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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第一章 赤の色
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第44話 最悪な色

 両手で剣を構える翔。メルトのおかげで怪我は治癒している、そのため先ほどに比べれば幾分か戦いやすくはなっている。だが、戦いやすくなっていると言うだけであって、勝機があるかと問われれば翔には満に一つもない。だが、全く策がなく死にに戻ってきたわけでもないと言うのも事実である。


 そもそも、人間と魔物の明確な違いとは何か。これは、翔が冒険者になりたての座学講習でリーフェから学んだことである。人間と魔物の決定的な違いと言うのは、単純な身体的特徴などではなく、魔力の出どころに違いがある。人間は、魔力というものをこの星と魂がなんらかの要因で結びついて、星から魔力を供給して生きている。しかし、魔物は星との結びつきが極めて希薄で、星から魔力を得ることができない。その代わりに、体内に魔力を生成する独特の器官が存在し、その器官で魔力を溜め込むことができる、そしてそれは通称『核』と呼ばれている。


 すなわち、原理上魔物でも魔術を扱うことは可能ではあるが、前述した通り。世界と干渉するための言語を発することができないため魔術を扱うことはできないのである。


 話を戻そう。問題は、その人間と魔物の違いを使ってどうやってあの怪物と戦うか。重要なのは、魔物が持つ魔力を生成する器官の存在である。人間は魔力を大量に消費すると、世界と干渉するための力を徐々に失い、それが生命力にまで及んで弱ってしまう。すなわち、魔力を失い生命力を消費させるという結論に至れるのであれば、魔物を倒すための手段としては、その魔力を生成している器官を破壊すれば例外なく弱るということにつながる。


 つまり、この戦いにおいての勝利を握る鍵。


「死にに戻ったか、人間」


「冒険者だって言ってるだろ」


 それは、魔物の魔力を生成する器官を破壊すること。


『今道四季流 剣技一刀<冬> 時雨』


 瞬く間のない足さばきで一気に距離を詰める翔。正面からの攻撃にガードをする怪物だったが、炸裂したのは剣撃ではなく、身体強化術を限界まで施した強烈はハイキックだった。


 ガードを崩された怪物、ガラ空きになった胴体に横一閃剣撃を叩き込む。舞い散った血液が炎の明かりに照らされより強く赤色に輝く。

 

 しかし、傷口はビデオの逆再生のように回復してゆく。


 驚異的な回復力を持つ相手に剣撃は有効ではない。その体を一瞬で蒸発させるか破壊することのできる魔術が一番有効だということが翔自身一番理解している。


 だが、自分にできることは剣を振るうことである。


 その後ろにいる、大切な人のために。


『今道四季流 剣技一刀<夏> 清流浚い』


 両足に重い一撃。膝をついた怪物に剣を振りかざす。攻撃の手を一つでも緩めたら反撃をされる、反撃をされたら確実に勝機はない。


 しかし、脳天に剣を振り下ろそうとした瞬間怪物が背中の羽を大きく広げ力強く羽ばたく。その瞬間、怪物を中心に土埃に混じって風の刃が翔の体に襲い掛かる。


 咄嗟に盾を構えた翔。しかし盾で庇い切ることのできない攻撃が、翔の体を切り刻んでゆく。


「くっ……!」


「舐めるなよ、人間っ!」


 怪物の殴打。怯んだ翔に、容赦ない乱れ打ちの殴り。盾を構え懸命に耐えている翔だったが、すでに長い戦闘で治癒されたばかりの左腕はすでに限界に近い。


 殴打と混ざって同時に繰り出される風の刃が次々と翔の体に襲い掛かる。服が裂かれ、その下の皮膚を容赦なく切り刻んでゆき徐々に翔の体全身が血で真っ赤に染まってゆく。


「ショ……ウさん……っ!」


 リーフェが手を伸ばし、一方的に殴られている翔に届かないか細い声で呼びかける。その体を動かし、一瞬でも翔の助けに入りたいと前へ進もうとするが、すでに体の感覚が麻痺して痛みすら感じていていない。


