


 頭を掻くたびに火の粉が舞い飛ぶサリー。地面にうずくまりながら、ただぼんやりとその光景を眺めている翔だったが結局今の状況を変えるきっかけはどこにも存在しなかった。


 と、思われたその時だった。


 監獄の廊下を何者かが歩いて近づく音が聞こえる。その音にサリーが反応し監獄の外を確認しようとするものの、翔はその音が聞こえてもただじっと地面に座り込んだまま石のように動かずにいた。


「イマイシキ ショウ。出ろ」


 監獄の扉が開く、開けた先にいるのは鎧を見に纏い腰の剣に手をかけた三名ほどの騎士団。しかし、声をかけても動くことがない翔を見た騎士団の二人が目配せをすると檻の中入った騎士団二人が翔の腕を乱暴にとり無理やり立たせて檻の外へと連れ出す。


「おいおい、こんなんでも俺の契約者だぞ。丁重に扱いやがれっ」


 騎士団に聞こえるはずのないサリーの声が監獄の中に響く。腕を掴まれ、半ば引きづられながら歩く翔。監獄の外を抜け、中庭に入ると久しぶりに目にする陽光が眩しく思わず顔を地面へと向ける。


 誰もいない中庭を抜け、四方に囲まれた建物の東側の壁の中へと連れていかれる翔。建物の中は、無機質な外見に比べ内装は青を基調とした豪勢な作りをしている。地面に引かれた青いカーペットの柔らかさに足を取られながら向かった先は、無数にある部屋のうち一番端にある他の扉とは違って目線の位置鉄格子の嵌められた扉である。


「おい、連れてきたぞ」


「あぁ。中でもう待っていらっしゃる」


「わかった。おい、しっかり立てっ」


 ドアの前に立つ二人の護衛の前で姿勢を正させる翔。だが、騎士団の体にもたれたように立つ翔の目はどこか虚である。重い扉が開かれる、その部屋にあったのは外装からは想像できないほどに簡素な部屋。そこに置かれた一つのテーブルと二つの椅子。見るからに尋問室であるその部屋に一人の女性が座っていた。


「久しいな、イマイシキ ショウ」


「……レギナさん」


 黒い髪を短く纏め少しだけ頬を緩めている凛とした佇まいが印象的だった女性。翔の記憶の中ではイニティウムでの戦闘訓練以来の再会であるレギナ=スペルビアだった。


「体調はいかがかな? ひどい怪我だったからな、いつ死んでもおかしくないと医者から聞いていたぞ」


「……おかげさまで」


「何はともあれ、こうして会話できることを嬉しく思う」


 その表情から読み取れるのは真意か、それとも気を遣って言われているのか翔はわからなかった。だが、少なくともこの部屋に入った瞬間から伝わるヒリついた空気に翔は少なくとも歓迎されている雰囲気ではないというのは理解できた。


 騎士団に促されるままに、レギナの正面に置かれた椅子に座る翔。周りを見れば、レギナの他にも騎士団が数人四方を守るように立っており、改めて自分が警戒されている存在だと言うことを理解する。


「さて、まずだが……」


「レギナさん……、イニティウムは、みんなは……」


「……」


 レギナの言葉を遮り翔が問いかける。この一ヶ月、自分のこと以外が頭でいっぱいだったわけではない。もちろん、この期間イニティウムで生き残った人間がどうなったのか気がかりで気が気でなかった。


 しばらく表情の固まったレギナの目を見る翔。手にした書類をテーブルの隅に置く。


「イニティウムは、その壊滅的な被害から周囲の村からの協力を得ても復興に十年以上はかかるだろうと言われてる」


「っ……」


「死者の数も尋常じゃない。今現在騎士団が調査しているが、少なくとも百名以上の冒険者が死んでる。その中に、ギルド長、ロード=ガルシアの体の一部も発見されてる。もし彼の判断が遅かったらもっと被害は甚大になっていただろう」


 ガルシアの名前が出た瞬間、強烈な吐き気が翔の中で湧き上がる。予想はしていたが、自分の身の回りにいた人間が死んだという事実に精神が強く締め付けられ、体に刻まれた傷が痛みに疼く。


「メルトさんは……、他の冒険者は……ラルクは?」


「メルト=クラークは他の冒険者と共に保護されている。もっとも、彼女もまた怪我を負ったため、治療されたが貴殿よりも傷は浅い。今現在、復興のために他のギルドと協力して動いていると聞いている」


「……よか…った。生き……てた」


 今まで知り得なかったことで、一番に知りたかった情報、それを聞いた瞬間翔は自分の目から涙が溢れていることに気づいた。声が震え、レギナから視線を逸らし自分の両膝に置かれた両腕に涙がはらはらと落ちてゆくのを眺めていた。


 そんな彼の様子を見る他の騎士団の目はどこか冷たい。レギナもまたそんな彼の姿を静観していたが。テーブルに置かれた資料の束を一度机の上で音を立てながら整える。


「さて、まず。貴殿の処遇だが」


「……はい」


 書類を整えた音に顔を上げる翔。だが、視線の先にあるのは先ほどまで優しく微笑んでいたレギナとは違い、険しい顔をした心のうちを見透かされるような目をしたレギナの表情だった。


「貴殿の身柄は、知っての通り我々王都騎士団九番隊預からせてもらっている。その理由はわかるか?」


「理由は……」


 レギナの問いに翔は口ごもる。記憶の一部分が欠落しているため、こうして自分自身の身柄が拘束されている理由がぼんやりとしている。だが、少なからず自分自身の体に刻まれた深い傷となんらかの関わりがあると言うのは想像に難くなかった。


「結論から言おう。貴殿は今、イニティウムでの焼却事件。その重要参考人としてこの場で裁きの場に立たされている」


 記憶は炎と共に。


 行いは傷と共に。


 裁きは罪と共に。

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