「その醜態を晒して死ねっ!」


 怪物がトドメの一撃を翔に向けて放とうする。大きく振りかぶったその瞬間だった。


 深く、深く呼吸した翔の目が大きく見開かれる。


『今道四季流 奥義一刀<夏> 清流昇りて夜月へと渡る』


 振りかぶった怪物の腕を縦に一刀両断。肉を断ち、骨を断ち、強烈な一閃が怪物に襲い掛かる。当然、この隙を逃す術はない。


 大きく振りかぶった剣を背中まで伸ばし、一歩踏み込んだその勢いの全神経を剣先に乗せる。


『今道四季流 奥義一刀<春> 雨垂れ散り咲く枝垂れ桜』


 振り下ろした剣の一撃が怪物の右肩から左脇にかけて深い剣撃が走る。だが、これでこの怪物が止まるとは到底、翔は思えなかった。


 振り下ろした勢いをそのままに、剣を逆手に持ち替え体を回転させながら、その遠心力をたっぷり剣先に乗せて怪物の頭上に何度も回転した剣撃を叩きつける。


『今道四季流 奥義一刀<冬> 凍てつき雪花の如く氷柱咲き』


 今道四季流の四つある奥義のうち三つを繋げた剣技。現在翔が出せる最大限の火力を怪物に向けて叩き込む。反撃の隙すら許さない攻撃に怪物はガードすらままならず、その攻撃のほとんどを体に受けている。


 魔物が体内に魔力を生成するとされる器官。それは、ほとんどの魔物が例外なく心臓の付近に持つとされている。その心臓部に到達するまで、何度もその肉を抉り取るように攻撃を積み重ねてゆく。


 飛び散った肉片の向こう側、徐々に露出してゆく内蔵と骨の向こう側に、赤い宝石にも似た輝きが見え始める。


 魔物の核とも言える、魔力を生成する器官。


「っ! 取ったっ!」


 最後の一撃。大きく振りかぶった剣が魔物の核を捉え、その剣先がパレットソードと赤い火花を散らせながら徐々に砕けてゆく。怪物は、聞き難い断末魔を上げながら体全身に風の刃を纏わせ必死な抵抗を見せる。


 しかし、いくら傷つこうと翔は止まらない。より一層剣を握るその両手に力を込め、必死に抵抗しようとする怪物にトドメを刺す。


『今道四季流 剣技一刀<春> 春雷穿つ桜木』


 体の重心を一気に下げ、その勢いを剣先に込める。


 そして、ついに。


「が……っ」


 怪物の断末魔が途絶える。同時に、魔物の核が砕け散る。突き刺さったパレットソードから翔の手がスルリと離れる。そして力無く地面に倒れる翔。


 パレットソードは、持つ物の魔力を食らう魔剣。突き刺さったパレットソードからは現在怪物の魔力を全て喰らう勢いで吸い尽くしているはず。


 それが、もう一つのこの戦いに勝つための勝機であった。


 地面に倒れる寸前、最後の力を振り絞り体をなんとか立たせると、体の向きを変え後ろで倒れているリーフェの姿を確認する。ひどく消耗しているようだが、体を起こしてこちらに何かを語りかけている姿を見る限りまだ助けることができそうだった。


 ゆっくりと、ふらつく足で彼女に近づく。


 このまま彼女を、林で待っているメルトのところに連れて治癒すれば助けることができる。


 あともう少しだ。


 あともう少しで帰れる。


 リーフェとガルシアとメルトのいる場所に帰れる。


 すでに全身の痛みは感じない。ゆらゆらと歩きながらリーフェへと近づきながら、頭の中はすでに彼女と一緒に明日の食事は何にしようかと考えているところだった。


 そして、彼女の体に触れる寸前。ほとんど麻痺して聞こえない耳に、ようやく彼女が何を言っているかが飛び込んできた。


「ショウさんっ、後ろっ!」


 言葉の意味を理解した瞬間、翔はゆっくりと確実に殺したはずの怪物の姿を目にとらえる。だが、しかし翔の視界に飛び込んできたのはパレットソードを片手にこちらに突っ込んでくる怪物の姿だった。


「あ……」


 腹部に鈍痛。一瞬、何が起こっているのか全く理解ができなかった、しかし視界の先に映るのは自分の腹部に深々と刺さっているパレットソードの姿。同時に、胃の中からドロリと生暖かい液体が込み上げてきて、それが自分の口から溢れ出る感覚があった。


「惜しかったな。いい一撃だった、メインディッシュの付け合わせにはちょうどよかったぞ。冒険者」


 体から力が抜けてゆく。刺されたところが焼けるように痛い、同時に自分はもう助からないだろうということを理解する。


 最初に浮かんだのは謝罪だった。


 最後の最後に足掻いたつもりだったが、結局なんの意味も成さなかった。せっかく治してもらった体もボロボロで、もう助かることはない。


 後ろにいる大切な人を守ることすらできなかった。自分が命懸けで学んだ剣術は結局こんなものだったのかと、これが自分じゃなければ結果は変わっていたのかもしれないと。


 リーフェとした約束も守れそうにない、あんな大口を叩いてこんな始末。あまりにも可笑しすぎて自分が嫌になる。


 本当に、ごめんなさい。


『貴様の目の前で、大切な人間が喰われる様はどうだ? ショウ』


 あぁ、最悪だ。


 翔の頭の中で声がする。これが外から聞こえたものなのか、それとも自分の内側から出たものかわからない。どちらにせよ、自分を貶めるには変わらないと思った時、何一つ結果は変わらないのだと思った。


 もう立つ気力すら残っていない。


 もう戦うことすらできない。


 だが林の向こうには、メルトと避難した冒険者たちがまだいる。彼女たちを死なすわけには絶対に行かない。自分に残った最後の希望をこんなやつに奪われてはならない。


 朦朧とした頭で、なんとか体を動かすための方法を模索する。まだ魔力を体に巡らせることはできる。身体強化術で無理矢理にでも体を動かせば、まだこの怪物を引き止めることができるかもしれない。


 両足に力を入れる。地面に押し負けそうになるが、体の神経が焼き切れる勢いで全身に魔力を流す。同じように、力無く下がった右腕を必死に動かし、その指先を怪物に向けなんとか届いたその手。


 しかし、それは林に向かおうとする怪物の足を弱々しく掴んだものだった。


 なんの意味も成さない。ただの無意味な抵抗。しかし、限界を当に超えた賞にできる最後の抵抗がこれだった。


「……いいだろう、そんなに死にたいのなら先に殺してやる」


 翔の腕を振り解き、怪物の見下ろす視線が翔の見上げる目と合う。振り上げた拳は、当たれば確実に即死するだろうということは一目瞭然だった。それでも、自分が死ぬまでに彼女らが逃げる時間を稼げたのなら、この抵抗にも意味があったのだと、自分に言い聞かせて目を閉じる。


 怪物が拳を振り下ろした刹那。何かが目の前で砕けたような音。


 そして、自分自身が大きく横から何者かに倒されたような衝撃が翔に走った。


 全身の感覚が戻る。確実に自分は殺されたと思ったが、それにしてはその衝撃はとても優しく、身に覚えのある感覚と、とても大切な人の香りがした。


「……ショウさんは、まだ……死んじゃだめ……です……っ」


「あ……あぁ……そんな……そんな……っ、なんで……っ」


「私に……、貴方を守らせてくれて……、ありがとう……っ」


 耳元で掠れるような声で囁いたリーフェの声。その一言一句が翔の脳を揺さぶる。やがてそのあまりにも軽い体が力無くまるで翔を守るようにして覆いかぶさったリーフェをゆっくりと抱きしめる。


 徐々に冷たくなってゆく、彼女の表情はひどく満足げに見えた。

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